成長
目が覚めるたのは、ちょうど日の出直後くらいの時間。朝日のまぶしい中、外に出てみると巣穴の前には結構な大きさの足跡が残っていた。大きさからしてもこれはヤバいと言える。
とりあえず周りに注意しながら歩き、昨日食べた木の実を見つけて針で撃ち落とし、二個食べる。三個食べてもいいが、「いやしんぼめ」とか言われそうなので我慢して川へ。
川べりから針を撃ち込んで魚を捕まえて食べ、川下に少し移動して用を足す。
あとは適当に散歩。巣穴の方向だけ見失わないように注意しながら歩いて回り、周囲の地形を把握する。
現時点でわかったことはこんな感じだった。巣穴の辺りは少し小高い丘になっていて、その脇の獣道を抜けていくと、森になっている。足跡や今までのことを考えると狼とかさらに大きい奴は森にいるようだ。おそらく、小川に水を飲みに来たりとかそういう感じの所に遭遇してしまったと推測。通り道が把握できたので、その辺りを注意すれば狼に会うことも無いだろう。
丘の上にある少し大きめの石の上に立つと、このハリネズミの体でも少しだけ見晴らしが良く、周囲がよく見える。
少し離れた位置にある川はやはり結構な川幅で、泳いで渡ったり出来そうな場所は近くにはないようだ。
森はと言うと、そのまま遠くに見える山まで繋がっているようだ。あれだけ深い森なら狼どころか熊もいそうだな。と言うか、昨日のアレはきっと熊だ(確信)。
川の上流、下流がどうなっているかはさすがによく見えない。ある程度泊まりがけの旅を覚悟して歩くしか無いが、寝る場所の確保が問題だ。この爪じゃ、今いる巣穴を掘るのも相当な労力だったはず。俺が掘った物じゃ無いけど。
とりあえず、川を渡るのは無理だし、森の中を進むのも危険度が高そうなので、川下へ向かうことにしようかと決めたところで、背後でガサリ、と音がした。
慌てて振り向くが、草むらしか見えない。
が、わずかに草が揺れている。
何かがいる。
草むらに隠れる程度のサイズ。そして揺れている草の範囲。
……ヘビっぽいなぁ……やだなぁ……
いつでも針を撃てるように気持ちだけ準備。石の上から降りてしまうと視界的な意味で不利になりそうなのでそのまま待つ。
ガサリ
草が動いた。やや右へ移動しているようだ。動きからすると、ヘビのようだ……
先手必勝。動いている先頭に針を三発撃ち込んでやった。
ガサッと草が暴れ、すぐに大きなヘビが鎌首をもたげる。最初に戦ったヘビよりも大きいか。比較が難しいな。撃ち込んだ針は一発が右目のすぐ下、もう一発が首の辺りに刺さっている。隠れた相手に撃ってこれなら上出来。でかい口を開いてこちらに食らいつこうとするその口の中に二発撃ち込む。相変わらず口の中は金属のような光沢が見えるが喉の奥はそうでは無く、一発が貫通してどこかへ飛んでいった。少しだけど穴が見えた。威力が上がっているのだろう。
ドサリ、と倒れたところに近づいて、喉元の緑の光点を探ると、石発見。かぶりつく。少し血がついているので生臭い。……明日、お腹壊さないといいのだが。
石を食べ終えるとゲージが少し短くなっていた。やはり最大値が上がってるんだろうね。
それにしても、とヘビを見る。最初に戦ったヘビと同じくらいのサイズだが、落ち着いて戦えた。しかもかなり一方的に。
「強くなってる、ということだろうな」
呟いたとき、またガサリと音がした。
追加か?と今いる石の周囲を見るが、何もない。ゆっくりと見回す。
ゆっくりと、落ち着いて……ガサリ。
いた!
そちらに注意を向けた瞬間、背後でも音がした。え?と振り返ると、今のヘビよりも大きなヘビが今まさに飛びかからんとしているところだった。
「ちょ……マズい」
牽制で一発針を撃って、距離を取ろうとするが、正面でもほぼ同じサイズのヘビが鎌首をもたげていた。
「ヘビって群れで行動しないだろ?!」
そちらにも牽制で一発。左右どちらかに……って、四方向囲まれてる?!
