生存競争
スキルウィンドウを閉じて、少し狼の周りを回って観察してみる。
体は昨日の二頭よりも一回り大きく、そしてよく見ると体の前面に傷が多い。逃げるをよしとせずに戦ってきた歴戦の勇士とかそう言うのかな。そして、よく見ると雌だった。もしかしたら昨日の二頭の母親とか?まさかね。でも、狼って群れを作って生活するから、あり得ない話ではないかも知れない。
となると、この近くに群れの本体がいる可能性があるな。立て続けに三頭も死んだとなると、群れのリーダーが来るかも?勘弁して欲しい。
と、突然、狼の死体が光り出した。
「え?え?」
慌てて飛び退く。何が起きるんだ?
やがてその光は細かい粒子になり、光る粒子はゆっくりと上昇し、消えていった。
そう、狼の死体も消えた。
あとに残ったのは……毛皮?
近づいてみると毛皮の所に四角で囲まれた枠が表示された。
「狼の毛皮(小)」
素材的なアレか?これを加工すると服とか作れたりするのかな?でもなあ、根本的な問題があるんだよ。
この毛皮、俺の体と同じくらいの大きさがある。運べるわけ無いだろ。
もしかしたら結構高価な品かも知れないけど、お金を使うハリネズミとか聞いたこと無いし、そもそも街とかどこにあるんだよって感じだし、と言うことで放置決定だ。異世界転生の定番、アイテムボックスとか無いのかね。
とりあえずお腹いっぱいになったし、色々考えたいから巣穴に戻ることにしよう。
その前に川で体を洗おうか。
川でさっぱりして巣穴に戻ると改めてスキルウィンドウを開く。
まずは「飛針」。レベル五にしただけあって、攻撃力が五十となっている。攻撃力四十であの威力。これで撃ったら狼の体に風穴が開きそうだ。
そしてまだ取得できないスキル達。
「針強化」の説明は……
針による攻撃力と防御力を向上させる。一レベル毎に+10%加算。最大レベル10。
攻撃力だけでなく防御力も向上、と。そうだな、この針は硬いから防御にも役立つな……ちょっと待て。防御力の数字がわからないんだが。
そして「針回復速度向上」は……
飛ばした針が生えてくる時間を短くする。一レベル毎に5%。最大レベル10。
今のところ数えるくらいしか針を撃っていないから気にしていなかったが、何十発も撃ったら……ハゲるのか?
この先、スキルポイントをどれくらい手に入れられるかわからない。どちらも重要度は高そうだが、戦わないで済むならそれに越したことはない。
実のところ、魚を捕まえたり木の実を撃ち落としたりと言った狩猟採集は楽しい。憧れの田舎暮らしって奴?このままのんびり暮らす……スローライフってのもいいだろうと思い始めている。第二の人生、というかハリネズミ生バンザイ。スローライフ最高!で過ごしたい。
もちろん、狼のような相手との死闘は避けたい。心の平穏は一番だ。が、今後この森で生きていくなら大型肉食獣との戦いは避けられないだろうから、自衛手段は持っておきたい。まあ、針の攻撃力も結構上がっているし、うまく立ち回ればなんとか勝てるんじゃないかと、前向きに考えることにした。
さて、落ち着いて今後の方針も何となく決めたので、もう少し辺りを散策しようかと外に向かおうとしたとき、なんとも言えない寒気がした。体調ではない。何か恐ろしい物が近づいている、そんな気配だ。
逃げ出したくなる気持ちを抑え、恐る恐る入り口に向かうが、まだ外まで俺の体三つ分くらいありそうな距離で足がすくんで動けなくなった。ヤバいくらいに恐ろしい気配。明確な敵意を振りまいているような者が近くにいる。本能的に俺の体が危険だと感じ取っている。
その何かは間違いなくこちらに近づいている。ここにいてはダメだ、と直感し、少しずつ後ろに下がる。音を立てないようにゆっくりと……
体二つ分くらい下がったところで、そいつは巣穴の前で足を止めた。大きな前足が見える。形からして狼の足のようだが、さっきの狼よりも一回り、いや二回りは大きそうだ。足の太さはもちろんだがその先に生えている爪は、軽く引っかかれただけで俺の体なんて真っ二つにされるんじゃないかと言うくらいに大きくて鋭い。
呼吸をするな、できるだけ抑えるんだ。脚はこのまま動かすな、わずかでも砂利が動いたりして音を立てたら気付かれる。
フン、フン……という鼻息を数回させて、そいつはゆっくりと去って行く。こちらに気付かなかったのは幸いだ。
ふう、と息を吐いた瞬間、ピーと鼻が鳴った。
なんかちょっと詰まり気味な気がしてたけど、このタイミングで鼻が鳴るのかよ!
