駆け出し冒険者
いくつかの分岐があったものの、何となく真っ直ぐ進んでいそうな道を選びながら数時間。そろそろ疲れたし、どこかで休もうかと思った頃、前の方から明らかに戦っているであろう音が聞こえてきたので、気になって近づいてみることにした。
相変わらず大きさが掴みづらいが、直径二十メートル程の丸い空間。俺が来た道も合わせると三つの通路があり、その中央付近で人間たちがクマ相手に戦っていた。人間の冒険者が戦っているのを見るのは初めてだが……これ、ヤバいんだよな?
冒険者は四名。
だが、クマと戦っているのは二人だけ。
一人は血まみれで倒れていて、一人が必死に小瓶の液体を振りかけている。アレがポーションって奴かな?「何で?!なんで効かないの?!」とか叫んでいるから、不良品を掴まされたのか、傷が酷すぎて効果が追いつかないのか。
戦っている二人はと言うと、まともに攻撃が出来ていない。残り二人をかばう必要があるから、大きく動いて避けることが出来ない一方で、武器――剣と斧だった――を振り回しているが、クマに攻撃が通じているように見えない。一方で、クマの攻撃を避けきれず、盾や鎧に結構大きな傷がついている。
うん、今のところはなんとか均衡を保っているが、あと五分が限度かな。そう思っていたら、剣を持っている奴が叫んだ。
「ユニス!お前だけでも逃げろ!」
「そんな!」
「ここで全員が死ぬ必要は無い!お前だけなら、逃げるだけなら出来る!」
「でも!」
「助けを呼んでこい!うっ!くそっ!このっ!」
助けを呼ぶ、ねえ……今の大声が原因かどうかわからないけど、クマの追加が来ちゃったよ?
「クッ……どうする!」
「どうもこうも、戦うしか無いだろう!」
「畜生!」
二対一でどうにか持ちこたえていた相手が、二対二になったらどうなるかなんて想像に難くない。必死に盾で爪の攻撃を防いでいるが、衝撃まで殺せるわけでは無く、少しずつ盾を構えた腕が下がり始める。構えている盾もあと数回爪を受け止めたら真っ二つだろう。身につけた鎧――皮の上に金属板をはめて補強しているようだ――も酷い状態で、致命傷を受けていないのが不思議なくらい。
んー、このままスルーしていくのは、人としてダメな気がするんだが、助けたら助けたで色々と面倒くさそうだな。でもなあ……あ、そうだ。適当にごまかせばいいか。ついでに街まで連れて行ってもらうのもアリだな。
念話オン!
「助けがいるか?」
出来るだけ、低く、落ち着いた感じで伝えてみた。
「だ、誰だ?」
「どこから聞こえて?」
うん、うろたえたりするのはいいから答えろよ。
「助けが……いるか?」
「助け……?いや……これ……絶対ダメな奴だろ……クソッ」
逆効果だったか……でも今更路線変更も出来ないしな。
「我の頼みを聞くのであれば、助けてやろう」
「頼み?クソッ!どうせ命を差し出せとかそう言うヤツだ!」
「耳を貸すなよ!」
どうしよう……でもなあ……ま、続けるか。
「何、大したことでは無い。小動物を一匹、ある人物の元へ届けて欲しいだけだ」
「だまされるな!」
「クソッ!このっ!」
はあ……面倒くさい。
「好きにさせてもらうが、こちらの頼みは聞いてもらうぞ」
誤解はあとから解く!照準セット!追尾針を二発ずつ!
戦っている二人を大きく迂回しながら撃ちだした針は正確にクマの首筋を貫いた。途端に動きが止まり、ドサッと倒れる二頭のクマ。ああ、倒れるときに二人に向かって倒れちゃったのは事故だよ。そこまで面倒は見切れない。で、スキル取得。針治療……スキルポイント十も必要だったのか。残しておいて正解だったな。効果があることを期待して、倒れている奴に撃ち込む。
ドスッと針が刺さるとすぐに淡い光になって消える。うん、効果が薄いな。もう一発、もう一発……十発撃つと、突然咳き込んで血を吐き出した。
「ってててて……ゲホッゲホッ」
「だ、大丈夫?」
「ん、なんとか……えと……痛てて」
追加で二発撃ち込んでやった。あとは戦っていた方の二人。三発ずつ撃ち込んでやったら、なんとかクマの下から這い出してきた。よしよし。
「助かった……のか?」
「みたいだな」
「さっきの声、何だったんだ?」
「頼みがどうとか……」
うん、混乱しているね。仕方ないか。改めて交渉開始だ。
「落ち着いたなら話を聞いて欲しいのだが」
「うわ、またさっきの声だ」
「どこから?」
「直接頭の中に聞こえてくる!」
「うわ、気持ち悪っ」
そうだよな。「コイツ、直接脳内に?!」なんて期待した俺が馬鹿だったよ。まあ、いいや。
「助かったのなら、頼みを聞いて欲しいのだが」
「え?え?」
「頼みって……何だっけ?」
ゆっくりと歩いて行く。
「お前たちの目の前にハリネズミがいるだろう?」
「お、おう……」
「いるな」
いきなり斬りかかってこないのは助かるよ。
「そのハリネズミを連れて、ここを出て近くの街まで連れて行って欲しい」
「コイツを?」
「街まで?」
「そして、エルフの冒険者、リディに引き渡して欲しい。それが我の頼みだ。では頼んだぞ」
これ以上は会話は控えるか。
「えーと……どういうことだ?」
「まず、俺たち、助かったんだよな?」
「ああ、ケイブベア二頭、倒されてる」
「で、不思議なことにジェフの傷も治ってるし、俺とお前も」
「至れり尽くせり?」
「んで、その代わりに」
「そのハリネズミを街まで連れて行け、と」
「リディって冒険者、知ってる?」
「いや、聞いたこと無いな。それに、エルフだろ?滅多に見ないぞ?」
「つーか、そもそもどうやってケイブベアを倒したんだ?」
「俺らのケガも」
「それにあのハリネズミ、何者?」
色々相談を始めちゃったよ……待つしか無いか?
