エルフの里へ
「俺はユージ。見ての通りハリネズミさ」
網から出してもらい、手の平に乗せられた状態で自己紹介をする。
「ユージか。私は「ストップ!」
「ん?何だ?」
「ここは一つ、こう言って欲しい。『こいつ、直接脳内に?!』と」
「なんだかわからんが……オホン、こいつ、直接脳内に?!」
うむ、なんか満足できた。
「……えーと、私は……その……エルフのリディアーナだ」
「リディアーナか、よろしくな」
「ああ、その……なんだ……少し長い名だからな、リディでいい。皆もそう呼んでるし」
「わかった。んで、聞きたいんだが……」
なんで罠なんてしかけていたのか?
そして、なんでいきなり殺そうとしたのか?
この二つをしっかり聞いておかないとダメだろう。と言うか、リディの手に乗せられている時点で生殺与奪が握られていると言っていい状態なんだけどな。
「ああ、それはな」
リディによると、一ヶ月ほど前から森の魔物達の様子がおかしいと、村で話題になっていたという。元々この森は程々の数の魔物が住んでいて、それぞれが縄張りを持ち、何となくバランスを取っている平和な森だったのだが、急にバランスが崩れたような兆候が見られ、エルフたちの話し合いの結果、原因調査をしようと言うことになった。そして、数名のエルフが調査を始めていて、リディがたまたまこの周辺の担当になり、とりあえず魔物の様子を探ろうと考えて、捕らえるための罠をしかけた。原因調査と言っても何をすればいいのか見当も付かないので、とりあえず魔物を捕まえれば何かわかるだろうとやってみて、俺がかかったと。
「でもおかしいんだよね」
「何が?」
「私の罠、ハリネズミに反応するとは思えないんだよ」
顔を近づけてじーっとこちらを見つめてくる。うん、ちょっといたずら心が芽生えた。
チュ
「ふわわわっ!ええええええ!」
ブンブン振り回すなって……ギャー!放り投げられた!
「あ!」
「知らなかったと言うことで、大目に見ますし、ハリネズミ相手じゃノーカンですが……今後は気をつけてくださいね」
「はい……以後、気をつけます」
放り投げられた俺は、俺の悲鳴で正気を取り戻したリディにキャッチされたが、何故か正座させられて――ハリネズミに正座なんて出来るわけないから、気持ちだけだが――説教されている。
何でもエルフにとって、キス……特に初めてのキスは重要な意味を持ち、男性から女性へキスをした場合には「私があなたを守ります」というほぼプロポーズに近い意味を持つという。ほぼというのも理由がある。エルフは長命だが、一方で体の強靱さという物には縁遠く、病気や怪我による死亡率は結構高い。そのため、守ります、と言っても一年程度の話なんだとか。アレだ、初恋は実らないとかそう言うヤツだな。
で、リディはまだそう言うのが無いので、俺のがファーストキスになってしまったわけだが、さすがにそれはないだろうと言うことで、ノーカン。そして、今後のことも考えて説教となった。
俺的にはエルフの習慣なんて知ったこっちゃ無いんだけどな。
ま、いいか。リディの唇、結構柔らかかったし、そのあとの反応も可愛かった。おっぱい星人からヒンヌー教へ宗旨替えしてもいいと思ったくらいに。
……ハリネズミの俺に何が出来るんだ、って話だけどな。
「ところで……その様子だと……何か知っているな?」
「何か……ああ、魔物の様子がって話か……」
はい、知っているどころか関係者も関係者、当事者です。
「知っていることを教えて欲しいのだが、どうだろうか?」
「教えてもいいんだけど」
「だけど?」
「俺の安全が保証されない気がする」
「え?」
「だって、リディの俺に対する扱い、ひどいし」
「……いや、それはだな……」
「俺、エルフの習慣とか知らないもん。顔近づけてきたから何だろうって近づいただけだもん」
「し、しかしだな……」
「さてと、今日はいきなり罠にかけられたりしたから、朝飯がまだなんだよ。何食おうっかなぁ……」
「……悪かった」
「はい?」
「私が悪かった!罠にかけたのも、勝手にエルフの価値観を押しつけたのも、私が全面的に悪かった!ごめんなさい!」
あら素直。
「貸し二つ」
「……何で返せるかわからないけど、まあ……はい」
