第87話 Family
小さな命が産声を上げた時、涙が溢れた。
和也が立ち会って、喜んでくれた事は覚えてる。
陣痛や出産後の痛みで実感した。
……無事に生まれてきてくれて、ありがとう。
そして、お母さんの偉大さを改めて知った。
私と創の二人を育ててくれた事、産んでくれた事。
初めてのアクビやしゃっくりする姿さえ、愛おしい存在。
新たな命の誕生に、お腹に入っていた事が信じられなかったけど、4D超音波エコー写真と同じ横顔の赤ちゃんに、お腹の中にいたんだって感じた……
一ヶ月検診を終え、奏の実家から三人揃って我が家に帰ってきていた。彼女が実家にいる間も、週に一回以上、和也は必ず顔を出していたが、やはり心細かったのだろう。今は天使のように眠る我が子を静かに見つめている。
「怜音も梨音も可愛い……」
「夜泣きがなければ天使だよな」
「そうだね。ミルクのタイミングも一緒だから、双子ってすごいよね」
「確かにな……」
背中から優しく抱きしめられていた。
「おかえり、奏」
「……ただいま、和也」
子供が寝ている間の、しばし夫婦二人きりの時間だ。
「みんな、元気?」
「元気にしてるよ。それぞれ音楽関係の仕事、頑張ってるな」
「そっか……」
「お宮参りが済んだら、家に来てもらうか? 病院で会って以来だろ?」
「いいの? みんな、忙しくない?」
「明日、外で会う予定あるから聞いとくよ」
「ありがとう」
「奏……よく頑張ったな。女の人って凄いって、改めて感じたよ」
「そう?」
「明日は外に出るけど、しばらく自宅で仕事出来るようにしてるから、無理しないようにな」
「ありがとう……和也もね」
夫婦になって、子供が生まれてからも、あまり変わらない二人がいた。
仕事も調整してくれて、この一ヶ月の間も実家に通ってくれていたから、淋しくなかった。
変わらない優しさに、いつも感謝してるの…………全部、和也のおかげなの……
背中の温もりと手の優しさを感じながら、微笑んでいた。
お宮参りやお食い初めを無事に終え、早くも年末だ。
今年は四人家族になって、初めての年越し……
毎年……この時期は音楽番組に出ていたけど、テレビを見てると……夢のような気がする。
まだ仕事を休んで一年も経っていないのに、ずっと昔の事みたいで……
「パパまだかなー……」
まだ話せない我が子に話しかけている。この数ヶ月で『パパ』呼びにも慣れてきた所だ。
今日はクリスマスの為、梨音と怜音もサンタの格好だ。ようやく三ヶ月が過ぎ、表情も豊かになってきていた。
健診は異常がなくて、よかった……梨音も怜音も、元気に育ってるって事だよね。
それにしても、可愛い…………親バカだろうけど、やっぱり可愛い。
目はくりくりだし、髪の毛は少なめだけど……これから生える筈だからよし。
年明けは家族と過ごせるから、楽しみ……
我が子を見つめながら想いを巡らせていると、彼が買い出しを終えて帰ってきた。
「おかえりなさーい」
「お邪魔しまーす」 「久しぶり」 「お疲れ」
「わぁー、久しぶりー」
和也が圭介達を連れて来ていた。ベビーベッドにいる二人は小さな身体で動いている。
「梨音、怜音、元気かー?」
「肌、白くなったな」
「あぁー、可愛いサンタだなー」
「みんな、ありがとう」
「これは僕達から、梨音と怜音にクリスマスプレゼントな」
「わーい、ありがとう! ツリーの下に飾って、あとで開けるね」
「クリスマスツリー、綺麗だな」
「飾りつけ頑張ったからね」
窓辺にある大きめのツリーは、白とゴールドを基調にしたオーナメントで飾られていた。
「hanaが選んだんだろ?」
「うん」
「本当、こういうセンスあるよな」
「そうかな?」
「ツアーのタオルとかTシャツだって、hanaがデザインしてたじゃん?」
「あれは、楽しいからすき」
話が尽きない中、差し入れのケンタッキーを温めていると、チキンの良い香りがしてきた。和也が綺麗に盛り付け、クリスマスパーティーが始まった。
サラダやトマトスープ、ローストビーフにガーリックトーストも、クリスマス仕様になったテーブルに並んでいる。
『お客さんが来る』とは聞いていたけど、kei達が来てくれるとは思っていなかったから、嬉しい……
みんな……変わらずに元気そう……
彼女は嬉しそうにノンアルコールで乾杯していた。
「この時期って、生放送のスペシャルとか出てたよなー」
「そうそう」
「今回、エンドレが出るんじゃないか?」
「そうなの?」
