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君のうた  作者: 川野りこ
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第74話 序奏

 年末の仕事を終え、新年を両家の家族と過ごした二人は、残りの休みを結婚式の準備にあてていた。

 奏は和也と共に、ホテル内にあるブライダルサロンで出来上がったばかりの招待状を受け取り、ウェディングドレスの試着を行っていた。


 「ーーーー和也……どう?」

 「全部いいな」

 「ちょっ、和也?!」 

 「もう一回こっち向いて、それから後ろ姿も」

 「うん……」


 これで十着目の試着だが、着替える度に写真を撮られている。


 カラードレスはピンクベージュで、胸元と背中が開いたデザインの可愛らしいものに決まったが、純白のウェディングドレスは種類も豊富の為か、和也が写真をチェックしながら何度も吟味を繰り返している。


 「奏、一番最初のもう一回着てみて?」

 「……うん」


 最初に着た細かな花の刺繍が入ったAラインのドレスを着ると、再び和也が写真に収める。一体何枚の写真を撮っているの? と、彼女が口を挟む事はなく、身を任せていた。


 「うん。やっぱり、これがいいかな」

 「サイズもこちらで大丈夫そうですね。とてもお似合いです」

 「……ありがとうございます」


 衣装担当の女性に照れた様子で応える。


 「ベールはこちらからお選びいただけますが……」


 まだ決めることがあった!

 アクセサリーもレンタルできたけど……和也が用意してくれることになったんだよね。


 彼はさっそくベールを手に取り、吟味している。


 お互いの衣装を選び合うことになったけど、和也の衣装はわりとすぐに決まったのに……


 即決した彼女に対し、彼が衣装にかける時間の方が圧倒的に長い。


 「ーーーー合わせてみてもいいですか?」

 「はい、お試し下さい」


 ベールや手袋は買い取りの為、 気に入ったベールのサンプルを和也が彼女に合わせていく。


 真剣に選んでくれてるのが伝わってくるから、嬉しいけど……近いよ…………


 間近にある顔を逸らす事が出来ずに、微かに頬を染める。


 慣れない格好だから、どれを着ても不思議な感じがしていたけど……本当に……結婚する日が来るんだ……


 彼は真剣な様子のまま、ドレスに合う小物も選んでいた。


 「次はまた来週、お待ちしております」

 「はい、よろしくお願いします」


 ブライダル担当の高良たからに告げると、帰ってからも引き出物や引菓子について相談していた。


 「色々あるな」

 「うん……お見送りの時に、ドラジェは渡したいかな……」

 「この間、買ってたやつ?」

 「うん!」

 「美味しかったし、いいな。じゃあ、注文しとかないとな」

 「そうだね。個数がいるからね」

 「テーブルコーディネートとか装花のイメージは、どんなのが良いか決まった?」

 「うん! こんな感じでグリーンと抑えた感じのピンクと白で、薔薇を入れたいかな」


 検索した画像を和也に見せる距離は、ドレス選びの時よりも近い。ドキリと音を立てたのは彼の方だ。


 「……綺麗な色合いだな」

 「うん……あと、ブーケだよね? 装花と一緒に決めるの」

 「あぁー、高良さんがそう言ってたな。担当者が別にいるらしいけど」

 「決めること……こんなに沢山あるんだね」

 「そうだな……奏、結婚指輪が出来たって連絡あったから、明日取りに行こうか?」

 「うん! 」


 ソファーに並んで腰掛けたまま、幸せな話を続けていた。


 名前と記念日を指輪の内側に彫ってもらってたから、手元に届いたのは今日が初めて…………お揃いなんだよね……


 結婚指輪は、全く同じシンプルなデザインの物を選んでいた。指輪は二つ一緒の箱に入り、綺麗にリボンがかけられている。


 「可愛いかったね」

 「奏がつけるのにはシンプル過ぎないかって思ったけど、飾り気がないし」

 「だって、和也から貰った指輪と重ねてつけたいじゃない?」


 左手の甲を向け、嬉しそうに微笑んで婚約指輪を見せる。

 和也が手を取れば、彼も嬉しそうな笑みを浮かべながら、昨夜決めた洋菓子店に向かった。


 「和也、チョコレートも買って帰ろう?」

 「あぁー、スタジオにも持って行くか?」

 「うん」

 「じゃあ、奏が選んで。伝票の続きは俺が書くから」


 結婚式前日にホテルに届くように手配した為、和也が伝票を記入して、彼女がチョコレートを選んでいく。和也は眼鏡をかけ、奏はニット帽を被っているだけだが、water(s)だと気づかれてはいないようだ。ただ背の高い美男美少女なカップルが、爆買いしているように店員には映っていた。


