*番外編*誓いのキスを
第77話 三月二十八日、六周年ライブ後の出来事。和也視点のお話。
ライブ直後の奏は……泣いていた。
涙が溢れてきた理由なら、分かってる。
あの曲を……観客が歌っていたからだ。
初めて奏が作った曲を……
慣れた手つきで彼女の涙を拭えば、控え室に戻るメンバーの背中に微笑んでいるようだった。
卒業した直後のライブは、いつもよりも高揚感があるし、達成感もある。
ーーーーここまで来たんだって…………一人でギターを弾いてた頃も、奏が入る前のインストも、すべてが今に繋がってるって思う。
water(s)の音楽に、俺が生み出したい音に……反映されているから…………でも、同じモノは一つもない。
五人全員、ようやく大学を卒業して……これからなんだ。
叶ったような夢は、まだ足りない。
ようやく理想のスタジオで、演れる所まで来たんだから……
隣にいる彼女は、メンバーと楽しそうに笑っていた。その表情からは、もう一つのイベントをどう思っているか、読み解く事は出来ない。
タクシーで区役所に向かう間も、奏の手を握っていた。
親しい友人や音楽関係者にも伝えてあるし、結婚式まで一ヶ月を切ってる。
ほんの少しは、バレてもいいって考えもあったかもしれない。
職員が婚姻届と俺達をじっと見ている感じがしたけど、気にしてなかった。
本名は非公開だし、おじさんだったから……気づかれてないと思ったんだ。
リスナーの幅は広いけど……圧倒的に人気なのは、同世代から中学生くらいまでで、アニメやドラマ、映画の曲を手掛けた影響が、反映されているから……
「おめでとうございます」
「……ありがとうございます」 「ありがとうございます」
奏の頬が緩んだ表情に、こっちまで緩んでいくのが分かる。
癒されているんだ……いつだって…………
何事もなく受理され、みんなの集まる焼肉店へ向かおうとしていると、背後から声をかけられた。
「……ライブ、お疲れさまです」
『ーーーーありがとうございます』
二人で顔を見合わせて、ステージにいた時と変わらない表情で応えた。
「……驚いたな」
「うん……」
親と同世代か……それ以上の人が、聴いてくれてるかはともかく、俺達を知ってくれている事実が嬉しかったんだ。
受理された事を一瞬、忘れるくらいに……
二人が打ち上げ場所き向かうと、既にほろ酔い加減の大翔と、いつもと変わらない圭介と明宏。そして、制作に関わったエンジニア等の多くのスタッフがいた。
「二人とも、おかえりー」
「ただいまー……hiro、大丈夫?」
「大丈夫だって。それよりも!」
『入籍、おめでとう!!』
ーーーー圭介達が入籍したって、教えたのか……
目の前にある大きなケーキには、HAPPY WEDDINGって、書かれてあった。
懐かしい味のケーキのサイズ感に、特注してくれたことは明らかだ。
周囲の祝福ムードに、奏は頬をピンク色に染めながらも笑顔で応えている。
仲間に祝って貰えるのって、有り難い事だよな。
区役所でも驚いたけど、周りに祝福して貰えるのって……結構、くるな…………
人前で泣いたりはしないけど、それくらい嬉しかったんだ。
泣けない俺の代わりに、奏が綺麗な涙を溢していた。
仲間と抱き合う様子に、ヤキモチ的な想いはない。
まったくゼロって、言ったら嘘になるけど…………奏と……入籍したんだよな……
「miya、おめでとう」
「佐々木さん、ありがとうございます」
「miyaが所帯持ちかー」
「ハセさん、今日もありがとうございました」
「お疲れさま」
俺達の周りには……幸運な事に、一流と呼ばれる人達しかいない。
佐々木さんもハセさんも、デビュー当初から俺達の音楽に欠かせない人達だ。
レコーディングエンジニア兼マニピュレーターの長谷川智基さんは、通称『ハセさん』と、俺達に呼ばれているし。
他にも多くの人が、ライブやCD制作に携わってくれている。
この六年で、俺が思う(s)に入るメンバーも増えた。
はじまりは五人だったけど、切磋琢磨の結果が今のwater(s)だと思う。
でも、これで終わりなんかじゃない。
ここからが、始まりでもあるんだ。
「miyaーー、飲んでるかーー?」
「hiro飲みすぎ」
「はい、hiro。お水貰ってきたよ」
「hana、ありがとう」
笑顔を振りまいてたって、グラスを渡す時に手が触れ合ってたって、それくらいじゃ動じなくなったけど……あくまで、俺が心を許してるここにいる人達くらいで…………知らない人が触れそうになったら、『触るなよ』って、多少冷たくあしらうかもな。
「miyaは本当、こういう時は人の子だったって思うよなー」
「入籍したばかりですしね」
「そこ、うるさいですよー」
年齢に関係なく言い合えるのは、俺が音楽においてはプロとして認められている証だ。
でも、こういう集まりでは大抵最年少が奏で、その次が俺だから……年長者に振られた話は、興味津々で聞いてたりする。
知らない世界が広がっていく感じがするから。
いつもよりテンションの高めな彼は、音楽仲間と嬉しそうにケーキを食べていた。
ーーーーーーーー二人きりになったら、奏が少し緊張してるのが分かる。
玄関を通る度に、嬉しそうに眺めてる花も……奏の事なら、分かっているつもりだ。
でも、あくまでつもりだから……いつも、気づいてあげられるような人で在りたいって思う。
「これで……奏も、宮前になったな」
「うん……宮前奏だね……」
「慣れない?」
「うん……実感した……」
「実感?」
「和也と入籍したんだって……」
頬をピンク色に染めて微笑むのは、ずるいだろ…………
思わず、ぎゅっと抱き寄せていた。
「……和也、これからもよろしくね」
「あぁー、こちらこそよろしくな」
視線を通わせて、そっと口づけを交わしたけど……足りない。
もっと触れていたいし、その声を感じていたい。
頬に触れると、彼女の体温も上がっている事に気づく。
「……ベッド、行く?」
「……お風呂……入ったらね?」
ストレートに返されて驚いた。
それよりも驚いたのは、恥ずかしがり屋の彼女がキスをしてきた事。
付き合って六年以上経つけど、奏からしてきたのは、数えるくらいしかないから…………自分の体温が急速に上がるのを感じた。
ーーーーーーーー本当……奏には敵わないな…………
ただ……やられっぱなしはイヤだから、リビングに入るなり深く口づけていた。
この柔らかな唇から放たれる歌が、あれだけの人を魅了しているんだよな。
それにしても……あんなに恥ずかしがり屋なのに、こんなキスが出来るなんて……
些細な事にも、それだけの月日が経ってたんだって感じる。
water(s)で費やしてきた時間は、俺が奏と過ごしてきた日々でもあるから…………
時折漏れ出る声に煽られながらも、なんとか理性を働かせていた。
彼女が浴室に行っている間も、振り返っていたんだ。
デビューして、プロになってから……六年経ったんだな…………
毎日のように癒される彼女と、同じ苗字になって数時間。
これからもwater(s)がそうであったように、積み重ねていきたい。
二人で同じモノを見て、感じていきたいんだ。
その夜、幸せな気持ちのまま眠りについたのは言うまでもない。
誓いのキスをするように、重なっていたんだ。