「hana、チェックしてないの珍しいな」
「最近、テレビ見てなかったから……今、どんな曲が流行ってるのかな?」
「アイドルは新しいグループ出てた。あと、ソロシンガーな」
「あぁー、SNSで人気に火がついた子な」
「やっぱり上手いんだろうね」
「んーー、奏ほどじゃないよ」
「さすがmiyaだな」
「でも、本当の事だし」
「そこは俺も否定しないなー。休みの間、他のバンドのドラム演る機会があったけど、不完全燃焼だったからな」
「分かる。何かしっくりこないんだよな」
「みんな、hanaの歌を楽しみにしてるって事だな」
何気ない会話から、涙が溢れる。
「あーー、miya泣かすなよ」
「俺のせい?!」
「……ありがとう」
「でも、無理はするなよ?」
「あぁー、声帯は一つしかないんだからな?」
「hanaのペースで大丈夫だけど、もう曲作ったりしてるんだろ?」
「うん……英語で歌う事が多いから、英語の歌詞だったり、日本語だったり……色々ね」
「梨音と怜音がキラキラ星歌うと泣き止むって、miyaがさっき言ってたな!」
「そうなの! お腹の中にいる時から、色んな曲聴いたり、歌ったりしてたからかな?」
「そうかもな」
会話が続く中、テレビから彼らのクリスマスソングが、時折流れていた。
「あけましておめでとうございます」
「今年もよろしくお願い致します」
年末に購入しておいた手土産を持って、和也が怜音を、奏が梨音を抱え、宮前家を訪れていた。
二人が着く頃には健人も久美も来ていた為、宴会は既に始まっている。
「梨音ちゃんと怜音くんかー、可愛いね」
「あぁー、小さいな……」
「健人、ちょっと怖いんでしょ?」
「軽すぎてな」
「だいぶ大きくなったんで、大丈夫ですよ? 抱っこしてみますか?」
「いいの?」
「はい」
久美はそっと梨音を抱いた。
「……まだ軽いね。おとなしいし」
「女の子だからですかね? 怜音の方が重いんですよ。体重はそんなに変わらないんですけど……あと、動きも活発な気がします」
「あぁー、本当だな」
小さな布団の上で怜音は、もぞもぞと動いている。
「ーーーー今日は、和也と奏ちゃんに報告があって……」
「何?」
改めて告げる兄の様子に、お寿司を食べていた和也が箸を置くと、健人と久美が崩していた足を整えた。
「久美と今日……入籍してきたから、その報告」
「おめでとう!」 「おめでとうございます!」
和也だけでなく、彼女も自分の事のように喜んでいる。
「二人ともありがとう」
「それで、今年の八月に結婚式を挙げる事になったんだけど……」
「どこでやるの?」
「新婚旅行も兼ねてハワイで。身内だけ呼んでって感じでな」
「素敵ですね」
「それで、和也達も来れたらいいなーって、相談だな」
「八月なら大丈夫そう。まだ本格的な活動に入ってないし、スケジュール調整してみるよ」
「ありがとう。良かったな、久美」
「うん! 二人とも、ありがとう」
幸せそうな二人の様子に、元旦から幸先の良いスタートとなった。
お正月のテンプレートな挨拶を済ませると、上原家でも御節料理を食べていた。
「昨日、和也くんの実家に行ってきたんでしょ? 皆さん、元気にしてあった?」
「うん! 健人さん……和也のお兄さんが、入籍されてたよ。八月に結婚式挙げるんだって」
「あら、おめでたいわねー」
「ありがとうございます」
「和也さんのお兄さんっていくつなんですか?」
「六個離れてるから……今年、三十一だよ」
「兄弟揃って、背が高いんですか?」
「俺の方が高いけど、そうだね。でも、創くんの方が健人より高そう…」
「181cmあります」
「やっぱり! 剣道も強いから、モテそうだよね?」
「全然ですよ」
奏は双子のミルクの時間になり、別室にいるが話し声だけは聞こえていた。
ーーーー和也が話してる…………こういう時、家族になったんだな……って、改めて実感する。
「お義母さん、奏はこの部屋ですか?」
「うん。奏ーー、入るわよ?」
「うん」
「怜音、預かるか?」
「……ありがとう」
和也は怜音の頭を肩に乗せ、上手にゲップさせている。そのままリビングに戻った為、奏は梨音にゆっくりと母乳をあげていた。
「手慣れたものだな」
「本当ねー」
そんな彼の様子に母だけでなく、父も感心しているようだ。
「あっ、抱っこしますか?」
「ありがとう」
「和也さん、怜音が弟なんですよね?」
「うん、梨音が先に生まれてきたからね。創くん達と一緒だね」
「あっ、本当だ」