マズいなんてレベルを超えてしまった。
強くなったなんて思い上がりがこの状況を作ったんだと悔やむ。ハリネズミなんて食物連鎖では中の下くらいで、上には上がたくさんいるというのに。
石の上を駆け、丸くなって転がり落ち、勢いでそのまま地面を転がる。目が回るが仕方ない。止まったらすぐに走りだ……ガブリ。
「うわああああ!」
どのヘビかわからないが食いつかれた。いや、この場合、どのヘビだっておんなじだ。パキパキと針が折れる音がする。毒の牙が少しずつ迫る。イヤだ、死にたくない。死にたくない!
前世というか、人間だった頃は、いっそ清々しいくらいのブラックな環境で生きていた。何も考えずにただ生きているだけ。朝から晩まで社会で何の役に立っているのかわからずに。胃がキリキリと痛み、目まいと抜けない疲れを栄養ドリンクでごまかして、上司と客の怒鳴り声が頭の上を過ぎるのを待つだけの人生だった。今振り返っても、あれでは生きているなんて言えない。そう断言できるひどい人生だった。
それが、どういうわけかハリネズミになって、自分一人の力――かどうかは議論の余地があるが――で、戦い、日々の糧を得る生活になった。大変だけど、世界がまぶしく輝いていて、充実感を得られる、大変だけど、ちょっとだけ幸せも感じ始めていた生活。
それが奪われるなんて、イヤだ。
ドス!ドス!とどこに向けてかわからないが二発撃ち出す。手応え、というか針応えはない。なら別の方向へ二発!今度は当たった感じがする!ならそっちへ……残弾一。構わん、撃つ!
体を締め付ける感触が緩み、わずかに落下した後、ゴロンと転がる。仰向けだ。体を起こさないと、と思った瞬間に……ガブリ。
「またかあああ!」
四匹いれば当たり前だが、連続はきつい!飛針が発射可能になってない!パキパキと針が折れる音と共に、自分の体からもミシミシという音がする。ゲージがどんどん減っていく。ヤバいヤバい。ついでに言うと、ちょっとチビった。丸まってるからほぼ顔の真正面……今はそれどころじゃ無い!
二発回復!撃つ!
ドス!ドス!という音の直後、落下。石の上にでも落ちたのか、ゴン!という衝撃に体が悲鳴を上げる。おまけに最悪なことに絶命したと思われるこのヘビ、噛み付いたまま離してくれない。
逃げねば、ともがこうとしたら……ガブリ。隙間から噛み付かれた。
「もういやだああああ!」
ゲージが三分の一程度になり、かなり危険な状態。残弾は……三発回復した!二発撃つ!
ドス!ドス!
だが、どうやら外に向けて撃ってしまったらしい。反対方向へ一発……いや、回復してる!三発撃ってやれ!
そして、三度目の落下衝撃。既に満身創痍と言える状況。
「あと一匹いるのか……」
何とか這い出したのだが、追加が来ない。
なぜだろうかと見てみると、頭の上半分が吹き飛んだヘビが転がっていた。外に向かって撃った分が当たっていたのか。ラッキーだった。
ゲージ、真っ赤だよ。
幸いなことに四匹とも、石がすぐに見えるような位置を針が貫通していたので、引きずり出して食べた。原理はわからないが、ゲージの最大値が上がるなら食べておいた方がいい。食べ終えたら全速力で巣穴へ。ゲージの幅が十%も無いんじゃないかというレベルになっていたからだ。
「ふう……」
巣穴でため息をつく。相変わらずひどい臭いだが、今はむしろ安心する。生きてるって実感できる臭いだ。
巣穴の奥にいれば大丈夫、と丸くなって眠ることにした。とにかく疲れた。今はゆっくり休もう。
泥のように眠った、と言う表現は的確だったかも知れないと、目を覚ましたときに思った。眠っている間に丸くなっていた体が伸びて転がったようで、文字通り泥だらけ。いや、その……アレも付いてるけど、そこは触れないで。
ゲージは八十%くらい。体調は悪くないな。ちょっと腹が減ってるが、健康な証拠だ。
巣穴を出ようと歩き始め、すぐに足を止める。
とりあえず体を軽く洗って、魚か木の実を食べて戻る、それ以上はしない、いいね。
恐る恐る巣穴から出ると、夕暮れ時。少し急がないと夜になってしまうので、慌てて小川へ向かい、軽く水浴びをする。魚は見当たらないので、木の実を二個撃ち落として食べ、巣穴へ戻る。
よし、落ち着いたな。
ではスキルウィンドウを見てみるか。
スキルポイント3
ほう、あのヘビとの戦闘は無駄では無かったか。ちょっと死を覚悟したけど。