 「和也、バレンタイン限定だって!」

 「可愛いパッケージだな」

 「うん、買ってもいい?」

 「いいよ。大翔以外はお酒強めのが、いいんじゃない?」

 「……よく分かったね」

 「そこはな。大翔にこれは?」

 「ナッツ系すきだもんね。すみません、追加で……」


 二人が帰った後、water(s)のファンが店員の中にいたようで、今の二人はhanaとmiyaだったんじゃないか? と、噂される事になるのであった。




 彼女が残り少ない大学生活を送る間も、音合わせは行われていた。


 「miya、ヘッドホンは今日納入出来るって、さっき連絡来てた」

 「kei、ありがとう。このあと、寄ってみるよ」

 「俺も、どのくらい出来たか見たい」

 「じゃあ、みんなで行く?」


 都内にwater(s)専用のレコーディングスタジオを建てる計画は、奏の知らない所で進んでいた。彼女も出資はしていたが、いつ完成するのか? どんなスタジオになるのか? 等の詳しい内容は、一切知らされていなかった。彼女の希望は、グランドピアノが弾ける事と歌える事だけだったからだ。


 定番のスタジオからタクシーで移動すると、駅から離れた渋谷区内の路地に、真新しい三階建てのビルが建っていた。一階には専用の駐車スペースが完備され、地下一階が彼らの求めたレコーディングスタジオとなっている。壁にスピーカーが埋め込まれ、臨場感のある音色を聴く事が出来る仕様だ。壁紙も希望通りの白で統一されていた。窓がない閉鎖的な空間だが、壁紙のおかげもあり圧迫感はない。


 「すご……」 「やば……」

 「実際、形になるといいな」

 「あぁー、二階は多目的スペースだっけ?」

 「そうだよ。映画鑑賞とかも出来るようにしてある。明宏のマンションを参考にさせて貰ったけどな」

 「だからセッションも出来るように、ここも防音になってるのか」

 「そういう事」

 「三階は仮眠とか寝泊まり出来るように、キッチンに風呂も結局、作ったんだよな?」

 「みんなの希望だったじゃん。前にレコーディングが長引いて、会議室で雑魚寝したらしんどかったって」

 「あれは、きつかったな」


 地下から三階まで見終わると、まだ何も設置されていない広いフローリングに座り込んだ。


 「ーーーーほぼ出来上がってるな」

 「そうだな。あとは細かな機材搬入とか、家具を選ぶくらいかな?」

 「家具はhanaに選んで貰ったら? センス良いし」

 「あぁー、式の準備に区切りがついたら頼んでみるよ」

 「式の準備は大変か?」

 「俺は割と楽しいけど、奏は……女子は、色々大変そうかな」

 「エステとか?」

 「そう。今、色んなのがあるらしいよ。お義母かあさんと一緒に出来るのを選んでたな」 

 「へぇー、じゃあ、和也が楽しみだな?」

 「あぁー」


 素直に頷くさまに、三人から『ごちそうさま』の声が出てきそうだが、彼がスタジオの話に戻した為、その言葉が出てくる事はない。


 「……あと、他に希望はあったっけ?」


 iPadにメモをした五人の希望を再度確認するが、漏れはないのだろう。彼女が家具を選び、残りの細かな機材が届けば、すぐにでも演奏出来る手筈である。


 「楽しみだよな」

 「あぁー、音出しも大丈夫だったしなー」

 「待ち遠しいな……」

 「うん……」


 遠くにあった夢は、確実に形になっていった。

 

 スタジオが完成間近の頃、結婚式の準備も着実に進んでいた。料理や飲み物、ウェディングケーキ等、二人の希望を詰め込んだ式になりそうだ。


 「奏、ピアノの練習?」

 「うん……卒業試験の公開講演会があるから、もう少し弾きたくて」

 「あぁー、懐かしいな」

 「みんなの演奏、聴きに行ったの想い出すよ。和也、遅くなるから先に寝てていいよ?」

 「んーー、明日は午後だけだから、聴いてもいいか?」

 「うん」


 グランドピアノの側に椅子を寄せれば、鍵盤に指先が触れる。その滑らかな動きや視線からも、譜面はガイドライン程度だと分かる。練習する過程で暗譜したのは明らかだ。


 集中する彼女は気づいていなかったが、彼は心地よい旋律を聴き入っていた。

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