第86話 夢を追う者
「はい、OK」
「ありがとうございました」
ようやくレコーディングが終わったようだ。ブースから樋口が出てくると、揃ってプロデューサーに告げた。
『岸本さん、ありがとうございました』
「はい、お疲れー。明日はオフだから、ゆっくり休んで」
『はい!』
「あとの日程は、柏木に確認してくれ」
岸本はENDLESS SKYの収録を見届けると、他にも仕事があるらしくスタジオを後にした。
「二人ともお疲れさま」
「柏木さん、お疲れさまです」
「明後日は予定通りスタジオで撮影だから、遅れずにね」
『はい!』
二人はこの春から同居をしているというのも、アルバイトをしつつ、音楽活動を続けているからだ。
これから、岸本譲二プロデュースによるCDが発売される事になっている。有名プロデューサーが関わっているだけで、無名からデビューするよりも手に取って聴いてもらえる確率は格段に上がるが、それでも売れるかどうかは、今後の彼ら次第だ。岸本が今までにプロデュースしてきた者は、現在も半数近くが音楽を続けている。その実績は確かなモノであった。
「岸本さん、忙しそうだな」
「あぁー」
岸本からは、『弾き方を変えろ』『表現力を身につけろ』等の指摘は一切ないが、音に対しては敏感な上、妥協がないのだろう。デビュー曲は持ち歌ではなく、岸本が作詞作曲したモノだ。その綺麗な旋律に、彼らが否定する理由も、歌わない理由もなかった。二人の音を生かしたような曲に仕上がっていたからだ。
「……かっこいい曲だよな」
「何か……分かってはいたけど、遠いなー……」
朝から降っていた雨が上がり、晴れた空が顔を出した。
「でも、いつか掴まえるだろ?」
「あぁー」
酒井は太陽を掴まえるような仕草をしてみせた。
「拓真となら、大丈夫だって思ってるよ」
「だな……俺も! 必ず自分達の曲を披露出来るまでになるぞ?」
「あぁー、勿論!」
ハイタッチを交わすとギターを背負い、アルバイト先に向かう。ただその表情は正社員で働き、迷いがあった頃よりも晴れやかな笑顔だった。
「奏、ただいまー」
「おかえりなさーい」
「これ、お土産」
「わーい! ゼリー?」
「よく分かったな」
「この間、hiroに貰って美味しかった所のだもん」
彼女は夕飯を用意して、和也の帰りを待っていた。
「だいぶお腹目立ってきたな」
「そうだね。双子だからかな?」
「今日は貧血、大丈夫そうか?」
「うん、のんびりしてたから大丈夫だよー」
「明日は家で仕事出来るから、俺が作るからな?」
「うん、ありがとう」
和也は心配性だよね。
有り難いけど…………
並んで夕飯を食べ終えると、和也が買ってきたデザートに嬉しそうに口に運んだ。
「果肉がいっぱい入ってて、美味しい」
「よかったな。明日の分もあるから、また食べれるよ?」
「わーい! ありがとう……あっ、蹴った!」
「本当に? 触ってもいい?」
「うん、動いてるの分かるかな?」
暫く和也が触っていると、振動が伝わってきたのだろう。愛おしそうな瞳を向けていた。
「本当だ……元気だな」
「ねぇー、どっちが蹴ってんだろうね?」
「やっぱ、男の子じゃないか?」
「そうかな……」
顔を見合わせ、微笑み合う。
ーーーー和也がそばにいると安心する。
『おかえりなさい』が言える場所にいるんだよね。
今みたいなことがあると、実感してくる。
私……お母さんになるんだよね…………早く……逢いたいな……
横向きに眠る彼女を、背中から抱きしめるように彼も瞳を閉じていた。想いは同じだったようだ。
water(s)としての活動は控えているが、専用のスタジオでの音合わせは定期的に行われていた。
和也は彼女を病院まで送り届けた為、今日は一番最後に着いた。
「お待たせ」
「いや、大丈夫なのか?」
「あぁー、迎えに行くから、また抜けるけど」
「それは構わないけど」
「なぁー、miya。彼らって、いつかドームに呼んだ子だろ?」
「うん……」
三階にあるテレビの前のソファーに、四人は集まっていた。テレビには、『岸本譲二プロデュースENDLESS SKY始動』と、大きなテロップが出ている。
「譲二さん……ようやく動き出したんだな」
「知ってたのか?」
「hanaに付き合って、エンドレのライブ見に行った時にな」
「そうだったんだ」
「ってか、さすが譲二さんだな。かっこいい曲」
「あぁー。あと、俺らが活動してない時にデビューさせる辺り策略家だよな」
「売れない曲は作らないが代名詞だからな」
「佐々木さんと違って、派手なイメージ」
「確かになー。でも、それだけ実力主義者って事だろ?」
