すべてに嘘をつきなさい。
「あらまぁ。また戻ってきたの。酔狂ね、あなたは。」
何の話?
「覚えてないのね、やっぱり。私の発案とはいえ、虚しいものね。」
だ、か、ら。何の話?
「ま、いいわ。私も、あなたと同じ気狂いだし、私の飽きるまでやらせてあげる」
………は?
「ひとつ、約束。すべてに嘘をつきなさい。」
普通、逆じゃない?
「ま、言う意味ないけどね。じゃ。」
どういうこと?
「今生の別れを惜しむわ。”また”今度。」
まって。ちゃんと、説明してよ。ねぇ!
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「ライ。ライちゃん。大好きよ」
「ありがとう、おかあさん」
わたしはライ・アレフト。普通の、平民。
前世の記憶を覚えてる。公爵令嬢だったこと。婚約者に断罪されたこと。
それから、真っ白な、純白の幻想的な空間で、女性に会ったこと。
彼女はあのとき、”すべてに嘘を”と言った。
あのときは何を、と思ったけれど。
私の身体は、真実を話すのに耐えられないようだ。
真実を話そうとすると、頭が燃えるように熱くなる。
耐えられなくて、私は倒れるのだ。
不思議だ。私はなにかした?
とにかく、それが分かって、私は真実を話すのをやめた。
メリットが無いからだ。難しいときは、はぐらかす。
私は、誰にも心を、開かない。開けない。
私は、やむを得ず、あの女性の言うように。
すべてに嘘をつき続けるのだ。
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結果、私は嘘つきになってから、十五年を過ごした。
何も難しいことはなかった。
むしろ人を騙すのは、ある種、やみつきになる快楽性がある。
最近、面白い男に出会った。
冴えなくて、無能で、自信がなくて。当然、モテない男。
私は前世と同じ美貌があるので、なかなかに美人なのだ。
そんな、あの男をからかうのは、素直に楽しい。
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「好きよ、ルー・トゥルー。」
「や、やめてよ、アレフトさん。からかわないで」
「あら、本当のことよ。あなたが、好きよ。友人としてね」
「だから、やめて!」
やめてと言いながら嬉しそうにする、彼の気持ちはわからない。
けれど、彼をからかってると、温かい気持ちになる。
懐かしいような、湯船に浸かるような暖かさ。
古い祖先のような……原始的な、温かさ。
もうずいぶん、こんなことは無かった。
なにせ、嘘ばかりついてきたから。
……そう。わたしは本当は、彼なんか好きではない。
彼のような取り柄の無い男、好きなわけがないだろう。
☆٠☆٠☆٠☆٠☆
「ライ。ぼ、僕と結婚して」
予想はしてた。最近、やけになれなれしかったから。
何てことを、してくれたのか。
彼の分際で、わたしに求婚するなんて。
「………わたしの、どこが好きなの?」
どうせ、顔だろ?
「君の……正直なところ」
……は?
わたしは、彼の前で真実なんて、ひとつのカケラさえ、話してない。
「まっすぐに、好きって言ってくれた。僕を、今までたくさん………」
…………………やめて。
「幸せにしてくれた」
…………………………………………………。
「だから僕は。今度は君を、幸せにしたいんだ」
は………はは。
わたしの口は歪んだ。
嬉しさから?
まさか。
呆れから?
………誰に?
いや………身の程をわきまえない、彼への呆れだ。
それ以外に、何がある。
「嫌よ。」
わたしの言葉は、当然のものだ。
なのに何故か、彼はうろたえる。
「なん、で?」
なんで?
それはこちらのセリフ。
「わたしはあなたとは、結婚しないわ」
「だから、どうして。あんなに、好きだと言ってくれたじゃないか」
わたしは驚く。
この男は、その場の言葉が、わからないのか?
「それとこれは、別。私はあなたが好きだけど、愛してはいない」
ポロリと出た、本音だった。本音のはずの、言葉だった。
なのに頭は痛まない。
何故。
「嘘つき。」
そう言って彼は、去っていった。
……何を、ヒステリイを起こしているのか。
「………そうよ。わたしは、嘘つきなのよ」
嘘つきでいることが、わたしの宿命。
さっきの言葉は失言だけど。
私の言葉は、すべて嘘。
支離滅裂な、世迷い言。
だから、心がこんなに、ぐちゃぐちゃになることは、ないはずなのだ。
こんなに涙が溢れることは、あり得ないはずなのだ。
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「そうしてライこと嘘つきは、嘘に疲れて、死にましたとさ。
ちゃんちゃん。」
「自分の嘘に殺されるなんて、皮肉ねぇ。
ま、元悪役令嬢サマにはお似合いのザマだけど?」
「結局、自分を殺せるのは、自分と運だけね。
その点、病気と事故と自殺は同じなのよ」
「さ……わすれんぼうのお客様を、迎える準備をしなくちゃね」
「………私も、同様に酔狂ね。そして変わらず、嘘つきだわ」