後始末
リディに連れられて家の外へ。
亡くなった者、かろうじて生きているがまだ目が覚めない者、連絡を受けて慌てて帰ってきて事情を聞いている者などなど、まだ村の中は落ち着いていないようだ。村の存続の危機だったわけだから二、三日で落ち着くとは俺も思っていない。
「落ち着くまでまだしばらくかかりそうね」
さすがのリディもその辺の空気は読めるようだ。
「セイルは?」
「村のみんなと森へ。腐り神の後始末に」
「後始末?」
「あ、そうか。ユージは見てないもんね」
腐り神がずるずるに崩れたあと、腐った水が拡がっていることを教えてくれた。
「大変だったんだな」
「うん。大変だった」
「何とか腐り神を倒せて良かったな」
「でも、助からなかった人もいるんだよ……」
「ああ。残念だ。みんないい奴だったのにな」
それほど深くは関われなかったが、ロック鳥の宴会で楽しく飲み食いした仲だ。
「うん」
「リディ……その……」
「う……うん……」
明るく振る舞ってみせてもやはり、村人たちの様子を見ると辛い気持ちになる。当たり前だがリディの方がショックは大きいはず。この村で長いこと一緒に暮らしてきた仲間なんだから。
「リディ。死んでいった人のことを忘れろなんて言わないし、忘れるなんて出来ないと思う」
「うん……」
「だけど、クヨクヨするのは明日までにしよう、な?」
面倒くさいことは先送り、ではない。「今日まで」だとなんだか辛いが、「明日まで」なら少し気持ちも楽になるだろう。
「グスッ……」
「みんな、リディがそんな顔して落ち込んでいる事なんて望んでいないはずだぜ?」
「ユージ……」
「明後日からは笑顔。胸を張って笑顔。な?」
「うん……わかった……」
「無い胸を張るとか……」
ピシッ
しまった、つい念話が漏れた……リディさん?視線がとっても冷たいというか、刺さるように痛いんですけど?
俺の名誉のために言っておくが、少しでも早く立ち直れるようにという心遣いだからな?
「おう、ユージ、もういいのか……って、大丈夫そうだな。正座して説教受けてるなら」
「大丈夫の基準がおかしい件について問い詰めたい」
「ユージ、真面目に聞いてるの?だいたいいつもいつも……」
「いつもって言うほど付き合いが長くないと思うんだけど……」
「付き合いは長さじゃ無いの、深さなの!」
「なんか良いこと言ってる」
「ふふん、そりゃそうよ。これがあふれる知性って奴かしら?さ、ユージ、リディ様って呼びなさい」
「わかりました!ポンコツリディ様!」
「あーん?!」
説教が五分追加かな……
「お前ら、仲いいな?」
「どこをどうしたらそう見えるの?」
「どこをどう見ても」
火に油とはこのことだな、と俺の隣で正座するセイルをチラリと見る。
「で、何の用?」
「ん?ああ、そうそう」
「ちょっと!私の話が途中よ!」
「却下。で、何?」
「腐り神の魔石っぽいのが残っていてな。今こっちへ運んでいるんだが」
「へえ」
「食うか?」
「さすがに腹を壊しそうだから止めとく」
「そうか。しかし困ったな」
「何が?」
「あんな、禍々しさしか感じない代物、どうしようかと思ってな」
「そんなモノを俺に食わせようとしたのかよ!」
「はっはっは!」
「ったく……ん?魔石が残ったって事は腐り神も魔物なのか?」
「そうみたいだな」
「今までも腐り神と戦ったことがあるんだろ?どうしてたんだ?」
「今までは……その……なんだ。大規模魔法で吹き飛ばしていたから魔石が残らなかったんだ」
「エルフの魔法、すげえな!」
「そりゃそうだろう。エルフは魔法に長けた種族だからな」
「一応聞くけど、そんなにでかい魔石なのか?」
「直径一メートル弱ってとこだな」
「でかいな」
「ああ、あんなにでかいのは初めて見る」
それだけ大きいなら、俺のゲージの最大値もずいぶんと伸びそうだ。食った瞬間呪われそうだけど。
「魔石って」
「ん?」
「普通はどうするのさ?」
「そうだな、普通は……」
セイルの説明によると、魔石は中に魔力が蓄えられていて、その魔力を使って魔道具を稼働させたり、魔法を使う時の魔力タンクにしたりするのが一般的。
