緊急クエスト再び
「見えてきたわよ」
「お」
西へ日が沈む頃、目的の街が見えてきた。
相変わらず街の名前をリディが確認しないので、何という街かわからないが、東西南北に走る主要街道の交差する位置にあって交易が盛んな活気のある街だった。とは言え、到着が日暮れ時なので、露天商は店をたたみ始めるし、普通の店も店じまい。情報収集は明日からだな。
「情報収集は良いんだけど」
「うん?」
「そろそろお金が無いよ?」
「ああ……」
ここ数日の様子を見て確信出来たのだが、やはりリディは交渉ごとが苦手。口のウマい商人相手ではろくに情報を引き出せないので、適当に何かを買って口の滑りをよくするしか手が無く、あれだけ活躍して稼いだ金はだいぶ心許なくなってきていた。
だいたい、商人から情報を引き出すために何かを買うにしても、値札なんて有って無いようなこの世界で値切りもしない時点でダメなんだけどな。だが、さすがに俺が値引き交渉するわけにいかないので、黙ってみてるしか無いのが何とも歯がゆい。一応、使いもしない無駄な買い物だけは避けているが、購入量が消費量を上回るペースなので、荷物もそろそろ限界。この世界に断捨離という概念はあるのだろうか?
「まずは宿。明日は朝から冒険者ギルドで適当に常設依頼でいいんじゃ無いか?」
「そうね」
商人が多く行き来する街だから、薬草が足りなくて困っていると言うことは無いだろう。だが逆に、有れば有っただけ売れるという見方も出来るはずだ。
翌朝、ギルドで常設依頼を確認すると、やはり薬草が何種類かある。ここに来る途中、街の近くで採取できそうな場所がいくつかあったというので早速向かう。
「あの辺りね。買取額は結構高かったと思うんだけど」
「へえ……意外と街から近いな」
と言っても歩いたら二、三時間はかかりそうだけど。
リディが目星を付けた場所へふわりと降り立つ。
「で、どれよ?」
「この辺全部」
「さいですか」
風魔法で刈り取って袋の中へ。わずか数分で一杯になった。
「……誰か来るわ」
「面倒なことになる前に行こう」
「そうね」
別に悪いことをしているわけじゃ無いが、こんな森の中で誰かと会うなんてトラブルの予感しか無い。
リディが軽く呪文を唱え、空に飛び立った直後、「アレ?」という声が聞こえた……気がした。もちろん気のせいと言うことにして記憶から消去する。別に悪いことをしているわけでは無いので誰かに見られて困る物ではないが、アレコレ聞かれるのは面倒だ。
「次はあっちね」
「全部任せる」
「うん、任せて」
薬草採取に関して俺が口を出せることは何もない。餅は餅屋、薬草採取はエルフに任せるのが一番だ。
一日かけて薬草を集め、商人の口を軽くするための軍資金が集まった。情報収集は明日から。明日から本気出す、だ。
「うーむ」
「どうしたの?」
「今までの情報をざっとまとめると、どうなる?」
「大きく二つね。一つは約二年前にこの街を通って北へ向かったって感じ」
「うん」
「もう一つは、ホンの二、三週間前に西の街で見かけたって情報」
「どっちも情報の信憑性は高いんだよな」
「そうね……それなりに信用できると思うよ」
「じゃ、どうする?」
「西へ向かう」
「ま、そうなるわよね」
冒険者ギルドで周辺の地図を確認し、西の街までの距離を確認。少し距離があるが、リディが飛べば一日だ。
翌朝、朝食を終えるとすぐに街を出る。西の方角だが真西の方角では無く、間違いやすいらしいので街道沿いを飛ぶ。いつもは目立ちすぎるので街道から離れているので、下の様子は少し面白い。
「おー、馬車がたくさん」
「結構大きな隊商ね」
護衛の冒険者とおぼしき数名の男女がこちらを警戒している。そりゃそうか。
「アレはまた珍しい組み合わせだな」
「ん?どれ?」
「ホレ、あれ」
「おー」
数名の男女――武装しているので冒険者だろう――が街道を歩いているのだが、獣人やらドワーフやらが混じっている。獣人もドワーフも珍しい物ではないが、冒険者のグループとして一緒にいるのはあまり見かけたことが無い。
「ま、気にせず行こう」
「うん……あ、風が強くなるから気をつけて」
「了解」
