生きるために
「さて、そろそろ行くわ」
「どこへ?」
「アイツの所」
「え?何で?」
「何でって、ずっとそう言ってるし」
「いや、今のお前の力じゃ勝てないだろ?」
「そうね……多分勝てない」
ノエルは振り向かない。
「なら!」
「これは、森で起きたこと。森で起きたことは森の住人で対処する」
「俺も立派にこの森の住人だろ?」
「……狼が他の生き物と共闘する姿を見せるわけには行かないの」
「何で?!」
「プライド。狼としての」
「はあ?」
「私、元日本人だけどさ、五十年もここで生活してたらすっかり狼になっちゃったのよ」
「えーと……」
「今更もう手遅れだけどね、十年くらい前かな……雄を受け入れてもいいかって思うようになってたんだ……ホント、今更だけど」
「え……」
「……だからさ、無謀だと思っても、狼のプライドがあの熊から逃げるを由としないの。ファングも他の群れのボス達もきっと同じ想いであの熊に立ち向かっていったはず」
「でも」
「多分これで私の人生?はお終い。だけど後悔はないわ。結構楽しかったし。それに最後にユージに会えた。同じ境遇の人がいたって事がわかっただけでも充分なんだよ。じゃあね。私、多分負けちゃうから、今のうちにどこか遠くに逃げて。そのくらいの時間は稼げると思うし」
ノエルの声――念話だけど――が震えている。
「待てよ」
「待たないわ。これ以上ここにいたら決心が鈍るから」
「その決心のために、待てって言ってるんだよ!」
「何よ?!」
「死ぬために行くな!生きるために立ち止まれ!どうやったら勝てるか、一緒に考えよう!」
「え?」
ノエルはキョトンとした目で振り返る。
「お前はここで五十年暮らした経験がある。そして俺は前世で壮絶ブラック企業に勤めていた悪い意味での小賢しさがある。両方を合わせよう。知恵を絞って考えるんだ。アイツに勝つ方法を」
「あいつに……勝つ方法?」
「一つだけ確実なことがある」
「何?」
「会ったばかりだがノエル、お前はいい奴だと思う。そして……お前がアイツに殺されるところは見たくない。いや、たとえ直接見なくても、ああ今頃殺されたんだろうな、なんて他人事にしたくない。老衰でくたばるってんなら、涙流して見送ってやるけどな」
「うう……ぐすっ……うわあああああん」
泣き出しちゃったよ。小さい足だが、ヨシヨシと撫でてやる。こちらに縋り付こうとしてくるが、体格差が違いすぎるのでそれは勘弁してもらいたい。つーか、鳴き声がたまに咆吼スキルになってませんかねえ?
「落ち着いたか?」
「うん……ありがとう」
「いいってことさ。さて、では早速作戦会議だ」
「うん」
「ノエル、お前はあの熊を直接見たことはあるのか?」
「何度か」
「そうか。アイツ、他の熊を連れてるよな?」
「たまに見かけるわね。媚びへつらっててちょっと嫌みな感じの奴」
「配下はその一頭だけかな?」
「多分ね。他の熊は見たことないし」
「これは推測なんだが……多分二頭とも俺たちと同じ、転生者だ」
「は?」
理由は簡単。あの二頭は「南の方」と言っていた。川の上流、下流でなく、方位で話をしていた。少し不自然じゃないか?野生の動物の中には体内に方位磁石のようなものがあり、方角を知ることが出来る物もいる。だが、彼らは一定の方角を知る、と言う能力だけであり、東西南北の概念はないはずだ。
ファングは森の南、と言う表現をしていたが、これはノエルが入れ知恵しているのが原因で、「森の南」という地域名という理解だったはず。そう考えれば、説明がつく。
「なるほどね。確かに私自身は東西南北を理解してるけど、他の狼にこっちが南、こっちが東、とか教えたことないわ」
「東西南北という概念自体、人間が便利に情報伝達するために造り出した物だからな」
「なるほど、それでアイツらも転生者の可能性が高い、と」
「となると、相手もこちらと同じようにスキルを自由に成長させている可能性が高い。しかも森の狼を狩りまくってるから、かなりポイントを稼いでるはずだ」
「はあ……かなりの強敵ね」
「だが、だからこそ勝ち目がある」
「はあ?」
「こちらに有って、あちらに無いものを有効に使う」
「私たちに有って、アイツらに無いもの?」
「いいぞ、その発想だ」
「え?」
「俺たちが共闘すると言うことをアイツらは知らない……というか考えてもいないと思う」
「あ」
「そこを突く。ただし、このやり方は一回しか効かないからな。失敗しそうになってもやり抜くしかない」
「うん……で、どんな作戦?」
「……まずノエル、はっきり言うが俺とお前ではお前の方が強い」
「え?そうなの?まあ……うん、そう言うなら」
「お前の問題は、年齢による瞬発力とスタミナの低下だけ。スキル自体は強力なんだよ」
「そう……なの?」
「少し場所を変えよう。ノエルのスキルがどんな物か確認したいし」
