生存競争、再び
「うわあああああ!」
体全体をガシッと掴まれ、一気に急上昇。バサッバサッという音が頭の上から聞こえてくる。眼下には高い木の梢が見える。
「タカとかワシとかそう言う系か!?」
あのデカいかぎ爪と鱗みたいな皮の付いた足ではハリネズミの針なんぞ痛くもかゆくも無いだろうが、とりあえず針を立ててみる。
思った通り、無駄でした。
掴まれた部分の針が立たない感じ。いや、それ以前にこの高さから落とされたら死ぬ。間違いなく死ぬ。
「クソッ、どうする……」
いきなりくちばしでグサリで無かったのは幸いだったが……
「巣に運んでヒナの餌とか?」
いくら何でもそんな最期はイヤすぎる。ハリネズミになった時点で畳の上で死ねることは無いだろうと覚悟しているが、もうちょっとマシな死に方をしたい。前世(?)の死に方がアレだったみたいだし。
とりあえず高いところからたたき落とすという選択がされないことを祈りつつ、大人しく運ばれることにする。ゲージが減っていないと言うことは、高いところを飛んでいるという恐怖以外に特に問題は無いと言うことだろう。
そして、運ばれた先でどうするかというシミュレーションもしておけば、落ち着いて行動できるかなと思った矢先、急降下し始めた。
「ひえええええ!!」
絶叫マシンが苦手で、極力乗らないようにしていたのだが、リアルに命の危険のある急降下を体験することになるとは……ちょっとチビッたかも。
急降下した先は断崖絶壁と言うほどでは無い、崖の中程に木の枝を集めて作られた巣。
激突するスレスレの所で急停止すると、巣の中にポイッと投げ入れられた。そして当然のようにそこには、鳥――多分ワシ――のヒナが三羽。親鳥が一声大きく、クワーッ!と鳴くとそれを合図に一斉にくちばしを向けてきた。さしずめ「さあお食べ、可愛い子達」「ありがとうママ」とか言っているのだろう。
冗談じゃ無い。
即座に体を丸めるが、ヒナにも立派なくちばしがあり、針の防御は容易く貫いてくるだろう。彼らもそのつもりでつついてくるはず。だが、こちらが丸くなったのは防御では無く、攻撃のためだ。問答無用。ヒナたち三羽に向けて一発ずつ撃ち出す!
ギャアッ!という悲鳴が二つ、ドサッと倒れる音が一つ。すぐに体を起こして確認すると頭が吹き飛んだのが一羽、首筋をえぐり取られたのが二羽。撃った本人がドン引きするほどの威力だな。
頭が吹き飛んだ一羽はそのままズルッと巣から滑り落ちていった。同時に親鳥の悲鳴が響く。だが、容赦はしない。まだ生きている二羽に向けて一発ずつ。今度はよく見て狙ったので、首を貫通して大穴を開けて、巣から落ちていった。
バサッバサッと親鳥が威嚇するように強く羽ばたきながら巣の周囲を旋回している。だが、それは悪手だ。飛針のクールタイム中、つまり今すぐに襲ってくるべきだったな、と不敵な笑みを浮かべながら睨んでやる。あと数秒で飛針は使用可能になるぜ。さあ、どうする?
親鳥がクワッ!と一声大きく鳴くとデカい爪でこちらを掴みに来たのを何とか躱す。狭い巣の上で逃げる場所があまり無いが、その狭さ故にワシの方も崖にぶつかりそうになるので今ひとつ思い切った動きが出来ない。
動きが止まった瞬間を狙い、一発撃ち込む。
ギャア!という悲鳴を上げ一旦離れた。しかし撃ち出した針は右の羽を貫通しており、致命傷ではないもののヤバい量の血が流れ、ゆっくりと高度を下げていく。
慌てて巣の縁に駆け寄り、下を覗くとバッサバッサと必死に羽ばたきながら地面に降りていくつもりらしいので、思い切ってその背中に飛び降りた。
ザクッと言う感触と短い悲鳴。背中から針を立てながら飛び降りてやったから見事に刺さった。
つか、超怖ーよ!狙いがズレたら真っ逆さまじゃん!