「そうかもな……仕事は、いい勉強になったよ。でも、自分達の持ち歌を演らせてもらえないのは、フラストレーション溜まりそうだな」
「譲二さんの事だから、そこまで織り込み済みだろ?」
「だよな」 「あぁー」
若手は毎年山のように出てくるが、生き残れるのはほんのひと握り。おそらく岸本の力で、今回は乗り切ると思っているのだろう。
「まだ……No.1を譲る気はないけどな」
「さすがmiya!」
「そうだな。僕達は、僕らの音楽を演っていくだけだからな」
「うん、そこは変わらないな」
流星のごとく現れた彼らの存在に、期待する和也がいた。
「ーーーーーーーー生き残れよ……」
四人揃って地下に降り、音を重ねる。物足りなさを感じながらも奏でる姿に迷いはない。これが今の最大限であると、自覚していたからだ。
「miya、hanaは元気?」
「菅原さん、元気にしてますよ」
「ならいいけど、やっぱり現場にいないと淋しいでしょ?」
「それは……まぁー、そうですね」
「何? 歯切れが悪いじゃない?」
「……だって、撮影中ですよ?」
菅原は話しかけながら撮っているが、和也は顔をつくるのに、いつだって必死である。
「大丈夫。かっこよく撮れてるから……はい、OK」
後半は話しながらも、撮影は無事に終了したようだ。撮ったばかりの写真は、彼女の事を話していたからか、優しい表情を浮かべた彼が写っている。
「さすが菅原さんですね」
「ありがとう……皆も相変わらず、忙しそうね」
「そうですね。この間、keiが菅原さんに撮って貰ったって言ってました」
「あぁー。オケとの共演で、雑誌対談の写真ね」
「あれもかっこよかったです。hanaも写真見て嬉しそうにしてました」
「ふふふ、相変わらずね」
菅原も楽しげだが、新米アシスタントにとっては珍しい姿であった。
「あの……今、撮影してたのって、miyaさんですか?」
彼の後ろ姿を眺めながら口にしたのは、今年の春からアシスタントに加わった子だ。
「あぁー、ファンなの?」
「はい、water(s)好きなんですよ。やっぱりかっこいいですねー」
「miyaは愛妻家だからな」
「知ってますよ! hanaも大好きですから!」
長年菅原のアシスタントを務めている彼は、力説する後輩に微笑む。間近で見てきた彼も、water(s)の魅力をよく理解していた一人であった。
「ENDLESS SKYで、今話題の"虹"」
司会者の曲紹介が終わり、二人はギター片手に歌い始めた。深夜の音楽番組の為、初めての収録に参加している。彼らにとって、この数ヶ月はじめての事ばかりだ。初めてつけるイヤーモニター、初めてのジャケットやPV撮影。今もカメラの台数や照明の多さに、リハーサルで一度見ていたとはいえ驚いていた。自分達がここにいる現実に。
「……はい、OKです!」
『……ありがとうございました』
揃って一礼して楽屋に戻ると、気の抜けたように突っ伏していた。
「……緊張した」
「あぁー、この数ヶ月で一気に年取った気がする」
酒井の言う通り、それほど気力を使っていたのだ。明日は揃ってアルバイトがある為、それぞれ生活費を稼がなくてはならないのだから、気力を使い果たすのも無理もない話だ。
「…………デビュー曲……三十位か……」
「あんなに宣伝して貰ったのにな……」
気落ちしている二人だが、プロとしての生活は始まったばかりである。
「でも、やっとここまで来たな……」
「あぁー、ようやく同じステージに立てるようになったな」
「帰ったら、唐揚げするだろ?」
「昨日、つけてたヤツな」
夫婦のような会話だが節約の為、出来る範囲で自炊を行なっていた。
「次は、もっと上を目指そうな!」
「おーー!」
気落ちはしていても、ポジティブに考えられる所が、彼らの強みだろう。
二人はギターを背負い、電車に乗って帰る。その道中も、良いフレーズが浮かんだのか、携帯電話にメモを残す。通り過ぎていく景色に視線を向けると、空には月が出ていた。
エンドレの録画してたんだよね。
奏は掃除を終えソファーに座り、録画していた音楽番組を見ていた。
「樋口くんも、頑張って喋ってる……」
久しぶりに見る同級生の姿に、頬が緩む。曲が始まると、すぐに音が変わった事に気づく。
ーーーーすごい…………今までと……段違いで、曲がスムーズに入ってくる。
さすが譲二さんのプロデュース。
こんなに、変わるんだ……
プロデューサーにより、彼らの魅力が最大限に伝わる曲調に仕上がっていた。
……それにしても……これは、相当練習したんだろうな…………seasonsで聴いた時とも違う。
