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  作者: ひじきとコロッケ
森の生存競争
2/55

レベルが上がったみたいです

 唐突に目が覚め、辺りを見回す。

 やっぱり穴の中。どうやら俺は本当にハリネズミになってしまったようだ。穴の外は明るい。寝ている間に一晩過ぎたのかどうかはわからない。時計もないし。

 いや、それどころではない。今は急がねば。


 そっと歩き出す。


 剣道の達人は歩いていても頭が上下しないというが、それに近い心境で、揺れないように慎重に。


 穴を出ると周囲を探る。今度はヘビはいないようだ。ゆっくりと歩き始める。確かこっちの方角……水の流れる音が聞こえてきた。よし、こっちでいいな。


 慎重に歩みを進めて行くと、思った通り川があった。幸運なことに、浅瀬があり、水の流れが緩やかなところがすぐに見つかった。水の流れは右から左、下流――左の方へ移動し、水の中へ入っていく。冷たいが我慢できないほどではない。上流の方へ頭を向ける。位置、方角よし。





 お腹壊したっぽい……寝てる間にやらかさなくてよかった。

 思い当たるのはヘビの肉。なんか変な臭いしてたからなぁ。出来ればもうヘビには会いたくないが、もしも遭遇しても肉を食べるのはやめよう。


 軽く水浴びして、さっぱりしたところで上がり、巣穴へ歩き始める。


「俺、どうなっちゃうんだろう」


 とぼとぼと歩く……げ、焦っていて見落としていた。ゲージが半分ちょっとしかない。マズいな、今何かに襲われたら……


 フラグ立てちまったかな……


 背後に気配を感じる。恐る恐る振り返ると、そこには二頭の犬、じゃない、狼だ。どちらの視線もこちらをロックオンしている。


「いや、待てお前ら。体のサイズを考えろよ。俺なんか食ったって腹はそんなに膨れないだろ?」


 一応突っ込んでおいたが、向こうはやる気十分のようで、じりじりと近づいてくる。

 仕方ない、飛針でどこまでやれるか……やってやるさ!


 狼は左右に分かれて距離を取る。両方向から挟み撃ちする作戦か。一応飛針は四発まで撃ち出せるが同時に左右に撃てるほどに器用ではない、と思う。ではどうするかというと……


「全力ダッシュ!!」


 クルリと振り返ると全力で走り出す。後ろで狼が追いかけてくる音が聞こえる。音から距離を察するに……


「ここで反撃!!」


 急ブレーキしてターン、目の前に迫ってくる狼に向けて二発撃ち出す。ちょうどこちらに向けて口を開こうとしている。狙うのは目だ!


 ドスッ!ドスッ!


「ギャウン!」


 狼が足をもつれさせて転倒するので慌てて避ける。すぐ後ろからもう一頭。位置は微妙だが二発撃つ。もちろん狙うのは目だ。


 ドスッ!ドスッ!


「キャン!」


 犬のような悲鳴を上げて転がっていく。

 どちらもまともに当たったのは一発だけ。だが、一発でも当たった、しかも目に当たったというのは奇跡と言っていいかもしれない。


 最初の狼がゆっくりと体を起こし、こちらを向く。針が刺さった左目からは血が流れ、視力は奪ったようだ。とは言え、相手は狼。視覚より嗅覚の動物。それに蹴り一発、噛み付き一発でこちらの命を絶つ事が出来るであろう体格差のある上位捕食者だ。まともに戦うつもりは無いので全力で走る。逃げるが勝ち戦法だ。


「早く!早く!」


 なかなか「△」が使用可能になってくれないのに、後ろから追ってくる足音はずいぶん近くまで来ている。


「畜生!」


 どっちも畜生だが、とりあえず叫ぶだけ叫んでおいて振り返り、構える。狼は一瞬ためらったが、すぐにこちらへ牙を向けてくる。


「まだか……まだか……来た!」


 使用可能になった「△」を即座にタップ。ドスドスッと打ち出される針。すぐに反転してダッシュ。


「キャウン!」


 悲鳴の後、ドサッと倒れる音。チラリと見ると鼻を前足でひっかいている。めでたく針は鼻の穴の奥に刺さったようだ。おっと、もう一頭来たか。


「ターンして発射!」


 また二発。一発は鼻にもう一発は目に命中。こちらは両目を潰せた。

 だが油断は出来ない。とにかく逃げる……っと、最初の奴が復活しやがった。目と鼻から血を流しながらこちらに向かってくる。その顔は怒り心頭、なんとしても食ってやるという強い意志を感じる。勘弁して欲しいんだけど。


「△」は使用可能になっているが、俺はその場で待ち構える。目や鼻を狙った程度ではこいつらを止めることは出来ない。こっちも決死の覚悟が必要だ。


 一気に距離を詰めてくる狼。待ち受ける俺。


 そして、ある距離になったとき、狼は一気に跳躍し、その顎を大きく開く。そして同時に狼に向かって(・・・・・・)走り出す俺。そして撃ち出す二本の針。


 狙いは――喉笛。


 ドスッドスッ!!