「わかった」
河原へ移動し、それぞれのスキルがどんな物か見せてもらい、さらにノエル自身が「必殺のコンボよ!」という連続攻撃を見せてもらった。
結論から言うと、やはりノエルの課題は高齢故の反応の鈍さとスタミナの無さ。一方で、必殺のコンボとか言うのは、言うだけあってなかなかの連携技だった……途中で息切れしてたけどな。
そして次に確認したのは、ノエルが見た、熊たちの戦い方。どんなふうに戦っていたのか、覚えてる限りを教えてもらう……のだが、その戦い方は……
「なあ、本当にそんななのか?」
「ええ」
「……ただの力押しじゃん」
「そうなのよね……」
力任せに突進、踏みつける、引き裂く、噛み付く、振り回す。ひたすらこれの繰り返し。まあ、それでも力が強いというのはそれだけでも立派な武器だ。あんなヒグマサイズの奴が暴れ回ったら、近づくだけで死ぬ。比喩じゃなしに死ぬ。
だが……
「ただの脳筋じゃん」
「そうとも言えるわね」
「……作戦。考えるか」
まずは戦う場所。広すぎず、狭すぎず。あまり広いと、ノエルの体力で端から端までの移動が出来ない。そして、狭すぎるとノエルのスキルが活かせない。そして、俺が身を隠しておける場所が必要。そんな感じの場所にいくつか心当たりがあるという。時間が勿体ないので移動しながら作戦を考えることにする。
ノエルのスキルは強化スキルとの相乗効果もあり、当たれば多分大ダメージ。当たれば、だが。おまけにノエルの体力では、全力戦闘が十秒程度と言うところだろう。
一方、俺はハリネズミにしてはあり得ない攻撃力があるが、熊を撃ち抜けるかというと、正直微妙。と言うか、多分無理。目とか喉を狙えばなんとかいけると思うが。そして、防御力はあの熊の前では紙同然。
そしてあちらには能力未知数な配下がいる。アイツを超える戦闘力は無いだろうが、『熊』と言うだけで十分な脅威だ。
「まだ残ってる群れのリーダー、呼ぶ?」
「え?」
「戦力として。連携を取ればきっと」
「いや、呼ばない」
「理由を聞いてもいいかな?」
「そもそも、色々作戦を立てても、生き残れる保証はない。ヘタすりゃ両者相打ちで生き残りゼロって事もあり得る。そうなったら、残った狼はどうすればいい?まだ生まれたばかりで右も左もわからない狼も多いんだろう?」
「……そうね」
「それにたくさんの狼、と言うシチュエーションはアイツの望むところかも知れない」
「え?」
「アイツがいくらデカいと言っても、一度に飛びかかれる狼はせいぜい三頭か四頭。そしてそんなに食いついた状態じゃ、俺が援護射撃できない」
「あ」
「それに、ノエルだけならフォローしやすいしな」
「そこまで考えてくれてたんだ、ありがと」
「いいさ。色々気を回してフォローを入れるのは俺の役目。自由に色々発想するのはお前の役目。それでいいだろ」
「ユージは優しいね」
「そうか?」
「前世で会ってたら惚れてたかも」
「バカ言え。青少年保護なんとかの条例で俺が捕まる」
「自由恋愛って難しいのね」
攻撃のパターンをいくつか組み立てておく。俺の攻撃の仕方……簡単に言えば同時に何発針を撃つかとか、どこに向けて撃つかで、ノエルが攻撃パターンを変えるという方式。パターンを読まれたら詰むので、いくつかのパターンを組み入れておき、攪乱しやすくしておく。と言っても、短時間での組み立てだからそれほどたくさんのパターンは用意しない。覚えきれないしね。
本当は俺のスキルレベルをもっと上げ、火力の増強をしておきたいのだが、今はそこまでの余裕はない。
とりあえず、戦いの場所候補をノエルと共に見て回り、ここ、と言う場所を決める。
「ここでいいの?」
「そうだな。他も見てみたいけど、移動中に戦うことになるのがマズいからな」
ノエルが軽く跳んで、端から端まで移動できる程度の広さの窪地。そして俺が身を隠せそうな場所が数カ所。他にもいくつかの使えそうな要素。そして何よりも……
「近づいてきてるな……」
「うん……」
多分、威圧とかそう言うスキルなんだろう、空気が重い感じ。アイツだ。
慌てて色々と仕込みを済ませる。全く、忙しいったらありゃしない。
「……じゃ、作戦通りに」
「わかった」
「……一応言っておくけど、無理はするな」
「え?」
「いのちだいじに」
「わかった」
返事を聞くと、俺はすぐに身を隠す。と言っても、すぐ見つかる気がするけど、戦闘序盤ですぐに姿を確認できない、というのはそれなりに効果があるはずだ。
「ほう、逃げ出すかと思ったが、止まっていたか……」
パキ、と枝を踏み折り、アイツが現れた。もちろんすぐ後ろにもう一頭の熊を連れて。
「貴様相手に逃げ出す?この私が?冗談は顔だけにしてくれ」
「何だと?」
……『冗談は顔だけ』なんて比喩が通じる時点で、転生者……それも日本人確定でいいだろう。
さあ、戦闘開始だ。




