プロローグ 四国前線基地
一人称小説が全然上手くならないので三人称小説を描きたくなりました。
山林の中で地鳴りのように遠くから低い音が響く。
「10時の方角に留意しろ!」
「一尉!後方部隊に奇襲が来てます!」
「なんだと!?」
一尉の男は三脚で固定していた軽機関銃を構え直す。
「天笠三尉の援護に向かうぞ」
「前線保持は?」
「後退だ。これ以上の前線維持は不可能だ。一旦引く」
「はっ!」
敬礼をした士長を見送ると、敵襲が向かってくる方角を見る。そこには黒い影がうごめいていた。それはすべてがネズミの群れである。しかし、一匹一匹がおよそ2mほどもある巨大なネズミだ。
「距離はおよそ4kmか、罠で時間を稼いでも10分が限界………。10分で後方の敵勢力を倒し、あれを止められるのか?」
一尉は冷や汗を拭い、自分の保持する車両に乗り込む。乗り込んだ車両はドローンバイクと呼ばれ、地上1mの高さを保ったまま進むことができる。森林をかき分け、奇襲にあっている後方部隊の援護を急ぐ。
「急げ!」
「一尉!前方から何か来ます!?」
「何!?」
ドローンバイクで山林の中を滑走していたところ、脇見して判断が遅れた一尉の正面から影が飛びかかってくる。
「ぐはっ!?」
ドローンバイクから一尉が叩き落とされるが、防護服のおかげで致命傷は避ける。ドローンバイクは操縦者を失うが、AIにより木々にぶつかることなく20mほど進んだところで停車した。
「何だ!?」
「地底人です!」
白い肌に白い髪。目が赤いのは血液のヘモグロビンが唯一の色素である。アルビノの人間とそっくりな外見を持っている。日中の活動はほとんど行わないとされる地底人だが、山林の中は太陽光が少なく、しばしば目撃情報がある。
「撃て!」
一も二もなく、一尉は部隊に指令を飛ばした。
地底人はすぐに木々の間を縫うように動き、銃弾の雨を躱す。
「ダメだ。レールガンがないと木に阻まれます!」
「今は電気の準備はできない。実弾で撃ち続けろ!」
地底人は銃弾の雨を避けながら、煙のようなものを炊く。
「催涙弾か!?」
「撃ち続けろ。催涙弾じゃない!あれはネズミの誘導のためのものだ!」
舌打ちをしながら一尉はハンドガンで応戦するが、地底人は射程範囲外に楽々と逃走した。
「このままだとあいつらがこっちに来る時間が早まりますよ!?」
「………横山一等陸士」
「はいっ!」
「頼む」
「はっ!」
即座に判断したのは生贄である。化け物じみたネズミの軍勢を誘導するには、地底人が残していった発煙筒のような形状の匂いを発するアイテムがある。それを後方部隊から引き剥がす必要がある。そのためには違う方向へ一人走らせなければならない。横山一等陸士もそれをすぐに理解していた。この部隊ではこの生贄はかれこれ4人目である。生還者は1人いるが、今は大怪我で除隊している。横山は不敵な笑みを浮かべた。
「鳥越一尉、無傷で帰って来たら一杯奢ってくださいよ。もちろん高いやつで」
「ああ…」
横山は誘導装置を手に取り、すぐさま自身のドローンバイクに乗り込んだ。
「絶対戻ってこい」
「了解!」
鳥越は横山の後ろ姿から目を背け、今の自分がすべき事柄に集中する。
「急ぐぞ」
「はっ」
また一人欠けた隊だが、誰もが嘆いている暇がなかった。
前線から少し離れた後方部隊。そこへ奇襲してきたのは鳥の群れだった。
「上部防壁を突破されている!急ぎ殲滅に迎え!」
「すでに内部に侵入されています」
「内部の相手は電磁防壁を展開しろ!」
「ですが、電磁防壁を展開すれば上部防壁からの侵入を防げなくなります!」
「くそっ、仕方ない。撃ち続けろ!レールガンは突破された上部防壁にのみ発射を許可する」
「はっ!」
天笠三尉は声を荒げて指示を飛ばす。自身もアサルトライフルを持ち出し構える。
「ちっ、なんで前線基地なのに旧式のアサルトしかないんだよ!」
