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  作者: ひじきとコロッケ
人間の世界
38/55

ランクアップのためには仕方ない

「疲れたね……」

「お疲れさん」

「ユージはずるい」

「何が?」

「袋の中で寝てたでしょう?」


 バレてた?


「そ、そんなことはないぞ、うん」

「はぅ……ユージが冷たい」

「え?」

「婚約者のユージが私に冷たい」

「俺は婚約者でもないし、冷たくしたつもりもないんだが」

「何でよ。父さんも母さんも『ユージならいいぞ』って言ってたわよ?」

「お前はハリネズミと結婚したいのか」

「え?ダメなの?」


 なんて説明すればいいんだ?


「それにそもそも冷たいって……俺が何をしたんだよ」

「私が大変な思いをしてたのに助けてくれなかった」

「お前な……」


 ギルド職員に囲まれること二時間、説得(?)に一切応じなかったリディはめでたく護衛の依頼を受けることに成功。その後、商人との顔合わせも終えた。

 商人はいつもギルドの護衛を依頼している常連なので、初顔合わせになるリディのことも、「ギルド経由の紹介なら大丈夫」と思っていて、晩飯を奢ってくれた。


 まあ、俺は顔を出せなかったから、食いっぱぐれているんだが。


「ほらリディ、気持ちを切り替えていこうぜ。明日は朝から護衛の仕事なんだから」

「慰めて」

「え?」

「私を慰めてよ」


 どうやって?


「慰めてくれたら頑張る」

「子供かっ!」


 とりあえずベッドの上に倒れ込んだリディの上をフニフニと踏みつけながら歩いてやったら機嫌が直った。


 俺、何やってんだろ?




 翌日はあいにくの雨だったが、ちゃんと約束の時間に商人のところへ行き、護衛スタート。と言っても、街道を進んでいく馬車に揺られていくだけなんだけど。


「いやあ、エルフの冒険者なんてあまり見かけませんから驚きましたよ」

「そ、そうなんですか?」


 そのやりとり、昨日もしてたよな。


「おお!それがエルフの弓ですか?!少し見せて頂いても?」

「いえ、さすがにちょっと」

「はは、そうですね。申し訳ない。質の良い物を見るとつい……職業病って奴ですな」


 商人は気さくで人当たりのいい感じの人間だ。が、職業柄か、かなりグイグイ来るので、リディは少し苦手なようだ。


「リディ、これもランクアップのためだ。頑張れ」

「あとでフニフニを一時間……」

「え、お前、アレ気に入ったの?!」

「一時間……」

「わかったよ」

「うん、頑張る」




 道中は一度だけ鹿の親子がすぐ前を横切った程度で、予定通り隣の街に到着した。


「ではここで失礼します」

「ええ、ありがとうございました」


 そんな挨拶を交わした後、冒険者ギルドへ向かい、商人がサインした依頼の達成票を提出する。


「お疲れ様でした。こちらが報酬となります」

「はい」

「それと伝言が届いています」

「伝言?」

「『すぐにこちらへ向かう護衛の依頼を受けて帰ってきてください』と」

「冒険者がどこに行こうと自由ですよね?」

「んー、こちらの支部としてもしばらく滞在して頂きたいのですが」

「いやあああああ!!」


 色々トラウマになっているのか、そのままギルドを飛び出していくリディ。よっぽどイヤだったんだな……

 あとでわかったことだが、同じ国にあるギルドの支部同士は結構な頻度で情報交換をしていて、リディについては「薬草採取の女神降臨」とか言われていたらしい。




 ま、Cランクになるまではリディに頑張ってもらうしかないので、その晩も頑張ってフニフニと踏んでやった。ちなみにかなりスレンダーなリディだが、踏んでみるとそれなりに柔らかくて踏み心地は悪くない。


「ふへへへへ……」というおかしな笑いさえ気にしなければ。




 ゆらゆらと揺れる上に、ちょっと温かいリディの体温のおかげで、うとうとしかけたところでハッとなった。


「リディ……」

「うん」


 リディも気づいたようだ。


「馬車を止めてください!」

「おおっととと……なんだい?」


 止まるや否やバッと馬車を飛び降り、馬の前に立つリディ。川沿いに走る街道の左側、茂みの中に気配を感じる。


「いる……ね」

「ああ」


 前世(?)では全くそんなことは出来なかったのだが、エルフの村でのロック鳥狩りとか腐り神討伐を経たおかげなのか、魔物の気配、と言う物を何となく感じられるようになった。リディたちエルフは風や草木の声を聞いて感じる、とか言っているがそれは横に置いとく。


「距離は……百ちょい?」

「数は……結構多いわね」

「ゴブリン?」

「おそらく」


 この街道沿いにはあまり魔物なんてでないって聞いてたんだが、ゴブリンはノーカンか?


