地竜討伐戦
手のひらから身を乗り出して下をのぞき込んだら、カーラが気づいて地面に下ろしてくれたので、スタスタと歩いて行く。
「お前……元日本人だな」
「む?」
「ま、日本語しゃべるのは日本人だからだよな」
「……お前もか?」
「一応聞くけど、お前が覚えている最後の日本での日付は二〇XX年十二月X日か?」
「……そうだ。何故わかる?」
「俺もだよ。こっちに来てから、どのくらいだ?」
「こっちの年月の単位がわからないが、季節で数えるなら十年だな」
「そうか」
ノエルとはまた違う感じだな。
「そう言う矮小なお前はどうなんだ……?」
「俺?俺は結構最近だ。そろそろ一ヶ月になるかな。ま、俺もこの世界のカレンダーなんて知らないけど」
「俺は見ての通りの魔物だが、お前はただの愛玩動物か。ククク……哀れだな」
「その口調、話しづらくないか?」
「なっ?!」
「ま、いいけど」
ちょっとうろたえてるところを見ると、自分に酔ってるタイプか?
「お前、街に来るのを諦めて森に帰ってくれないか?みんな困ってるんだ」
「断る」
「何でだよ」
「俺は破壊の象徴だからな」
はい、中二来たよ。どうすんのこれ。
「大体お前も人間の中で暮らしているじゃ無いか。不公平だろう?」
「俺は……人に迷惑掛けてないし?」
ま、人間の街に来てるのは、色々理由があるからなんだけど、せいぜいギルたちの財布にちょっと負担をかけてるくらいだ。
さて、ずいぶんとこじらせちゃってるけど説得できるだろうか。
「お前さ、ここが地球じゃ無いってわかってるよな?」
「ああ。異世界という奴だろう?剣と魔法の世界って奴だな。そして魔物の俺は敵を屠るとスキルが獲得できる。そしてそのスキルでさらに俺は強くなり、より強い敵を相手にできる。そうして俺はこれだけの力を得た。これからもそうするつもりだ」
「なんで異世界に来たのか、考えたことある?」
「必要ない」
「え?」
「これは必然だ!俺はこの世界の覇者となるべき存在だったのだ!俺があるべき場所に来た、それだけだ!」
はい、説得無理でした。
「俺は、何故俺……いや、俺たちが異世界に来たのかを調べている。元の世界に帰る方法があるかどうかも。お前も協力「断る」
聞く耳もたずか。なんて言うかこう……中二こじらせちゃって、俺がこの世界を支配してやるぞ、みたいな感じ?ただのデカいトカゲじゃん。この街を滅ぼすことが出来たとしても、それこそエルフが数名出てきたらあっという間に片付いちゃうレベルじゃん。
まあ、元の世界に戻るつもりが無いのはまだ理解できるが、だからと言って誰彼構わずに喧嘩売って殺して食いまくってやるとかいうのは看過できないな。
ちなみに俺はこのトカゲにだけ念話を向けているので、冒険者たちからはトカゲが謎の言語で独り言を繰り返しているようにしか聞こえないはず。そもそもトカゲが俺と会話しているんだと気づいてないだろう。
「交渉決裂か。んー、できれば森に帰って欲しいんだけどな。平和が一番だと思わないか?」
「断る。俺は腹が減った。お前を食らい、そこの人間どもを食らう。止めるつもりは無い」
「はあ……仕方ない。できれば穏便に済ませたかったんだけど、戦うしか無いのか」
「戦う?何を言っている」
「え?」
「これから始まるのは俺による一方的な殺戮だ」
「それはさすがに阻止するよ」
「はっ……ちっぽけなハリネズミの分際で」
「ちっぽけなハリネズミってのは認めるよ。だが、お前を止めるくらいはできるさ」
「出来るならやって見せろ!」
叫ぶと同時にこちらへ向けて走り出してきた。慌てて横方向へ走る。さすがにそのまま突っ込まれたら後ろの冒険者たちが危険だ。
幸い、トカゲの奴は俺の走る先へ方向修正しながら進んできている。
頭悪いな。そのまま冒険者の方に突っ込んだ方が、俺への精神的ダメージになるのに。まあいいか。
全力で走っているつもりだが、俺の能力は針に全振りなので、走る速さは普通のハリネズミ相当。距離を詰めてくる間に走った距離なんてたかが知れてるので、冒険者たちの目と鼻の先までトカゲが迫っていて恐慌状態だが、そこは申し訳ない。俺にも出来ることと出来ないことがある。
「「ハリネズミ君!」」
ギルとカーラの叫び声が聞こえるが振り返ってる余裕は無いので勘弁。
「遅い!ノロマめ!食ってやる!」
冗談みたいな大きさの口が開かれ、ザリッと言う地面を下顎がこする音と共に俺はトカゲの口に捕らえられた。
「これで終わりだ!」
あ、念話って口が塞がっていても会話が出来るから便利だな。
ベロン、と舌が動きゆっくりと口の奥へ送られる。もちろん俺は体を丸めているが、少々針が刺さった程度では痛くもかゆくも無いと言うことか?
