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君のうた  作者: 川野りこ
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第76話 キラキラ

 フランスには直行便の飛行機に乗り、現地時間の早朝に空港へ到着した。初めて訪れた地に、四人とも興奮気味である。パリに着くと、写真で見ていた世界が目の前に広がっていたからだ。石畳や連なる建物、歴史的建造物が多数ある中、思い思いに撮影していく。

 Wi-Fiルーターは持参の為、携帯電話で街の検索は容易だ。道中で迷う事はなく、ルーヴル美術館やノートルダム大聖堂等の観光名所を回っていった。

 

 エッフェル塔に、エトワール凱旋門……シャンゼリゼ通りでは、ケーキやマカロンを購入して、満喫してる。

 こんな風に旅行するのは初めてで、テンションがみんなも高めなのが分かる。

 でも、ふとした時に想い出してしまうの。

 和也もいたら、一緒になってケーキを選んだりしていたのかな……ってことを。


 朝食のみの旅行プランの為、デリやスーパーで好きなものを買って部屋に戻ると、奏と綾子の部屋に集まっていた。


 『いただきまーす』 「いただきます」


 手を合わせた彼女達の前には、テーブルではなくスーツケースが並んでいる。部屋はツインベッドがあるがさほど広くなく、窓際にある丸いテーブルには椅子が一つしかない。その為、スーツケースに綺麗なハンカチを敷いて、地べたで夕食をとっていた。


 「このサラダ美味しい」

 「本当だぁー」 「だね!」

 「パンも色々あったよね」

 「うん」


 奏は赤いキャップの炭酸水だが、お酒に強い詩織はワインを開けている。この為に立ち寄ったワイナリーで、オープナーも購入済みだ。

 詩織が形だけでもという事で、四人のグラスに赤ワインを注いだ。


 『乾杯!』

 「奏、婚約おめでとう!」 「おめでとう!」

 「結婚式、楽しみにしてるからね!」


 計画通りラデュレで購入したケーキが、彼女の目に前に置かれる。事前に用意してたであろうHAPPY WEDDINGと、書かれたクッキーがケーキに乗っていた。


 「…………ありがとう……」


 言葉に詰まり、そう告げるのが精一杯だ。

 泣きそうな様子にサプライズは成功したと、満足気な顔が並ぶ。

 ナイフはなくホールケーキのまま、フォークやスプーンですくって食べ、彼女の結婚を祝福しているのであった。


 ーーーーーーーー目に映るもの全てが新鮮。

 ホテルから電車で移動する時に見えるエッフェル塔に、毎回のように感動していたの。

 現地の人にとっては見慣れた光景だから、驚いたりはしていないけど、日本人にとっての東京タワーとか、スカイツリーみたいな感じなのかな?

 みんなが用意してくれたケーキ、本当に美味しかった。

 でも、それよりも……祝ってくれるその気持ちが、何よりも嬉しかったの…………


 奏のサプライズの翌日は、オプションで付けたモンサンミッシェルにバス移動だ。ガイドの年配の男性が、道中にジャンヌダルクの降り立った地のように面白い話をしているが、早朝だった事と昨夜のサプライズで盛り上がっていた為、揃って夢の中である。


 目覚める頃には、モンサンミッシェルからほど近い街まで来ていた。


 道路がなかった時代、満潮時は海に囲まれていた修道院…………今よりも道がなかった時代…………宗教的な名残もあって、そんな昔の遺産が今も残っている事実。

 私が学んでいる音楽もそう…………今はクラシックってカテゴリーだけど、当時の人にとっては、今のポップスのようだった。

 water(s)の音が……みんなの音が、少しでも残るように歌えたら……


 ゴシック様式の中に、さまざまな中世の建築様式が混ざる。そんな世界遺産を前に、何とも言えない感情になっていると、ガイドの案内で有名なオムレツの店に向かう。昼間からシードルで乾杯すると、肉料理にメインのオムレツ、デザートにはシードルで作った淡い緑色のシャーベットが出てきた。


 「美味しい」

 「こんなの作れる人、すごいよねー」

 「東京に帰ったら、また食べたい」

 「詩織、急に現実的」


 お酒のせいではなく、終始楽しそうに食事をしていると、突然話しかけられる。同じツアー参加者の日本人ではなく、同じくフランス観光に来ていたイギリス人からだ。

 流暢な英語を話す彼女に、話しかけた彼は特に驚く様子もなく続ける。

 笑顔で対応する奏に、彼女達は羨望の眼差しを向けていた。


 「……奏、ファンだったの?」

 「うん……びっくりしちゃった……」

 「すごいね。こんな所にまで、ファンがいるんだぁ」

 「グローバル」

 「ーーーーありがとう……」


 動画を見たって言ってた……こんな言葉も、文化も違う場所にも、water(s)の音が届いてるんだ…………みんなにも、この声を聞かせたい。

 嬉しくて、歌い出したくなるくらいに……


 友人の懸念通りになったが、これ以上の騒ぎにならなかったのは、ここが多くの観光客が訪れる世界遺産だったからだろう。そう納得する彼女達がいた。自分達がいなかったなら、もっと囲まれていたに違いないと。

