10話:麒麟児、イズミと川の水を飲む
最後の「クウガは良い人なんだね!」という台詞の後に、「人も捨てたものじゃないや」という台詞を追加しました。申し訳ございませんでした。
の、喉が渇いた!
そんな生理的欲求を抱いた俺は、早速、美しく流れる川へ赴いた。
水魔術で創った水を飲めば? と思われるかもしれないが、魔術はそんなに便利ではない。
魔術で創ったり操ったりしたものには必ず魔力が宿る。
操るぐらいなら微量の魔力で足りるため体への悪影響はないが、創ったものは魔力の塊だ。飲食してしまうのは体に非常に悪い。
というわけで、水魔術で飲料水を創ることはできず、昨日からずっと何も飲めてなかった。
……だからだろうか。
「うおぇえええええ!!」
……川の水をなんの疑いもなしに飲むなんてことをしたのは。
綺麗な見た目からは想像ができない細菌に体がやられていく。さすがは“絶望島”。俺の自業自得でもある。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫なの!?」
隣で飲んでいたイズミは平気なのか、俺の背中を心配そうに撫でてくれた。
「マズった。ちゃんと蒸留するんだった……」
「わけわかんないこと言ってないで、飲んだらすぐに戻ろうよ。遅くなったら、カザネが昼寝しちゃうよ」
「ほとんど吐いたんだけど……それに、こんな短時間で寝ないだろ。それよりも、お前は大丈夫なのか?」
「うん? まあ、特に何もないよ」
やっぱり魔物は毒とかに対する耐性が高いんだな。
武器に毒を塗らないわけだ。
「……クウガって行った後、どうするの?」
蒸留の用意をしていると、いきなりイズミが今後のことを尋ねてきた。
行った後?
それって湖の真ん中に行ってからのことだよな。
「とりあえず、この島を見回るつもりだ」
「そんなの飛べば一瞬じゃん」
「そりゃあ、空からの景色も楽しむけど、まずは地上を歩いて楽しむさ」
「えー、疲れるだけじゃん。つまんないの。ずっと同じ景色が続くだけの変わり映えのない島だよ。本当」
こいつ文句多いな。
でも、この島に住んでるこいつにとっては、ここの観光などつまらないのかもしれない。
王宮に何の感慨も抱かない俺みたいな奴もいれば、王宮に感動する人もいる。それと同じだ。
「そういや、お前らは人間の街には行かないのか? 少なくとも景色は違うだろ」
「……それができればいいんだけどね」
「ん?」
陸でしか移動できなさそうなカザネはともかく、泳げそうなミノリや空を飛べるイズミとトウカは簡単に行けそうだけど。
「いや……人間なんて自分勝手で嫌な奴ばっかじゃん。行きたくないよ。クウガはちょっと違うけど」
「まあ……ここに来るようなのはそうだろうけど」
お忘れかもしれないが、ここは流刑地だ。
だから、彼女たちが会ったことがある人間なんて、それこそ死刑手前の平民や死刑になるようなことをした貴族くらいなのだろう。冒険者もここが国有である以上、手出しはしないだろうし。
そして、我が国からのみ流される以上、その人と一番最初に会い、関わるのは彼女なのだろう。彼女たちに縄張りという概念があるのならば。
「でも、それ以外の人間もいるぜ」
「例えば?」
「例えば……俺に仕事を押し付けてくる奴もいれば、押し付けてもないくせに俺に責任を取らせる奴もいる。直接嫌がらせをしてくる奴もいれば、陰口をたたく奴もいる。人間は千差万別だぜ」
「……ボクにはみんなクズに聞こえるけど」
「あっ、しまった! つい嫌な奴ばっか挙げちまった……いい人もいるぜ? 感謝してくれる人とか」
王宮に勤めてから会った人の九割は悪人だったからな。ほとんどは悪人というよりも小悪党だけど。
「例え少数でも、その善人のために頑張ろうと思える……それが人間の美しさだと思うよ」
「…………」
俺の言葉がかっこよすぎたのか、イズミが黙り込んでしまった。キモかったのかもしれない。
「……クウガって、なんか懐かしい感じがする」
「おいおい。俺にパパみを感じてるってことか?」
「ううん。それは絶対にないけど……」
ないのか……まあ、俺もお父さんみたいって言われても困るだけだしな。
「どっちかというとお姉さんみたいな感じ?」
「お兄さんじゃなくて!?」
おかしいだろ!
……いや。俺が気が付いていないだけで、もしかしたら俺は女っぽいのかもしれない。
水面に映る自分の顔を見る。
うん。なんの面白味もない男顔だ。父上譲りの金髪がきらめいている。
「じゃあ帰るつもりなの?」
「……少なくとも、あの国には帰りたくないなぁ」
べつに俺一人消えたぐらいで国が滅びるわけないだろうし……フェアリードラゴンだけ心配だな。倒しとけばよかった。
「でもまあ、頼まれたら助けるかもしれないな。家族も良い人もいるし」
……でも、俺を追い出したのに両親が関わってるっぽいんだけどな。
だけど、さすがに家族の危機くらいには駆け付けたい。リュカもいるし。
「ボクには理解できないな。まずは自分の幸せだと思うけど……」
こいつ……こいつらはいきなり戦いを仕掛けてくるぐらいだし、わりと自分本位なタイプなんだろう。よく言えば自由なんだ。
それが悪いかどうかは知らない。俺は他人のために働いていたのに嫌われて追放されたし。
イズミのことを少しは知れたあたりで、蒸留も終わった。
ようやく安全な水を飲める。
「同じものでもどう思うかなんてその人次第だしな。例えばこの川も、お前にとっては何ともない飲み物かもしれんが、俺にとっては綺麗で素晴らしく、ただでは飲めないものだ」
川の水を手に取る。
これが飲めないなんて信じられないほど、透き通った綺麗な水だ。
「変なの。飲めもしない水をありがたがるなんて」
「ただでは飲めないだけで、飲めないわけじゃないぞ。さっきみたいに蒸留すれば飲めるようになる。要は使う者の能力次第でどうにでもなるってことだ」
逆に蒸留を知らない奴にはこの水は飲めない。
嫌いだけど、俺にいろんなことを教えてくれた教育係には感謝している。嫌いだけど。
「それは人も同じさ。どんな悪人でも、社会の形によっては悪さをしなくなる。少なくとも、俺はそういう社会を目指してた」
まあ、その結果が追放だけど。
それでも、犯罪率が極端に減ったのは事実だ。
「……ふーん。クウガは変わってるね。ボクが知ってる人間は自分勝手なクズばっかなのに」
「それはここが罪人を流す処刑場だからな。俺は違うけど」
「うん。きっと、クウガは良い人なんだね! 人も捨てたものじゃないや」
イズミが立ち上がって、こちらに笑顔を向けてきた。
うっ! 女の子の笑顔まぶし!
「じゃ、行こ!」
「あ、ああ」
先に駆け出したイズミを追うように、俺は走った。
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