ファンタジーでおなじみのゴブリンなんかも魔石が体内にあるが、さすがに小さいのでライターのように種火を点ける魔道具の燃料として使われていると言う。ま、エルフはそんな物持ってないらしいが。
この村にある物で言うと、家の中で使う明かりの魔道具なんかは中に魔石が入っている。エルフたちは明かりの魔法ぐらいは使えるが、常時使い続けるのは大変なので、魔道具にしているらしい。
そして、魔石の魔力が切れたら捨てる。ただの石になるので。
だが、ロック鳥のように大きな魔石になってくると少し事情が変わり、魔力が切れそうになったら補充する。大きな魔石を組み込むような魔道具は魔石を交換できるような仕組みにするのが難しい物が多く――要するに魔法の機能のための仕組みがゴツいので取り出し口が作れないらしい――魔力が切れそうになったら魔力を注ぎ込んで満タンにして使い続けるのが普通。
この村にはそこまでの規模の魔道具は無いので、ロック鳥の魔石も腐り神の魔石も使い道が無い。ロック鳥同様に俺が食えば解決なんだが、さすがに食いたくない。
「じゃあこうしましょ。細かく砕いてご飯に混ぜてあげるわ」
「殺す気か!」
油断できねえ……
「あら、大丈夫よ」
違う声が背後から。
「ステラ。どうだ、皆の具合は」
「もうしばらく様子見ね」
「具合?」
「ああ、まだ起きられない者もいてな」
「治癒魔法で治らなかったのか?」
「一気に治すと体への負担が大きいこともあるの。だから少しずつ、ね」
「へえ」
魔法も万能では無いと言うことか。
「で、大丈夫って何が?」
「あの大きな魔石。見た目はどす黒くてちょっとイヤな感じの見た目だけど、中に込められている魔力はとても綺麗よ?」
「へえ……」
でも、俺が魔石食ってゲージの最大値を伸ばしてるのって、中に蓄えられた魔力による物なのかどうかわからないんだよな。
「んー、でも止めとく」
「あら、どうして?」
「何か……苦そう」
「ユージ、好き嫌いはだめよ」
「じゃ、リディは食えるのか?」
「多分エルフの口には合わないと思うんだ」
「へえ……って、納得できるか!」
とりあえず今のところ使い道も無いので、保留となった。
翌日、ようやく負傷者が峠を越したらしく、皆がホッと胸をなで下ろす一方で、亡くなった者達の葬儀が行われた。セイルが司祭みたいな役割で進行し、俺も参列。こっちの、というかエルフの葬式なんてどうすりゃいいのかわからなかったが適当でいいらしい。リディに抱えてもらい、棺の中に小さな花を入れた。
葬儀が終わると、元の日常に戻る。家族を失った者達は簡単にはいかないだろうが、それでも生きている者達は前を向いて生きていかなければならない。幸いなことにエルフ社会は相互扶助が基本なので、暮らしていくのは困らないらしい。
「ところでリディ、質問が」
「何かな?」
「お前の兄ちゃん、まだ会ってないんだけど?」
「ああ……父さん、説明よろしく」
「え?俺?」
いきなり話を振られたセイルだが、「簡単に」と前置きして教えてくれた。
リディの兄、フレッドはステラと共に帰ってきた後、村中を奔走して事態の収拾にかかっているセイルを手伝っていた。負傷者の治療、死者の葬儀、森の被害状況の確認。セイルだけでは手が足りず、ある程度色々と出来る者達が動けない中でかなり働いていたと言う。そして、葬儀が終わると共に村を出た。
「挨拶どころか顔も見てない気がするんだが、そんなに慌ててどこに行ったんだ?」
「それがな……フレッドはその……ハリネズミの姿焼きが大好物でな」
「な!!」
「お前の眠っている姿を見たときこう言った。『最高級の香辛料が必要だな』と」
「それ、ヤバい奴じゃん!」
「で、こう言っていた。『大陸最南端の村の香辛料と最北端の村の塩を取ってくる』と」
「もしかして、今生きてるのって、とても運がいい?」
「そうだな」
「どのくらいで帰ってくるんだ?」
「そうだな、二ヶ月といったところか」
早めにこの村から逃げた方が良さそうだ。