慌てて息を止めるが、時既に遅く、外を歩く足音が止まった。
ゆっくりと足音が戻って来て、巣穴の前で止まる。フンフンという鼻息が少しずつ下りてくる。そして、巣穴からその鼻先が見えた。
想像以上にでかい、と思った。足先だけでも充分にでかいと思ったが、これはさっきの狼の倍近い大きさがありそうだ。チラチラと見える顔には大きな傷跡もある。命がけで戦ってきた証だろう。もしかしたら、さっきの狼たちのリーダーかも知れない。
ボスモンスター
そんな単語が頭をよぎる。これは絶対に相手をしてはいけない。だが、ここにいたら見つかるのは時間の問題だ。
どうする?
どうする?
必死に考えるが、いい手が思い浮かばない。フンフンという鼻息はおそらく俺の臭いに気付いている。ここにいると言うことにもおそらく気付いているだろう。
あの前足ならこんな巣穴なんて、あっという間に崩される。そしたらあとはずっと狼のターンだ。
どう考えてもあの体に俺の針が通じるとは思えない。
格上過ぎる。
なんだかよくわからなかったが、転生しても短い人生だったな、としみじみ思う。あ、ハリネズミ生か?
どっちでもいいが、今までのことが走馬灯のように……はならなかった。短すぎるもんな、たった二日だ。でも濃密な二日だった。前世じゃ命のやりとりなんて無かったからね。それなりに楽しめたからいいや。待てよ、この調子だと俺の来世、ハリネズミ以下?何だ、虫にでもなるのか?さすがにちょっと勘弁して欲しい。
でも、今更ジタバタしてもな。
そう思ってほぼ諦めたとき、狼の動きが止まった。穴を掘る算段がついたのではなく、何かに気を取られているような感じ。
数秒後、狼はゆっくりと離れていった。
ホッと息をついた直後、それはやって来た。
さっきのよりもはるかに強い、と言うよりもずしりと重さを感じるほどの空気。歩く足音だけでも重量が五倍はありそうだ。
巣穴の前を歩いて行く気配。チラリと見えた脚は先ほどの物とは比べものにならないほどに太く、その体がどれだけ大きいのかを物語っていた。
熊、か……?
息をすることも出来ず、ただ通り過ぎるのを待つ。
幸いなことに、先ほどのような事件もなく、それはゆっくりと通り過ぎていった。
訂正する。さっきの奴は中ボスで、今の奴が大ボスだ。ハリネズミが戦う相手ではない。格上とかそう言うレベルではない。関わってはいけない相手だ。
ゆっくりと――多分もう大丈夫だろうけど、音を立てないように――後ろに下がり、巣穴の一番奥へ。一度考えを整理したい。
まず、今の自分だが、どう考えても普通のハリネズミではなく、魔物とかそういうふうに呼ばれるような存在だろうと判断する。なぜなら普通のハリネズミは針を飛ばしたりしないからだ。確証は無いけど。
そして、ある程度経験を積んだというか、死線をくぐり抜けたことにより、程々に強くなっている。多分、普通の狼相手なら後れを取ることもないだろう。
だが、さっき巣の前まで来ていた、狼のリーダー――多分――には勝てない。少なくとも今のままでは。そしてそのあとに来ていた何か――多分熊――には、絶対勝てない。もう少し強くなったという程度では。
ここまでのことから、いくつかのことが推測できている。
まず、この森にいる動物は自分同様に魔物と呼ばれるような存在だ、多分。そして、戦って勝つと経験値のような物を得られ、経験値がある程度たまるとスキルポイントになる。そのスキルポイントを消費すると、スキルのレベルが上がる。
そして、スキルのレベルが上がると、新しいスキルが使えるようになることもある。今のところ、針を飛ばす攻撃とその威力の向上に寄与するようなスキルしか無いが、他にも色々あることを期待しよう。
また、魔物を倒すとその体内にある石――魔石と呼ぼう――を食べると、ゲージ――多分体力とか精神力とかそう言うのをまとめた物――の最大値が上がる。ゲージはダメージや疲労の他、スキルの使用でも減少するので、最大値を上げておくのは大事だ。
戦って勝ち、スキルを強化する。
生き残るために必要なことはシンプルだったが、まさに命がけとなる。だが、戦わなければこちらが死ぬことになる。どういう因果でハリネズミに転生したのかはわからないが、何度も死ぬ趣味はない。今度こそ天寿を全うしてやる!
「ハリネズミの寿命って十年くらいだっけ?」
まあ、頑張るさ。足掻いて足掻いて、必死に食らいついて生き延びてやる。
そう決意したところで……寝ることにした。
あんなのが近くをうろついている今は、外に出ない方がいい。一晩経てば遠くに行くだろう。
本気を出すのは明日から。
そう決めて、寝ることにした。
明日は……木の実を二、三個食べて、魚も捕って食べよう。あともう少し周りの様子を見て回って、それから……どうしよう?
ハリネズミ豆知識
一般的にペットとして買われているのはヨツユビハリネズミ。アフリカ原産なので寒さに弱く、寒すぎると冬眠してしまう。が、暑すぎると夏眠してしまう。アフリカ生まれならもうちょっと暑さには頑張れ。