アサルトライフルをフルオートで撃ち続けながら天笠は文句を垂れる。やれることはただ、侵入者を徹底的に排除すること。それ以外に支持出しをする意味がなく、普段は銃を握らない給仕でさえハンドガンで応戦している。
「サブマシンガンすらねえのかよ…」
「前線部隊にもっていかれてますから」
「それでも前のやつらも物資不足だろ?」
「こちらは重要拠点ではありませんから…」
「ったく…、ほら、次が来たぜ。まったく蜂の巣になりにきたのかっての」
穴の空いた天井の先に上空から再び、全長1mほどの大きさで、翼長3mを超える黒い鳥、カラスのようなものが3羽入り込もうとしていた。その瞬間稲妻が駆け抜けるように辺りが光り、轟音が響き渡る。
一瞬で3羽の化け物をレールガンが焼き払った。
「耳栓し忘れてた」
「なにしてんすか?」
「なんか言ったか?」
「聞こえてねえや」
天笠は耳鳴りがしたまま、会話ができない状態に陥るが、敵勢力は殲滅した。
「前線にヘルプ出したはいいが、片ついちまったな」
「ぐわあ!?がはっ!?」
「ん?」
一際大きな悲鳴に耳鳴りがひどい状態だった天笠にも少しだけ音が拾えた。悲鳴のする方向を見れば、新人の二等陸士が体を貫かれていた。床から槍が飛び出している。
「あの槍、地底人だと!?」
拠点は建物であるが、地面からは1mほどの高さにある。床下には誰でも侵入可能なのだが、地底人に拠点の場所がバレていることが想定外であった。ここは海と近い位置にあり、地底人は内陸の土壌の中で生活していること多いから、現れることがないと軍議で確認がされたことであった。当然地底人は現れないと判断されている。
「隊長!前線から連絡があり、地底人が出現したと!」
「今ここにもいる!床下を調べろ!」
耳鳴りが治まってきている天笠が指示を飛ばす。
「鳥越一尉が戻って来るまで逃すな!」
「う…、くそ…」
「林?」
槍で腹を貫かれた新人陸士のハーフの男、林ルドラは怒りで痛みを抑え込み、槍を握りしめていた。
「ルドラが槍を掴んでいる、早く捕らえろ!地に逃がすな!ゴーレムドローンの残りはないのか!?」
「ゴーレムドローンは全て破壊されています!」
「海自との通信は!?」
「電波妨害を食らっています」
「磁場系統か何かで攻撃されているか…」
無線以外の通信手段はほとんど破壊されている。まだ1人しか発見はされていないが、地底人に防戦一方である。
「ちくしょうがっ!俺が前に出る!」
「待て!外は危険だ!」
天笠の側に控えていた轟二等陸曹が建物の入り口から外に飛び出ようとした矢先、強固な厚みのあるドアを貫通して槍が脳天を貫通した。
「轟!?」
天笠が声をあげるが、轟二等陸曹は一瞬で絶命した。
「上だ!破られた天井から外に出て応戦しろ!」
機動強化アーマーを着込み、機動型重装歩兵と化した部隊が破られた天井から飛行して外へ出る。上空から見れば地面には多くの地底人が存在した。他の拠点は鋼鉄で囲まれている建物が、何か大きな力で破壊されたようにひしゃげていた。
『地底人の数はおよそ40です』
「くそっ、その人数は相手にできねえぞ。第2ハブはどうした?」
『すでに壊滅しています』
「仕方ない。まずは入り口付近の制圧をすぐに行え、奴らの槍を装填させるな!」
『了解』
天笠は殉職した轟を見る。
「(いくら振動を感知できるとはいえ、この重厚な施設内の人間の動きを奴らは感知できるのか?だが、感知できなければ轟を一瞬で殺すことないんてできないはずだ…)」
天笠は酷く冷静に、部下が死んだことの悲しみをかなぐり捨てて推察と考察を深める。万が一を考える時だ、と天笠は決断した。
「白雛さん、長谷川陸士長、話がある」
白雛は先ほどハンドガンでカラスのようなものに応戦していた給仕の女性だ。長谷川はこの隊の4番目に階級の高い人物。すでに分隊の第2ハブを任せていた曹長は死んでいるものとし、補佐の轟も死んでいる。そうなると今の次の階級は陸士長となる。他の階級の高いものたちは前線部隊に配属されている。
