ハリネズミの川流れ
「ユージっ!」
リディの声で馬車が止まり、すぐに飛び出そうとして、立ち止まった。
昨日までの雨で少し増水している川の流れはかなり急で、この短時間でも相当な距離を流されているだろうから急ぎたい。だが、探し回るためにここを離れるわけにはいかない。
一度追い払ったとは言え、それほど遠くない距離にゴブリンがいるし、何より今はこの行商人親子の護衛という立場だ。
向かう街は川の上流。流されたユージを探しに行くと反対方向になってしまう。
「あのっ……」
「だ……大丈夫……です……その……使い魔なので、どこにいるかはわかります。あとで探しに来るので、このまま街まで行きましょう」
行商人が心配そうに声をかけてくるので、思わず探しに行きたくなってしまうが、こらえた。
「気にしないで。あの子は無事だから」
絞り出すようなその声に行商人が馬に鞭を入れる。
「あの……えと……」
「大丈夫だから。ね?」
そう言って、泣き出しそうな娘の頭を撫でて、視線を合わせてから、無理矢理作った笑顔を見せる。この子に責任はない。責任があるとすれば、馬車が揺れた時に対応できなかった私なのだと、自分に言い聞かせる。
それに、ユージなら大丈夫。街までこの親子を送り届けたらすぐに戻ってきて探せばいい。そして見つけたらきっと「このバカリディ!」とか言うに決まってる。そしたらこの件はそれでおしまいだ。
行商人は馬車の速度を少しだけ上げながら、街へ急いだ。
「ぶはっ」
川に落ちた時に体を伸ばしてしまったせいで、少し水を飲んでしまった。
そもそもハリネズミは泳ぎが得意かというと正直微妙だ。基本的に背中を丸めることを前提にしているから、犬かきっぽい姿勢で泳ごうとすると顔が水の中に沈んでしまう。仕方が無いので、体を丸めると、何とか浮いてくれた。
……本物のハリネズミならもっとうまく泳げるのだろうか?いや、この激流だとな。
「寒い!」
季節はすっかり冬。水の冷たさは想像以上で、これでは溺死する前に凍死しそうだ。
「寒い……あ、そうか」
針に火属性。少しだが、暖かくなった気がする。
「さて、どうするかな」
流されるしか無いのだが、この先に滝なんかがあったら大変だ。出来れば岸に上がりたいのだが。丸くなってぷかぷか浮かんだまま、照準を使って周りを観察。ダメだ、岸に上がるのは諦めよう。
川べりは綺麗に水で削られた……俺にとっては絶望的な高さ――三十センチくらいか?――の崖。アレを登るのは無理だ。
さて……ん?
下流に目を向けるとそんな川岸に穴が開いているのが見えた。あそこに飛び込めれば少しはマシになるかもな。
と言うことで……って、丸くなって浮いてるのが精一杯なのにどうやって方向をコントロールするんだよ。ヤバい、このままでは穴を通り過ぎてしまう!
あ、そうだ。針を撃ち出したらその反動で方向転換できないかな?そう考えて一発撃ち出すと、僅かだが、向きが変わった。よし、このまま針を撃ち出して舵取りしていこう。
バシュッバシュッと針を撃ち出し、ギリギリのところで穴の縁に引っかかると、体を起こして穴に飛び込んだ。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
勿論どちらもお断りしたいんだが。
はやる気持ちを抑えつつ、ギルドで完了報告を済ませて報酬を受け取る。受け取りながらゴブリンリーダー込みの群れがいたことも場所を簡単に伝えると、受付係が何か言い出すより前にギルドを飛び出し、そのまま門を駆け抜け、外に出るとすぐに空へ。全速力で川を下る。
川の流れと時間からこの辺りまで流されているだろうと見当を付けた辺りに。
川岸に引っかかっていないか?まだ流されているのではないか?
探し続ける。ユージの気配を。
ロック鳥を単独で仕留め、腐り神を倒すのにも貢献したユージは、魔物としてみるとかなり上位に属する。
初めてユージと会ったとき、気配だけで言えば森の主と言っていいほどだったが、腐り神を倒したあとは……さらにそれを上回る、魔物の大群を率いるリーダーと言ってもおかしくないものを感じた。
セイルたちも同じように感じていた一方で、ユージが友好的かつ裏表の無い感じだったために危険は無いと判断し、気を許していた。だが、もしもコミュニケーションが取れない相手だったら、村総出で討伐にかかっていたはず。そういう魔物だ。
だから、魔物特有の気配がある。それも、とても強い気配が。だが、体が小さいせいか、あまり遠くまでその気配は届かない。だからあちこち探し回るしか無い。
「……いた!」
流れの中央に僅かな気配を感じ、すぐに近づいて手を伸ばす。
「何これ?」
一本の針だった。
「ユージの……?」
ジュッ!
「熱っ!」
付いていた水が蒸発し、指先に熱が伝わってきた。
「間違いなくユージのだけど……どういうこと?」
ユージが何の考えも無しに針を撃ちまくったとは考えられないが、何のために……?
「これって……私に対する嫌がらせ?」
ユージが川に落ちたのは私にかなり責任があるけど、それならそれで直接文句を言って欲しいわ……って、ユージならそんなねちっこいことはしないで、直接言ってくるわよね。
「まさか!」
少し高く飛び、川を隅から隅まで視界に入れると、気配を探る。
「でっかい魚に飲み込まれそうになったとか?!」
リディの発想はその程度である。
ゴロンと転がって体を起こす。よくわからないが、薄暗い洞窟のような場所に流れ着いた。
どこからも光が差さないような場所なのに、周りの様子がわかる程度に明るいという不思議な場所だ。
「アレか。ダンジョンって奴か」
ラノベご都合主義の集大成、ダンジョン。
視界がゼロにならない程度に明るく、魔物が延々と生まれ続け、不思議なアイテムが手に入るってアレ。
いくら魔法があって、エルフや魔物がいる世界だからって、ゲームじゃ無いんだし、それは無いだろうと思っていたが、どうやら本当にあるらしい。いや、ただのヒカリゴケとかの生えているだけの洞窟という可能性もあるんだが。
とりあえず隅っこに移動し、ちょっとした窪みに潜り込む。体を丸めてしまえば、防御力の高い針でガードされるので、落ち着くにはちょうどいいだろう。
ここがダンジョンだとして……探索なんてしない。外に出ることを考えよう。さすがに俺が入ってきた穴はリディが通るには小さすぎるが、きっと人間サイズが出入り出来るところがあるはず。何とか出入り口を探して外に出る。そうしたら……って、待て。
リディと合流する必要性、あるか?
確かに世界を見て回り、俺やノエルがここに来た理由を探そうとしたら、リディという移動手段は魅力的だ。だが……うーん。
何かと苦労が絶えないんだよな。
……どうしよう。
少し眠ることにしよう。ちょっと疲れたし。火属性針のおかげで寒くないので、休んでから動くことに決めた。
「これも違うか……」
川岸にずらりと魚を並べてリディが呟く。
どれもこれも体長二メートル以上の巨大な魚で、全部お腹を割いてみたのだが、中から出てくるのは小魚やエビに藻ばかりで、ハリネズミは見つからない。
「どこかから岸に上がれたのかな?」
見落としが無いかもう一度確認しようと、空へ舞い上がる。
「ユージ……生きていて」
さすがに未亡人になるには早すぎる。真剣にそう思っていた。




