姿焼きと刺身
「やっぱりリディの俺に対する扱いはひどい」
「人の手の上で漏らす方が悪い」
「漏らしてない、チビッただけ」
「同じよ!」
魔法で水を生成して手を洗いながらリディが文句を言ってくる。
だが、藪に全力投球されたんだぞ、俺は。枝とかしっかりしてたから良かったようなものの、もしもスカスカだったら地面に叩き付けられて死んでたかも知れない。文句を言ってやろうと思ったんだが、
「ユージだって、体に……その……かけられたら……イヤでしょ?」
「えーと、ああ、うん、そうだな」
昨日たっぷりかけられてるんですが。しかも俺の方からかけてくれって頼んだような気がします、ハイ。
作戦のためだったんだからな?別にそう言う趣味嗜好はないからな?
「さ、あと少しだからこれ」
「だから袋に入れようとするなよ!」
「だって!」
「なあ、一応聞くんだけど」
「何?」
「エルフの里って、まだ遠いのか?」
「そんなことないよ?」
「歩いて行ったら?」
「十分くらいかな?」
「じゃ、手の上で」
「えー」
「そして歩け!走るな!そうすりゃ俺もチビらない!」
「威張って言うことなのかな?」
とりあえず手の上に乗せるということで我慢してもらった。ついでに貸し一つチャラにされた。
里までの道を歩いて進む。森の木々は俺のいた森とはずいぶん違う種類のようだ。
「なあ、リディ」
「何、また出そうなの?」
「お前、俺をどういう目で見てるの?」
「どこでも出したいときに出すタイプ?」
「はあ……反論する気力も失せるわ。聞きたいことだけ言うぞ。この森って、崖の下の森と生えてる木の種類が違うよな?」
「え?うん、違うけど」
「アレか?こっちの方の森はエルフが管理してるとかそう言う感じか?」
「森の管理?しないわよそんなの」
「そうなんだ……」
エルフが森を守ってるようなイメージがあったんだけど違ったか。
「木の種類が違うなんて、理由は簡単よ?」
「へ?」
「崖の下は魔物が住む森だからね。そう言う木が生えるの」
「魔物が住む森って……え?こっちは魔物が住んでないの?え?」
「まあ、あの森から出たことが無かったら知らないか」
魔物と動物の違いは多分、体の中に石――魔石だな――を持っているかどうか。そしてそれは植物にも言える……?つまり、森の木を切り倒すと魔石が出てきて、しばらく放置すると木は消えるんだろうか?
「さて、着いたわ」
「へえ……」
ただの村だな。簡単な柵で囲まれていて、家、畑が見えるけど、誰もいないな。皆出掛けているのだろうか?エルフの里とか言うから、世界樹みたいなのが生えてて、木の幹をくりぬいたような所に住んでるとか想像してたのに、ちょっと残念だ。
「入るけど……驚かないでね?」
「え?驚く?……って、何だこれ!」
門をくぐったら別世界だった。
俺が何となくイメージしてた世界樹がドン!と生えてて、その根元の広い空間に木で作られた家が並んでいる。
「驚いた?」
「……もしかして、魔法でごまかしていた?」
「そ。バカな連中が入り込まないようにね」
「バカな連中ねえ……」
「特に人間。アイツら、私たちを見ると男女問わず捕まえるのよ」
「捕まえる?」
「そして、奴隷にするの。とんでもない連中よ」
「奴隷って、ひどいな」
「亜人は奴隷で充分だって、亜人って括りがおかしいのよ!だいたい私たちを奴隷にして何するか知ってる?とんでもないことするんだよ?!例えば無理矢理「俺に文句言われても困るんだけど」
「あ、ゴメン……とりあえず、私の家に行くわね」
「ああ、頼む」
てくてく歩いて行く中、里の様子を見る。
巨大な木が一本。上を見上げてもどのくらい高いのか全く見えないほどの高さ。リディによると、生命の樹という種類なんだが、この里を造った最初のエルフに因んで、セスファと呼んでいるという。そしてセスファの周囲にもたくさんの樹が。そしてそれらの根元や大きな枝に家が建てられていて、所々窓から明かりが漏れて見える。樹にぐるりと囲まれたところは直径五百メートル程か。大きな池とその周囲にベンチ……って、見た感じ公園だな。大勢のエルフが行き来し、オバチャン連中の「あらやだ奥さん」みたいな会話が聞こえる。