扉越しに聞こえる笑い声に、彼女は幸せそうな笑みを浮かべているのであった。
二人が生まれた時から、クマのぬいぐるみと一緒に写真を撮ってる。
今日で、お昼寝アートも六回目。
同じ日々はないから……毎日、少しずつ成長している証だよね。
写真をまとめる度に、両方の実家だけでなく、祖父母にも送っていた。少し会わないだけでも、子供は驚くくらい成長しているからだ。
「可愛い!」
「こっちだよー」
奏も和也も中々の親バカっぷりである。
「どうかな?」
「ちゃんと撮れてるな!」
「よかったー」
「それにしても、成長してるんだな」
「そうだね。ぬいぐるみと同じサイズ感になってるもんね」
「あぁー」
和也は梨音を抱き上げると、雛壇の前に立っていた。
「梨音、見えてるかー? ママが使ってたお雛様だって」
「可愛い顔してるでしょ? お気に入りなの。怜音の時の初節句は、兜か鯉のぼりかな?」
彼女が怜音を抱き上げていると、インターホンが鳴った。今日は両親を招いて、初節句をお祝いするからだ。
「来て下さって、ありがとうございます」
「こちらこそ、お招きありがとう」
結婚式以来の両家の顔合わせになるかもしれないが、和装姿の初孫に皆、夢中のようだ。
「梨音も怜音も大きくなるかもしれないですね」
「そうですね。手足が長いですよねー」
母は母同士と言うかおばあちゃん同士、仲良くなってるみたい。
お父さん達も嬉しそうにしてるから、よかった……
リビングのテーブルには、ちらし寿司に潮汁、茶碗蒸し、唐揚げや煮物が用意されている。怜音と梨音も離乳食が始まった為、似たような色合いの物を食べさせるのだが、怜音を宮前家が、梨音を上原家が食べさせてくれている為、奏と和也はゆっくりと食事をしていた。
お母さん達は二人も育ててるから、上手だよね。
梨音も怜音も、よく食べてる。
梨音がピンクの、怜音がミント色のバンボに座り、おとなしく食べているが、時々声を上げていた。
「美味しい?」
「んぁー!」 「あぁー!」
ーーーー何言ってるかは、分からないけど……二人ともご機嫌さんだから、嬉しいんだよね?
早く話せるようになったら、いいのに…………どんな声でお話しするのかな?
その前にハイハイから、立つようになるのかな?
あんなに小さかったのが、昔の事みたい……
奏はぼんやりとしていたのだろう。和也が彼女の手を取っていた。
「奏、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。和也が買って来てくれたケーキ食べよう?」
「そうだな」
砂糖で出来た雛人形と苺が乗った可愛らしいケーキを切り分けて食べていると、二人とも興味津々である。
「梨音ちゃん達も来年は食べれるといいわね」
「そうですね」
「成長が楽しみね」
「うん……ありがとう」
彼女が母達から子供に視線を移すと、二人とも口をモグモグさせていた。初節句は温かな家族に囲まれ、穏やかなひと時を過ごす事となった。
子供の成長って早い。
一日、一日が大切だって思う。
私もたいして大人ではないけど、母乳を飲む回数もだいぶ減ったから、貧血だけは気をつけないと……
今日は和也が打ち合わせに出ている為、彼女が一人で子供を見ている。
双子だけど……静かに遊ぶ梨音と、時折声を上げる怜音……こんなにも違う……
二人ともハイハイが上手くなってきた為、奏はキッチンに入る際、柵を作っていた。怪我防止の為だが、柵の前で何やら揃って叫んでいる。
「今、お昼ご飯作ってるから待ってねー」
「んまぁー!」 「まぁー!」
「はーい、もうすぐですよー」
多少ぐずっている時は、彼女が歌うと大抵治る。
「 Twinkle twinkle little star How I wonder what you are! はーい、出来たよー」
二人をバンボに座らせると、ご飯だと分かっているのか大人しくなった。
理解してるのかな?
二人同時に泣かれると困っちゃうけど、こういうのは可愛いよね。
二倍以上に、可愛い。
奏は手早く片付けを終えると、一緒に遊んでいた二人がぐずり始めた。
いつものように布団の上で、寝転びながら歌えば、泣き声が小さな寝息に変わっていく。
ーーーー可愛い……洗濯物畳み途中だから、終わったら私もお昼寝しようかな……
和也が静かに帰って来ると、畳みかけの服が点在していた。リビングに敷いた布団から、小さな寝息が三つ聞こえてくる。真ん中が長い川の字で眠る愛しい人達がいるのであった。




