二人の勝利
とりあえず火属性付与を選択。理由は簡単。強そうだから。
そして、会話を続けながらチュートリアルも終えておき――目の前の表示に『属性付与』アイコンが増えただけだった――さて、戦うか。
現在の位置関係はモズクとトコロテンを中心に、ノエル――回復のため座っている――と俺が向かい合う形。この位置関係は少しよろしくないな……ならば……少しだけ俺が横に動くと同時に、さすがに音でわかるのかトコロテンが反応……しかけたところでノエルが立ち上がり、冗談みたいな声量で吠えた。咆吼だ。
うるせー、本当にデカい声だ。
一応、味方と認識している相手に威嚇の効果は出ないのだが、この音量は結構うるさい。だが、このくらいでないとトコロテンは止まらない。そして、予想通り、トコロテンが硬直した。ほんのわずか、俺の方を見ながら。
止まってる敵なんてただの練習用の的だね!火属性付与、全弾発射!直前で硬直が解けて少しだけ避けられたが、それでも何発か顔から首、肩の辺りに命中。
「熱ッ」
そりゃ火属性だからね。
「くっそ、この野郎」
と起き上がったところにノエルが飛び込んできて、狼の乱撃。
「ぎゃっ」
転がりながら逃げられた……ちょっとマズい。
狼の乱撃の欠点……スキルが発動すると終わるまで止められない。そして、移動も出来ない。
「……」
「……終わるまで待ってもらっても?」
「誰が待つか!」
ノエルの横を抜けてこちらへ向かってきたが、いい加減学習しないのかね。大口開けてこっちに来ると、良い的になるって!よ!
「ぎゃああああ!!」
右目と鼻に一発ずつ、喉に二発かな?
ドッとノエルが着地する音がした。
「ぐぞっ、ぶざけやがっで!」
ふざけて無いんだけどな。だいたい、こっちに来てからは常に真剣勝負だし。だいたい俺の攻撃は針を撃つ以外に無いんだから、文句を言われても困る。
そして文句を言ってる間にトコロテンの左側へ移動開始。
「ど……どごに……行っだぁっ!」
答えるわけ無いだろうに。ノエルは……マズい、かなり息が上がってるっぽい。スキルはせいぜい二回……いや一回が限度だな。移動しながら針を撃ち出して合図を送ると、ノエルがすぐに動く。頑張ってくれ。あと三手でなんとか出来ると思う。
ノエルが高くジャンプし、左肩の辺りに落下しながら狼の乱撃を使う。「ぐっ!」と唸りながら慌てて回避するトコロテン。そして、俺の真正面に――見たくはないが――トコロテンのケツがきた。いい感じの的だね。火属性付与、全弾発射。
「ぎゃうっ!」
トコロテンがのたうち回ってる。そりゃそうだ。真後ろから撃った針がケツの穴に刺さっただけでなく……その……うん、大事な部分にも刺さってる。アレは痛いだろ。
そして、ノエルのスキルが終了し、着地。あ、ダメだ。フラついてる。こりゃ戦力外だな。
「ノエル!下がれ!」
「え……」
トコロテンから見える位置に身を乗り出し、ノエルに告げる。
「でも!」
「下がれ!」
「う……」
少しずつ後ろに下がるノエル。全く……足元がおぼつかないじゃないか。
「姿を……見ぜ……るとは……な……」
ゆっくりと立ち上がり、こちらを見つめるトコロテン。後ろ足が内股になってるのがちょっと切ないな。まあ、気持ちはわかるよ。
「そっちの老いぼれ狼は後回しだ!貴様から先に喰らう!」
「来いよ……お前程度の三下じゃ、俺には勝てねえって教えてやる!」
「黙れ!」
「黙らせてみろよ!」
こちらへ向けて走り出してきた。挑発に乗りやすいな。それに、余計な口上無しでかかってくれば良かったのに、リロードする余裕が出来ちゃったよ。そして、俺の手前で大きくジャンプした瞬間に、少しだけ後ろに下がる。
「ぐがっ!」
そうなるよね。窪地の縁ギリギリに立っていた俺に食いつこうとジャンプしたんだから、俺が下がったら激突するよね……こいつ、頭悪すぎだ。
そして、無防備に晒された鼻先と目に向けて全弾発射し、すぐに真横へ逃げ出す。ノエルから距離を取る方向へ。
「ぎ……ぎざ……まぁっ!」
後ろ足で立ち上がり、藪を蹴散らしながら俺を追い始めた。うーん、とんでもないパワーだよこれは。そして、あっという間に追いつかれる俺。
「じ……ねっ!」
ガブリ、と俺に食らいついた。
だが、それじゃダメなんだよ。
学習しろよ。
俺が何をしようとしてるか予想しろよ。
いきなり食いついたら……喉に向けて全弾発射するに決まってるだろう?