なんとか高度を保っているところ申し訳ないが、一発背中から撃ち出すとまた悲鳴。明らかに羽の動きが弱々しくなり、スーッと降下していく。必死に羽ばたこうとしているようだが、無駄な足掻き。羽ばたきで落下速度は程々に抑えていたものの、地面まであと数メートルで力尽き、地面に落ちた。
「ふう……危なかった」
巣の高さが非常識な高さで無かったことと、ワシの生命力が結構あったおかげでほぼノーダメージ。俺、超頑張った!
ワシが死んだらしく動かなくなったのはいいが、針が刺さってて抜けない。これじゃ降りられない。
ジタバタもがくが、ますます背中の針がワシに深く刺さってしまい抜けなくなる。普通の動物は言うまでも無く、ハリネズミが仰向けなんて、急所をさらけ出しているだけじゃねーか!
「クソッ……この……うりゃ……ていっ」
ハリネズミの足って、体に対して真下を向いてるからなぁ……こういうときはどうしようも無くなっちゃうのかあ……そうか、針強化をしたからワシの体に深く突き刺さっちゃったんだねえ……
考えろ、考えろ……あ、そうだ。
背中に神経を集中……刺さっている針を……撃ち出す!
意外にも「この針を撃ち出す」という細かい操作ができて、十本ほど撃ち出したら何とか脱出できた。
で、ワシだが……やっぱり体内に石があったので食べる。ついでに先に倒していたヒナにも小さいけど石があったので食べておく。
食べ終えたら手近な茂みの中に隠れる。一旦落ち着いて、状況整理だ。
俺が今いるところは、巣穴から森へ向かう小径を入ってかなり奥まで来たあたり。おそらく、俺の足で今から歩くと、巣穴に付くまでに日が沈むだろう。この森にどんな動物が住んでいるのか知らないが、夜の森を歩き回るのは絶対に避けたい。日のある内に、こうした茂みから茂みへ移動しながら進む。身を隠せそうな穴を見つけたら、そこで夜を明かす。これで何とか明日の夜までに巣穴に戻れるだろう……多分。
問題は食糧だが、これはワシの雛を一羽、茂みの中に引っ張ってきたので、胸肉を食べて今日の分とする。なぜ胸肉かって?他に食べられそうな部分が無かったんだよ。なんでこんなに痩せてるんだよってくらいにガリガリだった。多分、親鳥の狩りがヘタなんだろうな。とは言え、さすがにこれを持ち歩くことは出来ないからここで捨てていく。明日のことは明日考えよう。
腹八分目になったところで、スキルウィンドウを確認。スキルポイントは二。針回復速度向上をとってもいいのだが、今回は保留。今いる場所の危険度がわからないが、狼とかに遭遇する可能性が高い。一対一ならなんとか勝てると考え、その時にスキルポイントが獲得できたら、針強化を上げる。こんな方針で行こう。
今できることを一通り終えたので、ゆっくりと茂みから顔を出す。よし、何もいない。移動する先を……あそこにしよう、と決めて、すぐに走り出す。茂みに入るとホッと一息。そしてまた様子を窺い……これを繰り返す。
何度茂みから茂みへ移動しただろうか。既に太陽はほぼ真上に来ているが、森の中にいるおかげでそれほど暑さを感じないのは助かる。さすがに神経すり減らしながらの移動なのでちょっと休憩をしていたのだが、すぐにイヤな気配を感じ、そっと隙間から覗いてみたら……数頭の狼と巨大な熊が対峙していた。
狼は、前に戦った奴と同じくらいの大きさ。熊は、多分アイツだ。巣穴の前を通ったボスの気配を感じさせたアイツ。デカいな。狼たちが大型犬サイズだとすると、あの熊、ヒグマを軽く超えるくらいのサイズじゃね?
両者はグルル……と低く唸りながらゆっくりと回っている。互いにいつ仕掛けるか、先手必勝?後の先を取る?どちらが有利だろうかと相手の力量を測りながら。そんな感じだ。
こんなのが目の前にいたら茂みから一歩も出られない。多分出た瞬間に均衡が崩れて大乱闘が始まり、あの巨体が所狭しと暴れ回るのに巻き込まれて踏み潰されそうだ。ここにいて、行く末を見守りつつ、勝者が去るのを待った方がいいだろう。
……ウ○コしたい。
いや、お腹を壊した様子は無いんだよ?多分、原因は朝食べたあの木の実。繊維質が豊富とかそういう感じで整腸作用があるような気がする。
でも、今ここでするわけに行かないだろ!!