「ギャ……」


 ドサリ、と狼が着地できずに倒れる。狙いは見事に命中し、喉から血があふれてきた。どうやら一発は運良く太い血管を貫通したようだ。


 さてもう一頭が――来た。両目を潰され、鼻にも食らっているのによく頑張る物だ。かすかに目を開き、必死に鼻から流れる血の臭いの向こうにいる俺の臭いを辿(たど)っているようだが、そんなのろい動きじゃ、良い(まと)になってるだけだぞっと。

 慎重に歩みを進める狼にこちらも少しずつ近づいていく。音を立てぬように、気配を悟られぬように。


 そして、奴の喉元が見えた瞬間、二発撃ち込んだ。


 念のために、喉の他に胸のあたりにも何度か撃ち込んで完全に動かなくなったのを確認。ゲージは……二割くらい。真っ赤だ。


 そして、緑の光が見える。胸のあたりだ。針を撃ち込んだ穴が引き裂いたようになっていたので顔を突っ込むと硬い感触。噛み付いて引きずり出してみると、あのヘビの中にあったような石だった。同じような青い色。そして……


 ――これを食べたい――


 石にかぶりついて噛み砕く。飲み込んでみるが、胃に送られた感覚は無く、喉のあたりで消えてしまっているような感じがする。不思議な感じだが、とにかく全部食べた。


 そして……


「狼の肉って食えるのかな?」


 古今東西の物語の中で、狼の肉を食べるというシーンはあまり覚えがない。食っても大丈夫なのかな。

 前世で読んだ漫画ではイタリアのギャングが「肉食の動物の肉は不味(まず)い」とか言ってたし、どうなんだろう?


 とりあえず頭を突っ込んで肉に噛み付き、引きちぎって咀嚼(そしゃく)してみる。


「生臭さはヘビの倍くらいかな……味は……まぁまぁ」


 これでお腹を壊したら最悪だが。


 血まみれになってしまった体を川で洗い流して巣穴に帰る。

 そして改めてゲージを確認。二割くらいだったゲージはさらに細くなっている。何となくだが、あの石を食べているときに減っていったような感じがしたする。なんて言うか、「最大値」が増えたから現在値が小さく見えるようになった感じがする。例えば、石を食べる前は最大値が百、現在値が二十だったとする。そして石を食べた結果、最大値が百五十になったらどうなるか。……あ、電卓がないから計算できないや。地面で筆算して、と。二十%は十三%くらいにになってしまうのか。もちろん今の最大値がいくつなのかわからないのだが、多分この推測はあってると思う。

 そしてもう一つ。さっきまでは必死だったので気付かなかったのだが、右上に「!」が出てます。『使用できるスキルポイントがあります』ですって。早速開いてみましょうかね。


 スキルポイント3


 イヤダメだろ。飛針のレベルを上げるにはスキルポイントが五必要なんだよ。これ、使用できる(・・・・・)けど使えない(・・・・)じゃないか。


 このスキルポイントって倒した相手の数で増えるのだろうか?それとも経験値みたいな物があって、一定の数になるとポイントになるのだろうか。狼と戦う前にも「!」があったような気がするがよく覚えてないや。


 とりあえず今のゲージの状態から言って、外を出歩くのは危険そうだ。お腹もいっぱいになってるし、それになんだか疲れた。……寝るか。


「……う……あ……が……ハッ」


 目が覚めた。なんかひどい夢を見ていたような気がする。なんだかわからないが、ひどい夢。……ハリネズミに転生してヘビや狼に襲われるよりもひどい事って何かあるかな?


 外は明るい。多分、朝だな。

 ゲージは……満タンだ。

 お腹は……大丈夫だ。


 穴から外に出てみる。早朝の爽やかな風が心地よい。

 よし、川に行ってみよう。……トイレじゃないよ?


 昨日は必死だったり、血を洗い流してさっさと帰りたかったりでよく見ていなかったが、この川、結構デカいな。少し小高いところかなら対岸が見える。この体のサイズだと距離感がイマイチだが多分川幅は二キロ弱かな。

 浅瀬に近づいて水面を眺める。ピチャンと跳ねる水音。よし、狙ってみるか。

 ツンと突き出た岩の上に陣取って下を見ると、少しだけだが魚の姿が見える。位置を確認……もう少し……もうちょっと左へ……よし!


 ドスッドスッ


 念のために二発撃ち出し、めでたく一発が命中。ぷかりと魚が浮かび、緩やかに流れていく。慌てて駆け下りて浅瀬に飛び込む。


「魚獲ったぞー!」


 魚を岸まで引き揚げて思わず叫ぶ。そして「いただきます」してかぶりつく。日本人は魚だぜ!