「どうする?」

「ユージでも対処できそうだけど」

「じゃ、行ってくる」

「わかった」


 地面に下ろしてもらうと、気配の方向へ向けて走り出す。


「ハリネズミ?」

「えーと、私の……その……アレです」

「使い魔?」

「そう、それです」


 ごまかしがうまくなったものだと、リディと行商人の会話を後ろに聞きながら茂みの中へ飛び込んでいく。

 普通のハリネズミにとっては百メートルは結構な距離かも知れないが、俺にとっては大した距離じゃない。それに向こうはこちらの接近に気づいてすらいないようで、警戒している様子もない。茂みを駆けること数十秒、ゴブリンの集団を射程に収めると一気に針を撃ち出す。


「ギャッ」「グァッ」と短い悲鳴を上げながらバタバタと倒れるゴブリン。


「ギェッ!ギェッ!」とやや大きなゴブリンが俺をさして声を上げるが、射線が通っていて動かない相手なんてタダの的でしかないので頭を撃ち抜く。

 戦闘開始から十数秒。リーダーっぽいのが倒れると、ゴブリンは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


 周囲にゴブリンがいなくなったのを確認すると街道へ戻る。


「お疲れ様」


 馬車をゆっくり進ませてきたリディに拾い上げられ、袋の中へ。


「さすがに全部は無理だったけど、リーダーっぽいのを倒したぞ」

「わかった」


 リディは行商人たちに少し待つように伝え、街道脇の茂みの奥へ。

 ゴブリンリーダーの魔石を手早く回収し、数匹のゴブリンの耳を回収すると馬車へ戻る。


「ど、どうでした?」

「この通り、リーダーのいる群れでした」

「ひいっ!」

「ご安心ください。ゴブリンは全て逃げ出していますので」

「しかし、リーダーがいると……」

「ですから、リーダーも既に仕留めています」

「あ……そ、そうか……ホッ」

「もう大丈夫です。進みましょう」

「はい……あ」

「何でしょうか?」

「ゴブリンリーダーの討伐って……追加料金に……なった……り……」

「しませんよ」

「ホッ」


 ギルドが想定している以上の魔物――今回の場合ゴブリンリーダーのいるゴブリンの群れ――がでた場合、冒険者や依頼人に瑕疵(かし)が無い場合はギルドが報酬の上乗せをするのでそこは心配ないとリディが付け加えたので、安心したようだ。

 冒険者に護衛を依頼するのは専属の護衛を雇ったりするより格安ではあるが、それでもかなりの出費になるので、ギリギリの利益で回しているような行商人にとって、追加料金が出るかどうかは死活問題だろうからな。


 ちなみにさっきのケースでもしも俺やリディが勝てない、つまり戦ったが死亡した場合、ギルドは行商人に既定の賠償を支払うことになっている。(もっと)も、そんなときに行商人が生き残っている可能性は限りなくゼロだけど。

 リディは馬車に乗り込むと、水筒を一口。そして馬車が動き出すと、積まれている毛布の上にダイブしてグダグダし始めた。シャキッとしろよと言われかねないが、さすがにさっきの対応を見たあとでは行商人も何も文句を言えない。グダグダ、ゴロゴロしているように見えるが、これでも周囲への警戒は怠っていないのだ。


「ゴブリンリーダーが街道を通る行商人を襲うなんて、よくあることなのか?」

「うーん、どうなんだろう?」


 さすがにリディも詳しくないので、行商人に聞いてみると、彼も十年以上こうして馬車で街から街へ移動しているが、初めてのことだという。


「ま、報酬とランク評価も上乗せになると考えれば儲けものだろ」

「そうね。ラッキーだったわ」

「何がラッキーなの?」

「ふぇっ?!」


 リディが飛び起きる。


「ああ、びっくりした」


 さっきまで寝ていたはずの行商人の一人娘が起きていた。


「何がラッキーなの?」

「えーとね……その……お、お金がいっぱいもらえるから」

「ふーん」

「あ、あはははは……」


 リディ……子供の相手が苦手なのか?


「ねえ、エルフのお姉ちゃん」

「な、何かな?」

「ハリネズミさん、見せて!」

「え?」

「ハリネズミさん!」

「えーと……」


 イヤな予感しかしないんですけど?


「見せて」

「えっとね、その……」

「こら、マリー。護衛の冒険者さんを困らせちゃダメだと言ってるだろう?」

「えー」

「ほら、こっちにおいで。お馬さんがいるぞ」

「お馬さんはいつも見てるの!ハリネズミさんがいいの!」

「えーと……」


 断ってくれよ?と願うしかない。


「ちょっとだけよ?」

「やったぁ!」

「マリー!ああ、もうすみません」

「いえいえ、このくらいなら」


 そう言いながら袋の中から俺を取り出すリディ。この裏切り者!とにらみつけるが、「ちょっとだけだから、ね?」と言われたら我慢するしか無いか。


「うわあ、チクチクがいっぱいだぁ」


 俺を手の上に乗せて目をキラキラさせる、マリーちゃん。この子を産んですぐに母親が亡くなり、父娘二人で頑張っていると言う、この世界じゃ特に珍しくない境遇らしいが……


「へえ……ほぉ……ふーん」


 あちこちから俺の姿を眺めるマリー。

 頼むからケツの穴をじっくり見ないでくれ。さすがに恥ずかしい。


 と、その時、ガタンと馬車が大きく揺れた。

 この馬車に限らず、大半の馬車にはサスペンションなんて物が取り付けられていないからちょっとした石を踏むだけでも大きく揺れる。だから、動いている馬車の中では、柔らかい藁や毛布を敷いた上でおとなしく座っているのが普通なのだが、マリーはちょっとはしゃいでいたので……


「あ」


 転びかけたのはリディがとっさに支えたが、その手の上にいた俺はめでたく馬車の外へ放り出された。慌てて衝撃に耐えるために丸くなる俺。

 そして運悪く、丸くなった俺はそのままトンッと跳ねて、街道のすぐ脇を流れていた川へボチャンと落ちていった。

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