我慢、我慢……と耐える。
目の前では緊張感も高まり、いつ戦いが始まってもおかしくない。
「ガウッ」
「ゴオッ」
「ヴー」
ダメだ……我慢できないのでそっと出そう。
そっと……プリッと……
ブーッ
なんで!なんでそこでこんな大きな音が出る!しかも、すっごい臭い!
だが、この緊張感の無い音が均衡を破り、熊と狼が互いに飛びかかり、大乱闘となっていた。熊に一斉に飛びかかりあちこちに噛み付く狼。だが、噛み付いた狼を体全体で振り回し、木に叩き付けるなどしながら引き剥がしては、鋭い爪を立て、牙で噛み付く熊。
熊優勢だな。熊が勝つまでそれほど長くかからないだろう。
今のうちに、と茂みから出て一気に駆け抜ける。
本当は茂みから茂みへと移動したいが、あの熊に追われたら隠れる意味はあまりない。とにかく走って距離を稼ぎ、こちらを追ってくる気にならないようにするしか無い。それに熊にしてみればハリネズミを食うよりも狼の方が食い出があるだろうし。
キャウン……という情けない声が後ろで聞こえた気がする。決着が付いたのだろうが、確認する余裕も必要も無い。走れ走れ。あの熊が狼で満足している内に逃げるんだ。
ドスッドスッドスッ……とイヤな音が後ろから聞こえる。いやいや、気のせいだろ。いくら何でも、とちらっと後ろを見る。
「なんで!?」
すごい形相でこちらを追ってくる熊。その顔は殺る気満々、食う気充分。
「なんでこっち来るんだよ!?狼食えよ!あっちの方が肉が多いじゃん!」
叫びながらも足は止めない。だが、よく考えたらこの叫び声、あの熊に通じているのだろうか?そんなことはどうでもいい!とにかくどんどん距離を詰められてる。
いちかばちかで戦う?無理無理、絶対無理だから。狼がかみ付いても痛くもなんともなさそうにしてた体だぞ。ハリネズミの針なんか通用するわけが無い!
ヤバい、追いつかれる!そう思ったとき、目の前にそいつが現れた。さっきの狼よりも一回り以上大きな狼が数頭の狼を引き連れて。多分、巣穴の前に来てたアイツだ。
「ひえええええ!」
叫ぶだけ叫ぶが、止まるとか言う選択肢は無い。前門の虎、後門の狼と言うが、今は前門の狼、後門の熊。かなりピンチだったのが絶体絶命になった。状況が悪化しただけだよ。止まっても進んでも殺されるなら、このまま全力疾走だ。
そう思っていたのだが、目の前に現れたデカい狼は、こちらをチラリと見ただけで、一声大きく吠えるとそのまま熊へ突進、戦いを挑む。そして取り巻きもそれに続く。
さすがの熊もこの大きな狼相手には無双は出来ないらしく、ドスンバタンとなかなか恐ろしい音が後ろで響く。確認するつもりは無い。とにかく走るんだ。
「ハァ……ハァ……さすがに……もう……無理……」
どのくらい走っただろうか、さすがに足がもつれて動かなくなってきて、ちょいと大きめの茂みに隠れて休む。空を見ると、少し日が傾いてきたか。ずいぶん長く走ってきたが、それでもまだ見覚えのあるところに出ない。方角は間違っていないと思うが、あのワシにかなり遠くまで運ばれたのだな。
緊張のせいか腹は減ってないが、喉がカラカラ。だが、口に出来そうな物がちょっと見当たらない。出来れば水を一口飲みたいが……断念。仕方ない、とりあえず体を少し休めよう。
大きめの茂みを見つけたので潜り込み、一息つく。
「もう動きたくねえ」
心臓がバクバク言ってる。少しでも早く収まるように大きく深呼吸をする。
「喉渇いた……水……」
ふと上を見ると、今いる茂みを構成している木の枝に何か実がなっている。アレでも食べるかな。針で狙うとズドン、と行きそうなので、前足を枝に引っかけてもがくこと数分。なんとか枝が折れ、木の実が届く高さに。恐る恐る口にすると、ちょっと酸っぱいが、水気がある。腹は減ってないが、食べてしまおう。
少しはマシになったところで、地面のくぼんだところで体を丸め、少しだけ眠ることにする。
少しだけだよ、少しだけ。