ドス!ドス!ドス!ドス!ドス!ドス!ドス!
「ぐ……が……」
確かな手応えのあった針が三……いや四発。そのうち二発は首を突き抜けていった。
「よいしょっと……痛てて……」
針を撃つタイミングは良かったが、それでも少し牙が食い込んだ。幸い食い破られたり、骨が折れたりはしていないが。
ズルリ、とバランスを崩したトコロテンが窪地の中に滑り落ちていく。
「ノエル……勝ったぞ」
「うん……見てた」
……スキルポイントが恐ろしいくらいに入ったんですけど……
ま、後回しだな。
緩やかな斜面を伝って下に降り、ノエルの元へ行く。ノエルも何とか歩けるようだ。
「ゴメンね」
「何が?」
「……元日本人同士でしょ」
「うん」
「……これって殺人になるのかな?」
「ならないだろ……俺ハリネズミだし、こいつ熊だし」
「そう……なの……かな?」
「……アレだ、害獣駆除」
そう割り切らないとやってられない。
確かに、こいつらは元日本人。つまり俺たちは日本人同士で殺し合いをしたと言うことになる。だが、こいつらは一緒に協力しようという提案を一蹴し、襲いかかってきた。殺すつもりで。
自然界の大原則、弱肉強食。生きるためには戦い、殺し合う。それに従っただけ。
そう割り切った。
「よく勝てたね……」
「運が良かったんだよ。それに」
「それに?」
「ノエルがいた。俺たちが協力したから勝てたんだ」
「そ、そう?……なんだか照れるな……はは」
「はは」
俺たちの見ている目の前でモズクとトコロテンの体が光って消え、毛皮と石が残った。
「石、ユージが両方食べていいよ」
「いいのか?」
「うん」
「じゃ、遠慮無く」
……トコロテンの石、俺の体よりもデカいかも。
ガリガリと食べていると、ノエルがスッと姿勢を正して、上を見上げ、遠吠えを始める。
ウォーン……ウォーン……ウォーン……
しばらくするとそれに答えるように遠吠えがあちこちから聞こえてきた。
ウォーン……ウォーン……ウォーン……
ウォーン……ウォーン……ウォーン……
ウォーン……ウォーン……ウォーン……
「……他の狼に連絡?」
「うん……熊は死んだ。森の脅威は去った、って」
「そっか」
改めてノエルと俺が向き合う。
「森が平和になるといいな」
「そうね……群れのボスが皆やられちゃったから、時間はかかると思うけど、きっと元通りの平和な森になるよ」
「そうだな」
のそり、と立ち上がる。
「さてと、これでお別れかな……狼と俺が一緒にいるの、色々マズいんだろ?」
「……まあね」
「ま、何か困ったことがあったら、その時はまた、という感じかな?」
「そだね」
「じゃ、元気でな」
「うん……」
巣穴の方へ歩き始める。帰る途中で川で体を洗おう。それからまたあの木の実でも食べて、ゆっくり寝るとしよう。そんなふうに考えながら。
「……そうね……誇り高き狼が……ハリネズミと共闘なんて……あり得ないっ!」
「え?」
不穏な台詞に思わず振り向くと、牙をむいて、俺に飛びかかってくるノエルの姿があった。