「さてと、何から話せばいいか……そう言えば」
「ん?」
「リディってどこから来たんだ?その……村とか」
「ああ、あっち。南の方だ」
「南……あの高い崖のある方?」
「知ってるんだ?」
「遠くから見ただけだよ」
「そっか。まあ、その崖を超えた先に私たちの里があるんだ。あ、私、そこの族長の娘だよ」
何か、ポンコツ感の漂うこいつが族長の娘ねえ……里の未来に不安を感じる。
「そうだなあ……森の南に狼の群れがいたけど、知ってるか?」
「ああ、アレね。結構強い雄がリーダーで、結構年老いた狼もいたかな。二十頭くらいの群れだったと思うけど」
「それを知ってるなら話は早いな」
イヤ待てよ?どうせならその族長とかに話をした方がいいか?もしかしたら今後も同じようなことが起こるかも知れないし、他の地域でも似たようなことが起きていたらそれはそれで知っておきたい。
「リディ、実は……その件、色々詳しく話せるんだけど」
「お?やった!」
「何度も同じ話するの面倒くさいから里に連れてってくれ。族長とかに話をしたい」
「えー」
「貸し一つ、チャラにするから」
「むう……わかった」
不満げに口を尖らせるが、何となく幼さを感じるリディがそんな表情をするととても可愛い。畜生、なんで俺はハリネズミなんだ……いや、ハリネズミだから気さくに話が出来ているのかもな。
「それじゃあ……」
「待て」
「何よ?」
「その袋、何?」
「何って……これにユージを入れて運ぼうかと」
「待て」
「何よ?」
「それに入れて運ばれたら」
「運ばれたら?」
「多分色々ぶちまける。上からも下からも」
「うげ」
「うげとか言うな」
「でもさ」
「普通に考えろ。お前は袋詰めにされて振り回されても平気なのか?」
「私は無理だけど、ユージなら平気なんじゃないかなって」
「一応聞くけど、なんでそう思った?」
「何となく、こう言うので運ばれるの好きそうな顔してるなって」
「どんな顔だよ?!」
ダメだこいつ。早めに何とかしないと。
「とにかく袋に入れるの、禁止な」
「はあい」
と言うことで袋は使わないことになったのだが……
「何だろう、そこはかとなく不安を感じる」
「そう?」
「ま、いいか……」
とりあえず、リディの差し出してくる左手の上に乗ると、軽く紐を巻かれた。落ちないように念のためだ。
「じゃ、行くわよ」
「おう」
リディがスッと目を閉じ、何も持っていない右手を前に突き出し、カッと目を開く。すると突然風が巻き上がり、すぐに静かになった。
「何これ?」
「風の結界よ」
「結界?」
「結構な速さで走るからね、小枝とか葉っぱとかちょっとした物が当たると痛いのよ」
「へえ」
「さて、行くわよ」
瞬間、景色が一気に後ろに流れ始めた。
「うわわわっと!」
「暴れないでね?」
「おう、気をつける……すごいな」
「そう?」
ハリネズミのサイズだと大きさが掴みづらくてわからないが、リディの身長から推測すると……高速を走る自動車並みの速さじゃないか?どうなってんだこれ?
「リディって足が速いんだな」
「ん?そうでもないわよ?」
「え?」
「里にはもっと速い人が一杯いるよ?」
「そうなんだ」
「私、風魔法がまだ下手くそだからね」
「これ、魔法で速く走ってるんだ?」
「ええ」
「ふーん、魔法か……」
俺のスキルも魔法みたいなもんだけどな。
「それにこれ、全力じゃないから」
「へ?」
「ユージ持ったまま全力でなんて走れないって。それとも振り回されたい?」
「それはどうもありがとう」
そんな話をしている間に崖が間近に見えてきた。
「ちょっと跳ぶから、暴れないでね?」
「え?跳ぶ?」
返事をした瞬間、リディが大きく跳躍した。
「うひゃああああああ!」
あっという間に地面が遠くなり、すぐ目の前に崖のてっぺん……も飛び越えた高さに。そのままの速度で崖の壁面を超え……ふわりと着地するとすぐにまた走り出す。
「わわわわわっ、ちょっと待って!ストップ!ストーップ!」
「とっととと……何よ?」
リディが急ブレーキをかけて止まる。
「ち、ちょっと今の……びっくりしすぎて……お、下ろして欲しい」
「まあ……いいけど」
「あと、一応謝っておく」
「何?」
「……ちょっと、チビッた」
藪に向けて全力投球された。