そう、オバチャンだ。いかにもエルフですって感じに尖った耳、ファンタジーでしかあり得ない緑やピンクの髪色なのに、顔立ちも体型も大阪のオバチャンだ。俺の中のエルフ像がガラガラと崩れていく。はあ……地球の皆、これが現実だよ。
「何だリディ、帰ってきてたのか?」
「え?ええ……まあ……」
すぐ目の前にイケメンがいた。リディよりも背が高い、モデル体型で爽やか笑顔のイケメンエルフだ。
「何かわかったのか?」
「んーと……ちょっと、忘れ物をしちゃって」
「忘れ物?」
「そ、そうなの。あははは……」
「全くしょうがねえな……で、その手に持ってるのは?」
「え?これ?えーと……タワシ」
「はあ?」
「あ、私、急いでるから」
「あ、ちょっ……」
リディが駆け出すが、イケメンエルフは追ってこなかった。
「なあ、リディ」
「……アイツ、苦手なのよ」
「それは何となくわかる。誰だって苦手な奴の一人や二人いるもんだからな。それ以上は聞かないよ」
「ありがと」
「俺をタワシと言った件について謝罪を要求する」
「そこ?!」
「いや、重要だよ。俺はタワシじゃないって!ハ・リ・ネ・ズ・ミ!」
「丸まってれば見た目じゃわかんないわよ」
何となく気を利かせて丸まっていたのだが、タワシとは……タワシ、あるんだ、こっちにも。
トントントン、とリディがセスファに取り付けられた階段……と言うか板を駆け上がる。手すりも何にも無いところを一段飛ばしに駆け上がるし、時々板がギシギシときしむし、気軽に俺を乗せたまま手を振り回すしで、心臓に悪い。
そして、目もくらむような高さ――実際には三十メートルくらいか?――にある他の家よりも一回り大きな家に入ると、リディよりも一回り大きな男がテーブルで何か書き物をしているところだった。
「ただいま」
「ん?リディか?早いじゃないか。どうした?」
「んーと、それがね」
「その手に持ってるのはハリネズミか?わざわざそんな物を捕まえてきて……ああ、そうだな、お前、ハリネズミの姿焼き、好物だったモンな」
「ちょっと待てえ!!」
「うわっとぉ」
「リディ、お前、ハリネズミの姿焼きが好物?!どういうこと?!ねえ、どういうこと?!」
「どういうことって……そのままの意味だけど」
「ま、まさか……最初にナイフを突きつけたのって?」
「……捌こうとしてました……てへっ」
テヘペロが少し可愛いが、それどころではない。
「は、離せ!冗談じゃない、食われてたまるか!クソッ!離せよ!」
「いやいや、待って待って。ユージは食べない、食べないから」
ゴクリ
「今、喉が鳴った!喉が鳴ったよね?!ちょっと、おいしそうだなとか思ったよね?!」
「思ってない、思ってないって……少ししか思ってないから!!」
「願望ダダ漏れ!!」
「お前ら、一度落ち着け!!」
男の一喝でとりあえず黙る。
「ち、父上……これはその……」
「ああ、わかってる。わかってるぞ、リディ」
父上……そうか、こいつが族長って奴か。
なるほど言われてみれば、ちょっと貫禄というか風格というか……族長らしさがある。おそらく弓を引けば天下無双、ひとたび呪文を口にすればドラゴンとも対等に渡り合える、そう言う雰囲気がある。この場もリディを諫め、俺の話を聞きやすくしてくれるだろう。
族長はリディの両肩をガシッと掴み、こう言った。
「ハリネズミを生け捕りにしたら、刺身に決まってるだろう?」
「「え?」」
「そうか、リディはまだ食ったことがなかったか。新鮮なハリネズミは生で食える。酒のつまみにも良いぞ。ちょっと癖があるが、大人の味という奴だ」
「やっぱり逃げる!ここは地獄だった!」
「あっ」
一瞬の隙を突いてリディの手から飛び降りる。幸い、手を下に下げていたので高さはそれほどでも無いし、多少怪我をしたとしても、食われるよりはマシなはずだ。
が、床に着地するよりも早く、族長の手に掴まれる。
「だが、刺身にする前に……念話を使うハリネズミというのはなかなか珍しいな。リディ、こいつが何かを知っている、そう言うことだな?」
「え?あ、ああ。そう、そうなんだ。そいつが族長と話がしたいと言うから」
「そうか」
族長は俺をじっと見つめ、こう言った。
「つまらない話だったら、刺身だぞ?」




