冒険者リディ
朝、特に寝坊して慌てるというようなイベントも無く朝食――ユージの分はリディの分から少し分けた――を済ませた二人と言うか、一人と一匹は早速冒険者ギルドへ出かけた。目的は勿論、ランクを上げるための依頼探しである。
「Fランク向けの依頼、一つも無いわね」
「そりゃそうだろ」
小さいとは言え、そこそこの規模の街。冒険者なんて掃いて捨てる程いる。Fランク冒険者も。朝早く、依頼が貼り出されると同時に取らなければFランク向けの依頼なんて残っているわけが無い。
「じゃ、どうするのよ……」
「お前、昨日の説明全然聞いてなかっただろ?」
「え?」
「冒険者登録するときに色々説明されただろ?」
「されたけど……」
「けど?」
「そういうの覚えておくのって、ユージの役目だと思ってたから右から左に」
どうやらエルフの耳は左右が繋がっているらしい。新発見だな。
「じゃあ、村を出る前にステラに言われたことは覚えているか?」
「えーと……順番を間違えるな?」
「そこじゃねえよ!」
「じゃあどこなのよ?」
「冒険者の依頼の受け方。ホレ、そっちの隅に常設依頼ってのがあるんじゃ無いか?」
「あ、これね」
別枠で貼り出されている依頼の前に立つリディ。俺は文字を読めないので何があるかを確認するのはリディに任せるしか無い。
「ゴブリン退治……オーク退治……ウルフ退治……」
「魔物討伐はやめとけ」
「何で?ゴブリンなら群れごと倒せるわよ?」
「どこにいるのか探すのが大変だろ?」
「あ」
「それよりも、薬草採取をやれって言われてただろ?」
「そう言えば言われてたね」
森で暮らすエルフは例外なく薬草にも詳しい。そして、その薬草知識は人間を始めとする他種族の比では無い。つまり、なかなか見つからない薬草もエルフにとっては簡単に探し出せる物も多く、冒険者ランクを上げるのも容易いというのがステラの言。
「どうだ?」
「二十種類くらいあるわね」
「その中で、買い取り価格が高いか、大量に採ってくる当てがある奴を」
「うん……あ、でもこれは今の季節はダメね、これもダメ」
「そうそう、その調子で選んで」
「うん……これと……これ。あとこれかな?」
リディは二十種類の中から三つ選んだ。
「この辺で採れそうか?」
「そうね……昨日、空から見た感じだと……近くの森で採れそう」
「よし、行こう」
「うん」
冒険者ギルドを出ていくエルフを何となく見ていた他の冒険者たちはそっと集まってひそひそと話す。
「あのエルフ……独り言が多くないか?」
魔物狩りは手っ取り早くランクを上げるのに良さそうに見えるが、魔物を探すのが大変。何しろ相手も移動しているのだから。
それに比べ、薬草は自分で歩かない……ごく一部の例外を除けば。つまり、生息しやすい場所さえ知っていれば大量に採取出来る。ステラが薬草採取を勧めた理由がこれだ。
街を出ると早速空に舞い上がり、一気に近くの森を目指す。十分もかからずに森の奥、少し開けた場所に着地した。
「で、どこにあるんだ?」
「ここ」
「え?」
「ここ」
「……もしかして、足元のこれ、全部?」
「うん」
テニスコートよりもやや広いくらいの開けた場所にびっしりと生えている草が全部薬草。しかも、今回選んだ中で一番高い奴、つまりランクを上げるポイントを稼ぎやすい奴だと言う。
「これ、全部刈り取っていけばいいって事よね?」
「根こそぎとっても大丈夫か?」
「うん。森の中ならひと月もあればすぐに元通りよ」
「マジか」
貼り出されていた紙には「品薄につきボーナスあり」と書かれていたと言うが……
「森の奥に来ないと、たくさん生えてないのよ」
「へえ」
「じゃ、一気に刈り取るよ」
「おう、任せた」
風の魔法でシュパッと草を刈りひとまとめにして袋詰めに。
「じゃ、残りも探そうか」
「ああ」
結局リディは昼までに三種類の薬草を大きな袋に七つ集めた。探す時間?ほとんどかかってない。リディが「次はこっち」と迷うこと無く移動し、「これが全部そう」と刈り取っていくだけ。エルフの知識、侮れん。
「これ、常設依頼の薬草です」
リディがボフッと袋をカウンターに積み上げる。中身は薬草だし、潰すとダメになるので、ぎゅうぎゅうに詰め込んだりしていないから重さはたいしたことない。だが、大きさはなかなかの物で、街に入る時に衛兵が少しギョッとしていたくらいの大きさ。
「えっと……」
「まずこの袋が……」
ちょっと固まっているギルドの受付係に、それぞれの薬草の名前を告げていく。
「あの……これを……どこで?」
「どこって……これは北西の森、こっちのは東の森、それから」
「ちょっと待ってください。街の近くの森で?!」
「ええ。ちょっと奥の方だから歩いて行ったら時間かかると思うけど」
驚くのも無理はないか。
どうやら慢性的に薬草の在庫不足が続いていて、冒険者の中にも薬草探しを頑張っている者も多いらしいが、そんな連中の努力や苦労をあっさり否定する量が半日で集められているのだから。
「あの……ダメでしたか?」
「あ、いえ!そんなことは!すぐに確認します!」
受付係が慌てて奥に声を掛けると数名が出てきて、袋を前に一瞬固まり、中身を聞いて固まり……いちいちフリーズしないで中身を確認して査定してくれと思うのだが。
少しかかりそうなので、食堂で腹ごしらえ。
「いや、俺にタマネギを食わせようとするな!」
「好き嫌いはダメよ?」
「好き嫌いじゃなくて、多分死ぬ」
「まさか?」
「多分だけど、死ぬ」
「ホントに?」
そんな風にしてたら、査定が終わったと受付から呼ばれた。
「これでリディさんの冒険者ランクはEランクになります」
「おお~」
そしてカウンターに置かれるお金。通貨の単位がわからないが、金貨があるって事は結構な額なんだろう。
「ところで一つ相談なんですけれど」
「え?」
「薬草、もっと集められますか?」
「えーと……どうだろう?」
薬草自体が採れなくなっているのか、それとも大量に必要な事態が起きているのか……?