 視線に気づかない彼女は、学校と変わらない笑顔で、残りの日程も楽しんでいた。

 

 最終日には、音大生にとってのメインイベントが待っていた。

 

 ーーーーーーーー鳴ってるのが分かる……


 ドレスアップした彼女達は、管弦楽コンサートを鑑賞すべくオペラ座を訪れていた。


 「楽しみー」 「すごいね」

 「うん!」

 

 オペラ座の怪人の舞台でもあるオペラ座。

 ガルニエ宮は、バレエやオペラ等で現在も使われている歌劇場。

 こんな歴史的な建物で、聴けるんだ……


 これから始まる音色に心を弾ませる。演奏が始まると、舞台から瞳を逸らす事なく聴き入る姿が並んでいた。


 ーーーーーーーー和也にも……みんなとも、聴きたかったな…………はじめての音に触れる度、音の幅が広がっていくと感じるから……

 それに、みんななら……どんな色に染めていくか、毎回のように楽しみでもあるから……


 彼女らしい想いだろう。行動を共にしていなくても、いつも考えてしまうのだ。彼らが居たら、どんな感想を言っていただろうと。


 ホテルに着くと、奏は綾子と二人きりになっていた。


 「……奏、起きてる?」

 「うん、起きてるよ」


 室内はベッドサイドの小さな明かりだけだ。二人ともベッドに横になっている。


 「楽しかったね」

 「うん……楽しかったから、あっという間に感じた……」

 「そうだね。ミヤ先輩との同棲はどう?」

 「順調……かな?」

 「ケンカしたりするの?」

 「音楽ではある……けど、基本的に優しいからね」

 「前から可愛がってたもんねー」

 「そうかな?」

 「仲良くていいなーって、思ってたよ。理想的なカップルって」

 「ありがとう……綾ちゃんは? 佐藤とケンカするの?」

 「うーーん、私が一方的に怒る感じ? だから、いつも不完全燃焼」

 「不完全燃焼って……」


 顔を見合わせ、クスクスと小さな笑みをこぼす。


 「私は……綾ちゃんが佐藤と付き合い出した時、取られたーって、思ったよ」

 「取られたって……」

 「帝藝祭でも仲よくて、楽しそうな綾ちゃんを見てると、こっちまで嬉しくなったもん……」

 「ありがとう。何か……もう卒業なんだね」

 「そうだね……綾ちゃん、佐藤は年内は日本にいるの?」

 「うん。この一年は、日本で師匠が活躍するみたいだからね」

 「そっか……」


 少し安心した様子に、笑みが返される。言うまでもなく夜遅くまで語り明かしていた。

 

 スーツケースには、フランス土産が沢山詰まっていた。羽田空港国際線ターミナルには午後六時頃に着き、予定通り現地解散となった。


 「みんな、気をつけてね」

 「うん、奏もね」

 「またねー」

 「奏も気をつけてねー」


 手を振り、リムジンバスに乗る彼女達を見送ると、和也に電話をかけた。車で迎えに来てくれる事になっていたからだ。


 「もしもし? 和也?」

 「奏、おかえり」


 電話の相手に、背後から抱きしめられていた。


 「ビックリした! ただいま……」

 「おかえり」


 いつもと変わらない声に、気持ちが和む。ごく自然にスーツケースを運ぶ姿に、帰ってきたと実感していた。


 「……ありがとう、和也」

 「いいえー、楽しかっただろ?」

 「うん! お土産買ってきたよ」

 「ありがとう。また実家に行く?」

 「うん」

 「一緒に行くよ。俺の実家にも行くんだろ?」

 「うん、ありがとう」


 車に積み込むと、和也の運転する車の助手席に乗り込む。車内では、約一週間ぶりに会えた為、話が尽きる事はない。


 ーーーー帰ってきたんだ…………楽しかったけど、やっぱり何処かで淋しさもあったんだと思う。

 和也の顔を見ただけで……合いたかったんだって、自覚したから……


 二人は、ここ数日の事を楽しそうに話しながら、家路に着くのであった。






 ノートルダム大聖堂の前の石畳に埋め込まれたポワン・ゼロの上に立って願った。

 もう一度、この地にみんなで戻って来れますようにと…………その願いは、まだ叶っていない。

 でも、あの時四人で過ごした日々は、今も胸の奥でキラキラと輝くような存在。

 いつまでも色褪せる事なく残る想い出。


 「ーーーーーーーー懐かしい……」


 アルバムをめくると、携帯電話に着信があった。相手は彼女の親友だ。


 「綾ちゃん、久しぶり」


 あの頃と変わらずに、微笑みながら話す姿があった。

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