相談しているのを聞いてわかったこと。クマと戦っていたうちの、剣を使っていたのがギル。斧を使っていたのがカーラ……ゴツい体格だけど女性だった。この二人は戦士。そして倒れていたのは斥候のジェフ。そして魔法使いのユニス。どうも同じ村出身の幼なじみ同士らしい。
「つーか、そもそも何でハリネズミ?」
「さあ……?」
「連れて行けって話だけど……」
恐る恐るユニスが手を差し出してくるので、その上に乗る。
「乗った」
「状況を理解してるのか?」
「うーん」
「つか、何でこいつ血まみれなの?」
「怪我はしてないみたいだけど……」
スマン、全部クマとかトカゲの血だ。そう思っていたら濡らした布で拭き取ってくれた。気が利くじゃ無いか。
ちょっとサッパリしたところで、ギルが俺の真正面で真剣な顔になった。
「えーと、その……って、話が通じるのかな?」
「どうだろ?」
「でも、とりあえず話すしか無いんじゃ無いか?」
「そうだな」
コホン、と一つ咳払い。
「君を連れて行ってくれと頼まれたんだが……正直厳しい。俺たちはここがどこなのか全くわからない状況なんだ」
は?どういうこと?
「俺たち、まだ駆け出しでさ。ダンジョンの入り口近くで鼠とか狩ってたんだけど、転移魔法の罠にかかっちまって、ここに飛ばされてきたんだ」
なんてこったい。
「さっきのを見てもわかる通り、ここの魔物相手に俺たちは全く歯が立たない。だから、その……外に出るのは多分無理なんだ」
えー、さっき逃げろとかどうとか言ってたじゃないですかー、やだー。
「ギル、ヤバい」
「ん?」
「何か来た……多分……ケイブベアだ」
「マジか……」
呟き終えると同時に通路からノソリとクマが出てくる。さっきと同じ奴、ケイブベアか。こいつら四人がかりでもどうにも出来ない相手、か。
「クソッ!やれるだけやってやる!」
「ああ……黙ってやられるつもりは無いぜ」
意気込みは大いに結構なんですが……世の中には無理とか無茶とか無謀って単語があるって知って欲しい。そう思い、ユニスの手のひらから飛び降りる。しゃがんでいたので高さはそれほどでも無い。
「あ、おい……ちょっと……」
そのままクマに向かって歩いて行くと、後ろでギルの声がする。だが、さすがに追いかけてくるのは躊躇しているようだ。
そして、クマの視線が俺を捕らえる。
同時に針を一発。
ドスン、と眉間を貫通し、ユラリと巨体が揺れ……ズンッと軽く地響きをさせながらクマが倒れた。
「は?」
「え?」
「何今の?」
クルリと振り返り、先頭にいるギルの足下へ。
「お前が……倒したのか……」
そっと手を出してくるのでピョンと乗る。
「お前……すごい奴なんだな」
念話で色々と話してもいいんだが、ここは黙っておこう。色々面倒くさそうだし。とりあえず、魔物は俺が倒すから、街まで連れて行ってくれ。それだけなんだ。
「これなら……脱出できるかも」
「おお」
「よし、帰るぞ!帰るぞ!」
「ハリネズミさん、よろしくね!」
まあ、この先どんな魔物が出るかわからんけど、ロック鳥より強いってのは早々いないだろうし、なんとななるだろう。
果たしてこれが何匹目なのかわからないが、トカゲがバタリと倒れた。
「……すげえ」
「何がどうなってるかわかんねえけど、すげえ」
こいつらには俺の針が全く見えていないようだ。まあ、薄暗いから注意しないと見えないよな。
「このハリネズミ、何者なんだろうね?」
「エルフの冒険者、リディって言ったっけ?」
「エルフ……使い魔とか?」
「何それ?」
「知らないの?魔法使いがね……」
ドスッ……ドサリ。
「「「「あ」」」」
お前ら、緊張感なさ過ぎ。別にいいけど。