「実は二ヶ月ほど前まで薬草採取のうまい方がいたのですが、他の街へ移ってしまわれたので、困っていまして……」
ギルドとしても買い取り価格に色を付けているのだが、そもそも薬草採取はどこに生えているのかとか、採取時の注意点とか、色々と薬草に関する知識が必要。
ゴブリンならたたきのめして討伐照明の耳を持ってくればいいが、薬草はそう簡単にいかないので、なかなか大変らしい。
「も、もう少し頑張ってみますね」
「お願いします。評価とかいろいろ配慮しますので」
リディがそのままギルドを出ようとしたのでちょっと止めて、依頼票の前へ。
「依頼票なんて見ても仕方ないって言ってたじゃない?」
「それはそうなんだけど……」
確認してもらったところ、常設依頼で張り出されている物以外は、魔物討伐、移動の護衛と言った物がほとんど。素材収集も魔物の皮とか角だから、魔物討伐カテゴリだろう。
受付で聞いてみると、数十年前まではこの街の南にダンジョンが有り、この街はそのダンジョンで潤っていたのだが、ある日、ダンジョンが崩壊して消滅。魔物が出やすいという特性のある森が広がったために、周囲の村も含めて魔物討伐の需要が常に高い街になった一方で、薬草採取に手が回らないという歪んだ状況になってしまったのだとか。
「そんなわけで、リディさんには期待してます!」
Dランクになったら出ていくって言ったら、どんな顔をするだろうか?
午後も少し森を見て回ったのだが、他にどんな薬草があるかの確認をメインにしたので採取した量は程々。その代わり、「こんな薬草があるけど、どう?」という話を持ちかけてみたら、「是非」と言われた。明日の予定が決まったな。
こうして三日間、薬草を山ほど採取して納品し続けた結果、リディのランクはDに上がるまであと少しになった。
さすがに薬草採取でさらに上げるのはかなり時間がかかるので、このくらいで切り上げることに。
「他の街への護衛とかあると便利だけどな」
「そうなの?」
「護衛する相手から他の街の情報を聞けたりするし、ランクも上げやすいみたいだし」
「そっか……でもね、ユージ」
「ん?」
「受付さんの視線が背中に突き刺さって痛いくらいなんですけど」
「それな」
リディが他の依頼を受けるのを出来れば回避したいとかそういうことなんだろうな。だが、薬草採取を一人の冒険者に依存するなよと言いたい。しかも相手は人間の街にあまり住み着かない代表格のエルフだぞ?
だが、護衛の依頼を受けるには魔物討伐をこなしておかないと受けさせてもらえないことが多いという。そりゃそうか。護衛なんだから、魔物を倒せる実力がないとダメだよな。
「と言うことでリディでも出来そうな群れの討伐をやっておこうか」
「そうね……昨日オークの群れがいそうな場所があったから、ちょっと見てみましょ」
「まかせる」
そんなやりとりがあるとはつゆ知らぬ受付係たちに見送られて街の外へ。目指すは南西の森。
そっと木の陰から見ると、リディの予想通り、オークの群れがいる。
「ざっと、オークが三十、オークリーダーがいるかな……あ、いた」
「他にヤバそうなのは?」
「いないね。まだ規模の小さい群れだから、リーダーより上の上位種は生まれてないみたいね」
「へえ」
そういう物なんだ。
まあ、どう見てもロック鳥の方がヤバい魔物だろうから、リディでも問題なく殲滅できるだろうけど、俺も少しは働こう。
「で、どうしてこうなるんだ?」
「ユージが働くって言うから」
「俺を矢に括り付けて飛ばす理由にはならねえよ」
俺に対する扱い、ひどくないか?