 ……待て、川魚って生で食べない方がよかった気が……よく噛んで食べれば大丈夫だろ、多分。


 満足したところで、少し落ち着いて周囲を調べることにする。今までは何となくの流れで動き回っていただけなので、地形もよくわからないし。

 巣穴から川までは五分弱か、反対方向へ行くと森へ続く小径(こみち)があった。地面をよく見ると動物の足跡がいくつもある。なんの動物かさっぱりわからないけど、結構大きいので危険と判断。森に行くのは避けた方がいいだろう。

 だが、森に入る少し手前に生えていた木に実がなっていた。少し高い位置だけど、赤い奴を狙って……


 ドスッ……トン


 一発命中。赤い実が落ちてきた。この命中精度、結構すごいと思う。

 さて、実はどうだ?落ちた衝撃で少し潰れ、甘酸っぱい香りが漂っている。


「いっただきまーす」


 ガブリ。ジュワッ……んまぁ~い!


 あまり大きくないが、この体だとこれでもう満腹に近い。これからの食事は魚とこの実がメインかな?


 さて、あちこち歩き回って疑問が一つ。


 ヘビも狼も死体が残っていない。どうしてだろう?


 確かこのあたりだったはず、と言うところに来てみたが、地面を何かが滑ったような跡――狼が倒れたときのものだろう――はあるのだが、血の跡すら残っていない。


 他の動物が食べた、としてももう少し何か残るだろうに、おかしな話だなと首を(かし)げていたら、背後でガサリと音がした。慌てて振り返ると、昨日戦った狼よりも一回り大きな狼がまさにこちらに飛びかかる瞬間だった。


「うわっ」


 横に飛び退きながら一発撃ち込む。狙いは適当だが、前足の付け根に当たったらしく、着地の瞬間に姿勢が崩れる。そのすきにこちらも体勢を立て直し、次の狙いを定める。狙うのはもちろん目だ。


「ガウッ」


 ドスッドスッ


 こちらを見た瞬間に二発撃ち込む。一発は外れたが一発は目に命中。少し怯んだものの、こちらに向かってきた。横に回避してそのまま全力で距離を取ろうとしたが、向こうも急旋回してこちらの前に回り込む。右へ左へ動き回るが、その全てを読み切っているかのように回り込まれる。

 気付いたときには急斜面のちょっとしたくぼみに追い込まれていた。足さばきだけで完全に誘導された。じわじわと距離を詰めてくるが、慎重で、むやみに飛びかかってきたりしない。昨日の狼よりも狡猾(こうかつ)なようだ。

 だが、こちらも四発撃てるようになったし、今ここで一か八かに出なければ詰むのは間違いないだろう。狼に向けて走り出す。

 狼のアドバンテージはこちらよりも大きな体に力強い足と牙。対してこちらはほぼ全方位に撃ち出せる針。

 こちらの動きが予想外だったのか、狼が足を止めた瞬間、その両前足に一発ずつ撃ち込む。数センチの長さしかない針だが、その全てが肉に食い込む程の威力にさすがの狼も悲鳴を上げて数歩下がる。その(すき)を逃さない。ちょうどいい位置に着いたのだ、今しかないと二発同時に撃ち出す。


「ギャンッ」


 撃ち出した針は二発とも喉元に吸い込まれ、ドバッと血が流れ出す。四発全て使用不可になったので、距離を取る。


「ガウッ、グガガ……」


 倒れない、踏ん張った。そして片方残った目でこちらをにらみつける。潰れた目と喉から流れる血がその形相を歌舞伎のくま取りのように彩る。狼の表情なんてわからないが、ものすごく怒ってるのは間違いなさそうだ。


「ガウッ!」


 こちらに全力で飛びかかってくる。速い。左右に避けても無駄、瞬時にそう判断し、丸くなって針を突き立てる。そして、牙が突き立てられる瞬間、口の中に向けて四発。


「ガ……」


 勢いのまま俺を(くわ)えたものの、()み潰す程の力は残っていなかった。ブルブルと震えた後、ドサリと倒れた。


「うわ……」


 全身、狼の唾液がべっとり。

 そして、緑色の光が見える。これ、あの石の位置を示すレーダーみたいな物かな。

 喉元に開いた穴から頭を突っ込み、石を引っ張り出してかぶりつく。

 ポリポリと食べながらゲージを眺める。食べた分だけゲージが短くなる。どうやら最大値が増えるというのは当たっているようだ。


 食べ終えたところでスキルウィンドウを確認。


 スキルポイント5


 よし、飛針を五にしようと「+」をタップすると、隣に新しい四角が二つ表示された。


「針強化」「針回復速度向上」


「-」をタップすると表示が消える。どうやらスキルポイントの割り振りを確定しなくても新しいスキルが表示されるという、ユーザーフレンドリーな仕様らしい。


「ありがたいんだが、完全にゲームだな」


 まあ、新しいスキルについては使えるようになったときに確認するとしてとりあえず飛針を五にしておこう。


 レベル四の飛針数発で狼を倒せたのだが、レベル五だとどうなるんだろうね。

ハリネズミ豆知識

意外なことにハリネズミは一部の毒蛇の毒に耐性があって、噛まれても毒では死なない……どころか、返り討ちにして逆にヘビを食べてしまうと言う観察例もあるという。侮りがたし、ハリネズミ。

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