西の街に着いたのは昼頃。時間が中途半端なので情報収集は翌日からにして、まずは宿を確保&昼食。リディは人間と話をするのにようやく慣れてきたが、やはりまだ苦手というか、余計な緊張をするらしく、うんざりした顔をしていた。
「俺が話をするわけにいかないだろ?」
「そうだけど……」
「フニフニ一時間」
「頑張るわ」
チョロすぎですよ、リディさん。
「でも、その前に冒険者ギルドに顔を出した方が良いかもな」
「え?」
「それとなく受付で黒髪黒目を見かけなかったか聞いてみるとか」
「うーん……ま、良いか」
まだ日も高い。露店を見て回って情報収集するには時間が中途半端だが冒険者ギルドに行くくらいならいいだろう。
「ギルドは……ん?」
「なんだ?」
「騒がしいわね」
「イヤな予感がするな」
「予感?」
「地竜の緊急クエストの時に空気が似ている」
「それってマズいんじゃ無い?」
「中に入って確認」
「うん」
中に入ろうとしたが、一斉に十数名の男女があふれ出てきたので一旦引いてやり過ごす。彼らはガヤガヤと騒ぎながら北門へ向かっていった。
「ユージ、聞こえた?」
「オーガって言ってたな」
中に入ると、受付の所に長い列が出来ていて、受付が人数を増やして対応、のような感じになっていた。なんだかわからないがリディはとりあえず列の一つに並ぶ。
「これ、何?」
「ん?ああ、街に着いたばかりか?オーガだよ、オーガの群れが見つかったんで、至急討伐の必要ありとなったんだ。本当についさっきだよ」
「オーガの群れ?」
「正確な数は不明だが少なくとも五十以上。上位種がいる可能性もあるらしい」
「オーガの上位種まで……」
「ああ。とりあえずDランク以下は街や村の守りに。Cランク以上は出来るだけ討伐に、となってる」
「ありがとう」
前に立っていた男に礼を述べるリディ。
オーガ、いるんだ。ファンタジーの定番モンスターだよな。強いのかな……
「リディ、大丈夫か?」
「え?あ、うん。大丈夫よ」
「オーガって俺は見たことないんだけど」
「私は一応何度か」
「そうか……どうだ?勝てるのか?」
「うーん……」
「そんなに強いのか」
「強いと言えば強いけど……」
「じゃあ、なんだ?」
「その……矢が」
「矢?」
「さすがにオーガ相手だと、人間が作った矢ではちょっと……何本か使わないと倒せないわ」
「持ってきた矢は?」
「残り十六本」
「そうか。人間が作った矢の持ち合わせは?」
「百本くらいかな。それにここで参加するって言えばある程度支給されると思うけど」
「そうか……オーガの上位種ってのは?」
「んー、上位種にも色々あるから何とも言えないけど、あんまり強い相手だと、普通の矢は通じないかも。エルフの矢でも何発か当てないとダメだって聞いた事あるし」
「なるほどな」
ちょっと面倒くさい相手っぽいな。
「ま、いいさ。俺も参戦するから」
「頼りにしてるわ」
「出来るだけ頑張るさ」
そんなことを話していたら受付の順番になり、リディが冒険者証を出す。
「はい、こちら確認……え?」
「え?」
なんかマズいことでもあったのか?
「あ……あの……地竜討伐の……」
「え、えぇ……まあ……」
ヤバい。受付嬢がやや喰い気味になってる。
「あの、その……緊急クエストですよね?受けますので、その……受付を」
「あ……はい、すみません、取り乱しました。えっと……これが……こうで、こうして……はい、受付完了しました。あちらで詳しい話を聞いてから出発して下さい」
「あ、どうも」
すぐ横の酒場でテーブルを取っ払って説明が行われていたので隅っこで聞いてみると、やはりオーガの上位種に率いられた群れが街のすぐ北にある村に向けて侵攻中。このまま行けば今夜中に村が消滅し、この街もヤバいという。
説明を一通り聞いた者が「魔法使える奴いるか?」「盾!防御力に自信ある奴こっちに!」とメンバーを揃えながらぞろぞろと出て行く中、リディに寄ってくる職員が一人。
「あの、大変申し訳ないお願いなのですが」
「なんでしょうか……」
「その……なんとかなりません?」
頼み方ってあると思うんだけどな。
「えーと……それは……」
「地竜を一人で撃退できるほどの実力と伺っています。その……」
「う……わかり……ました」
引き受けちゃったか。
ま、俺のこともあるからソロで行くのが一番いい。
さて、オーガ退治と参りましょう。