「入り口を確保次第、林を連れて港に迎え」
「隊長?それなら私ではなくとも」
「万が一だ。長谷川、お前は陸士長だ。ここであったことを報告してくれ」
「…了解しました」
反論を一切許さない。完全に後手に回っている現状で天笠は最悪なシナリオを想定しながら、それに争うような手段を選択していく。
「(人材も物資も足りない中で奴らの猛攻を止めれるほどの余裕はない)」
『入り口確保しました』
「外に出るぞ!」
天笠は部下に強い武具を持たせ、自身は裸一貫のような軽装で轟の死骸を跨いで外に出る。
「奴らを殲滅しろ!」
地底人の俊敏な動きを捉えながらアサルトライフルを打ち続ける。残り20数名で隊を組み、地底人を葬っていく。しかし、10人ほどを倒したところで1人の地底人が音の聞こえない笛を吹いた。
「ムカデだ!?火炎放射の用意を!」
「ぐあああ!」
「二匹いるぞ!」
「くそっ、レールガンは装填できるか!?」
「地中に逃げられてしまいます!」
「穴の中に手榴弾を投げ込め!」
天笠の背後では応急処置を済ませた林を長谷川と白雛が連れて港に向かっている。
「ちっ、奴ら振動を感知して長谷川の方に!長谷川たちを援護しろ!」
「ですが、前方のムカデが!」
「ムカデに銃は効かない!火炎放射と手榴弾と火焔瓶で対処だ!一匹あたりアーマー小隊であたれ!」
アーマー小隊とは機動強化アーマーの1人と3人の援護で構成された小規模の戦型である。他の隊員は地底人を相手にする。地底人たちはその見た目から地上での活動を得意としていないが、目は一応見えるも、敵の認知は振動を感知することで行う。つまり、銃を放つものの位置の特定はとても簡単に行われる。
彼らの槍と呼ばれる、およそ人の手では引くことのできないボウガンが次々と発射された。その多くは交戦中の部隊を狙ったものだが、逃げる3人に向けられたものもある。人の腕力を大きく逸脱した地底人の力から放たれる槍は、衝撃波を生む速度に達する。その槍に天笠はアサルトライフルの銃弾を当てて、軌道を逸らした。
「狙いが一直線なら、フルオートで打てば軌道を逸らすのはできるさ。次の装填はさせねえ。リロードはこっちの方が早い」
次々に地底人に銃弾を打ち込んでいく。屈強な体格の地底人を倒しきるには、数十発の実弾が必要となるが、数発の実弾の痛みで動きを止めればあとは仕留めるだけだ。
「散開して各個撃破しろ!」
形成を持ち直したところで前線部隊が到着した。
「鳥越一尉だ!」
「前線部隊が間に合ったぞ!」
槍に次々と貫かれて死者を出していたが、前線部隊が到着し、ドローンバイクの高度をあげ、上からの奇襲に地底人たちが次々に葬られていく。
「酷い状況だな…」
一瞬で後方部隊を襲撃してきた地底人とムカデを倒し、上空から惨状を眺める。第2ハブを破壊され、本拠点も所々穴が空いていたりもする。鳥越はすぐに感傷的な感情を拭い捨て、これからやってくる脅威に備えなければならない。
鳥越は高度を落とし、後方部隊の隊長を見つける。
「天笠三尉、状況は?」
天笠は手元の機器から部隊の生命反応の集計を行う。
「今の部隊員は15名、3名を港に向かわせました」
「けが人か?」
「給仕の1人も送りました。けが人の護送です」
「そうか、現状を見るにその判断は間違っていないだろう」
「ありがとうございます」
「アーマーの残りは4人分か?」
「はい」
「それだけあればまだ戦える。よし、これで反撃開始と———」
ドゴォォォォォォォォン!!
爆発的な地鳴りの発生と同時に、何かが音の発生源から発射された。
拠点は爆発し、火の海に包まれた。
四国上陸部隊は壊滅。
生存者は長谷川彰人陸士長、林ルドラ一等陸士、白雛レナの3人の名前だけが陸軍本部に報告された。