でも、この位置って……俺が攻撃するにはベストポジションと言っていいじゃないか。
舌がもう一度動き、俺を喉に送り込もうとした瞬間、俺は針を全弾発射した。上顎方向に四発、下顎方向に四発、喉に向けて二発。
「ぐ……あ……」
目一杯の威力で撃ち出したので、上顎と下顎に丁度俺と同じくらいのサイズの穴が開いた。喉の方はよく見えないが、貫通はしたと思う。
「が……ぐ……」
ドサッと頭が力なく落ち、だらりと開いた口から俺が転がり落ちる。
うへぇ、唾液でベトベト。変な臭いまでする。臭いは我慢して、少し距離を取り、トカゲに向き合う。
「まだやるか?今すぐ森へ帰るなら見逃してやってもいいぜ?」
このくらいの情けはかけておこう。この傷で助かるかどうか知らないけど。
「ふざ……け……るな……」
おお、立ち上がった。
でも諦めないのか。困ったな。俺以上に、この状況を全く把握してない奴がこっちに向かってきてるんだけど。
でかいトカゲが弓の射程に入るまであと少しというところで、トカゲが急に方向転換した。何か小さなものが地面を移動しているのを追いかけているのか……ユージ以外考えられない。
あ、食いつかれた。
ボンッて頭が少し吹き飛んで、血があふれ出してる。
うん、ユージだ。間違いない。
矢筒から三本取り出し、構える。
この距離なら絶対に外さないと自信を持って言える距離。
「ぐ……貴様などに……」
震えながら立ち上がった。
うーん……ズタボロ?
よくあの状態で立ち上がれるもんだと感心。
「ぐ……が……食らう!なんとしても貴様を!」
飛びかかってこようとした瞬間――
「ほっ」
気合いと共に三本の矢を同時に放つ。
それぞれが綺麗な弧を描き、トカゲの後ろ足の付け根と尻尾の付け根に深く突き刺さる。
「ぐああああっ!」
いきなり矢が刺さった激痛で、トカゲが大きく上体を起こす。
だから俺の目の前で弱点になりそうな腹を見せるなよ……心の中で呟き、針を撃ち出す。
喉元へ、胸へ、腹へ。
さすがに腹や胸は分厚いので貫通しなかったが、喉に撃った針三本は脊椎を破壊しながら貫通した。
一瞬の硬直の後、ズドンと地面を響かせながらトカゲが倒れる。
ビクンビクンと少し痙攣しているが、このダメージだ。さすがにもう長くないだろう。
「お前の言い分もわからないでも無いが……俺はまだ死ねないんだ」
俺の言葉にトカゲはゆっくりと目を閉じ、それきり動かなくなった。
名前すら確認できなかった元日本人の最期か。何だかな。