さてどうするか、飛針を上げようにも足りないのでパス。あとは、針強化と針回復速度向上か。
ゲームなんかでは、一つのスキルを丁寧に最大まで上げる派と、いろいろなスキルを満遍なく上げる派がいる。序盤、どちらが楽か。中盤以降で伸び悩みが出ないか、という位の違いしか無いことが多いのだが……問題はこれ、攻略サイトとか無いんだよね。スキルポイントを振ったら戻せないみたいだし。
悩みに悩んで……針強化を二まで上げることにした。理由は簡単で、多分これでヘビに噛み付かれても針がポキポキ折れることが無くなるんじゃ無いか、という淡い期待があったからである。防御力も上がる、と言うのに期待しよう。
「OK」をタップして閉じる。するとなんだか追加情報が表示されてきた。
『全ての針に強化が反映されるまで九時間かかります』
どうやらスキルをとってもすぐに反映では無いらしい。九時間くらい寝てればすぐだろ、ということで少しだけ寝床を綺麗にしてから眠りについた。寝てばっかりじゃないかって?誰にも文句言われないからいいでしょ。
朝の目覚めは爽やかで、足取りも軽く小川まで行き、少し川下で用を足す。それから岩の上まで移動し、川面を見るが、ちょっと太陽の角度のせいで水の中が見えない。魚は諦めて木の実のある場所へ。狙いを付けて一発発射。
相変わらずの命中精度で木の実が落ちてくるので、かぶりつこうとした瞬間。視界が突然暗くなったので思わず後ずさると、木の枝が降ってきた。
「どゆこと?」
思わず上を見上げると、狙った木の実の向こう側の枝が抉れている。あれが落ちてきたのか。結構な太さの枝が無くなった分、空がよく見える。落ちてきた枝は結構太い。直径五センチくらいありそうだが、これを針一発で撃ち抜いたと言うことか?明らかに針強化の効果だけど、こんなに強くなるのかと、驚きつつも木の実を三個食べ、落ち着いて確認するために巣穴へ戻る。
改めて針強化の説明を見てみようか。
針による攻撃力と防御力を向上させる。一レベル毎に+10%加算。最大レベル10。
現在レベル二。攻撃力と防御力に+30%。
そう言うことか、わかりづらい説明だな。レベル一だと+10%。レベル二になると20%が加算され、10%+20%で30%と言うことだ。はい、とんでもないことに気付きましたね。これをレベル一〇まで上げるとどうなるか。あくまでも予想だが、+550%と言うことになるのでは無いか?攻撃力が六倍以上になる……トンでもスキルかも知れないな。飛針のレベルアップも合わせると、想像もつかない威力になりそうだ。
スキルの確認はこんな物か。では、今日これからどうするかを考えよう。
昨日の派手な四連戦から攻撃・防御共に向上していると言うことは、多少余裕を持って戦えるだろうな。ヘビ相手なら。狼相手だと、噛み付かれた時点でアウトだろうし、足で思い切り蹴られたら、骨折や気絶と言った事態にもなりかねない。
しばらくはヘビ相手に戦ってスキルポイントを稼いで、飛針と針強化のレベルを上げる。両方が七くらいになったら、森の中を探索する、ということにしようか。まあ、都合良くヘビと遭遇するかというと、なかなか難しいかも知れないが、『ヘビ以外は逃げる』という事を決めておけば、咄嗟の時にも判断を誤らなくなるだろう。
周囲の地形も何となく頭に入れたので、あまり巣穴から離れないように気をつけながら歩き回ってヘビと戦う。日が傾いてきたら、木の実か魚を食べて巣穴に戻り、寝る。
完璧な計画だ。
念には念を、ということで慎重に周囲を確認してから巣穴を出ると、のんびりと小径を歩き始める。
初夏を思わせる陽気は、少し歩くだけでも汗ばむほど暑い。だが、どうすればいい、と言う行動指針が出来た今は少しだけ気分も良く、足取りも軽い。鼻歌の一つも出るという物だが、どういうわけかピーピー鳴る。ハリネズミの鼻ってそう言う構造なのか?と思って少し鼻をかいてみたら、なんかでっかいのが取れた。鼻づまりが原因か。爪の先に着いたそれをピン、と弾いてやった。
鼻がすっきりしたので、フンフーンと上機嫌で日差しの暖かさ、というかちょっと暑いけど逆に心地いい感じを堪能していたら、いきなり何かに捕まれて急上昇した。
ハリネズミ豆知識
平地に住んでいるハリネズミは高さを認識できない。なのでたまに高いところから転落することも。背中の針はそんなときにクッションの役割をしているとも言われている。どう見ても気休めだと思う。