二人とも仕事を辞めたって聞いたけど、音楽で食べて行くって決めたのかな……
そのうち……二人の音が、生で聴ける日がくるといいのに……
僅か十分にも満たない出番を、繰り返し聴いていた。
……………………歌いたい。
それは、彼女がいつも想っている事だ。音で溢れる世界で歌わない選択肢はなく、今も口ずさんでいた。
和也に送って貰うと、数ヶ月ぶりに実家を訪れていた。産休中の気分転換である。
「創、久しぶりー」
「奏、久々。ってか、見ないうちにだいぶお腹大きくなってる!」
「ふふふ、順調に育ってますから」
「今日、和也さんは?」
「和也は仕事。帰りにまた迎えに来てくれるって」
「相変わらず仲良いな」
「そう? 創は、大学どう? 剣道全国制覇したんでしょ?」
「そう! 一応な。来年は俺が主将だから、連覇目指す感じだな」
「すごいねー、剣道の稽古厳しいのに」
「もう慣れたよ。独特の空気感は意外と好きだし」
「そっか……」
姉弟揃って、リビングで話していると、母の夕食の用意が整ったようだ。
「出産後一ヶ月くらいは、家に帰って来るでしょ?」
「うん、お世話になります」
「部屋は整えてあるから、必要な物は少しずつ持って来ていいからね」
「ありがとう。車には少し積んであるから、今日下ろして貰うね」
「へぇー、奏が帰って来るんだ」
「創もよろしくね」
「あぁー、おじさんになるのかー」
「早いわねー」
「でも、お母さんが私を産んだの二十四歳でしょ? 同じくらいだよ」
「そうね、確かに弟は学生だったわ」
「じゃあ、俺と一緒じゃん」
上原家では夕食後、二人の幼い頃のアルバムをひろげ、想いを巡らせる事になるのだった。
「もしもし?」
『もしもし、綾子? 久しぶり』
「うん、元気? 少しは慣れた?」
『あぁー。師匠は相変わらず厳しいけど、毎日刺激的で楽しいよ』
「そっかぁ……」
『来年の夏には一時帰国するから、会えそう』
「本当?!」
『あぁー、日本での公演が決まったからな』
「楽しみにしてるね」
『うん、おやすみ』
「おやすみなさい」
佐藤は『おやすみ』と言っているが、明け方の午前五時を過ぎた所だ。彼は師匠についてフランスで指揮の勉強を続けていた。まさに夢を追って外国まで来たのだが、日本に残してきた恋人の事が気がかりのようだ。
酒井とは連絡を取り合っているらしく、動画サイトに映るエンドレの姿に笑みを浮かべ、気合いを入れ直していた。
綾子は夜十時過ぎ、ベッドの中で彼の声を反芻させていた。想いが強くなっていたのだろう。彼と話せない代わりに、親友にメッセージを送っていた。彼女からはすぐに返信があり、二十分程の通話を終えると、落ち着いてきたのか眠りにつく事が出来たのだった。
和也が帰宅すると、奏は寝室のベッドに横になっていた。最近、彼女はお腹が重いからか、寝つきが悪いようだ。
「んーー、和也……おかえりなさい」
「悪い、起こした?」
「ううん、さっきまで綾ちゃんと話してたから起きてたよー」
「そっか……顔色悪いな」
彼女の頬に触れると、柔らかな笑みが浮かぶ。
「そう? 貧血気味だから、仕方ないよ」
「あぁー……」
「お仕事、どうだった?」
「それは上手くいったよ」
「CMで流れるの楽しみだね」
「あぁー、ありがとう」
彼に腰をさすって貰い、和らいだのだろう。話しながら寝落ちしている。
「……おやすみ」
和也は幸せそうに彼女の寝顔を眺めていた。月夜に照らされる頬にキスをすると、静かに寝室を出ていくのだった。
岸本からの合格の合図に、二人はそっと胸を撫で下ろしていた。セカンドシングルの発売日に、生放送の音楽番組に出演する事が決まっているからだ。
「二人とも勘がいいな」
「ありがとうございます!」
「生放送もこの調子で頼むよ」
『はい!』
いつも通り素直に応える青年達に、岸本は微笑んでいる。
「リハーサルは、朝から一組一時間かけて行われるのは柏木から聞いてるな?」
『はい』
「リハは練習じゃなくて、本番のように挑めよ? 次は呼んでもらえなくなるからな?」
『はい!』
岸本は態と告げていた。二人は基本的に何事にも全力で挑んでいる為、不安要素はないが、それくらい厳しい世界だという事だ。どんなに良い曲であっても、聴いてもらえなければ意味がない。どんなに技術があっても、本番で力が出せなければ、意味がないのである。
「……TAKUMA、憧れてたステージの一つだな」
「そうだな……JUN、また……テレビの前で見てた番組に出れるんだな」
彼らはリハーサル前から、テンションが上がっていたのだろう。ハイタッチを交わすと、喜びを噛み締めるように抱き合っていた。




