第73話 レモネード
歌番組の収録を終えた奏は、メンバーと分かれ友人の待つseasonsを訪れていた。
「奏、こっちだよー」
「綾ちゃん、お待たせー」
「ワンドリンク制だって、何頼む?」
「レモネード!」
「頼んでくるから、奏はここで待ってて? 詩織と理花が来るから」
「はーい」
かつてwater(s)がライブした時とは違い、ステージから離れた場所にはテーブルがいくつも置かれていた。
食べながらも見れるように、セッティングされているみたいだけど……この雰囲気は変わっていない。
アマチュアがほとんどの中、単独ライブができるのは、春江さんのお眼鏡にかなった……ほんの、一握り。
隣のテーブルには、同じピアノ専攻の阿部と金子がビールを片手にライブが始まるのを待っていた。
「阿部っち達も来てたんだね」
「あぁー、そろそろ前に行かないと埋まりそうじゃないか?」
「本当だ」
タイミングよく綾子が戻り、飲み物を持ったままステージの一番前に移動すると、詩織から電話があった。分かりにくい場所の為、会場近辺を理花と二人で迷子になっているようだ。
「綾ちゃん、外見てくるね」
「うん、飲み物持っとくよ?」
「ありがとう」
外に出ると、すぐに詩織達を見つける事が出来た。急いで会場に入り、カウンターで飲み物を受け取って最前列に向かう。
ピアノ専攻のメンバーが揃った所で、ステージがスポットライトに照らされていた。
「こんばんはー! 本日はENDLESS SKYのワンマンライブにお越し頂き、ありがとうございます!」
酒井が陽気な声を上げると、初の単独ライブが始まった。二人の織りなす絶妙なハーモニーとギターの音色に、手拍子が徐々に増えていく。
ーーーーーーーー初めて聴いた……二人の音…………さすが、miyaのファン。
樋口くんのギターの弾き方は、和也に似ている気がする。
それに……酒井は、相変わらず魅せ方が上手い。
ファンがいても不思議じゃないよね……こんなに、楽しそうに奏でているから……
二人のステージを、最後の一音まで聴き逃す事がないように耳を傾けていた。
一時間程あったライブは、拍手と歓声に包まれ幕を閉じた。
「……二人とも上手かったな」
「あぁー、想像以上だった」
「男の人にしては、キーが高そうだったねー」
「理花、それ私も思った」
「これから酒井達と合流して飲みに行くけど、理花達も行けるか?」
「行くー」 「私も行く」
「ごめん。待ち合わせしてるから、私はこれで」
「綾子、帰っちゃうのー? 奏はー?」
「行きたいけど、先に行ってて? 追いかけるね」
「了解、奏はちゃんと来るんだよ。綾子はまたね」
会場の外で手を振り、一度解散となった。
ーーーーseasonsには、会いたい人がいるから……いつものカウンターに、今ならいるかな?
お目当ての人物を見つけ、思わず駆け寄る。
「……春江さん!」
「……hana! 久しぶりだね」
「ご無沙汰してます。今日は、友人の……エンドレのライブを見に来てたんです。レモネード、美味しかったです!」
「ありがとう……皆、元気かい?」
「はい! それで、これ……」
メンバーから託された花束と、サイン入りのCDを手渡す。
「……今度は、みんなで揃って来ますね。また演奏させて下さい」
「勿論、楽しみにしているよ」
「はい、ありがとうございます」
春江は約四年ぶりに会う彼女の成長した姿に、自身の娘のような想いを抱いていた。彼女が手を振り、会場を出ていく姿を優しく見守っていたのだ。
「hanaは相変わらずでしたね」
当時を知るバーテンダーの一人がそう呟けば、春江も思わず頷く。
「変わらないね……でも、更に綺麗になったね」
「そうですね。それにしても……春江さんの子供みたいですよね」
「音楽を志す子は皆、子供みたいなものだよ……」
懐かしむように話していると、本日の主役が控え室から顔を出した。
「……春江さん、ありがとうございました」
「二人とも、お疲れさま」
ENDLESS SKYに、笑顔で応える春江がいた。
「奏、来たーー」
「理花ちゃん、何頼んだの?」
「ジンジャーハイボール!」
「私もそれにしようかな」
「奏、飲めないのかと思った。さっきもジュース飲んでたみたいだから」
「さっきのは……飲みたかったジュースだったからね。詩織ちゃんほどじゃないけど、飲めるよ」
詩織はすでに梅酒をロックで飲んでいる。
「次は、焼酎飲みたい」
「美味しいの?」
「うん、頼んだら飲んでみる?」
同じ専攻なだけあって、ピアノにおいてはライバルだが、気の置けない仲間でもある。カフェテリアで集まる時のように盛り上がっていると、本日の主役が顔を出した。
「あっ、お疲れさまー」 「お疲れー!」
「今日の主役じゃん!!」
「お疲れー」
「金子、出来上がってないか?!」
「さっきからテンション高め」
酒井と樋口も加わり、七人での初単独ライブお疲れさま会が始まったのだ。
今年も残すところ、あと数日…………年が明けて四月になったら、みんな……別々の道を歩いていくんだ。
早いなぁー…………高校よりも一年長い筈なのに、あっという間の日々だった気がする。
笑い合いながらも、ピアノ専攻の仲間と出逢った日を想い返していた。
「上原、飲んでるかーー?」
「うん……酒井もお酒に弱いの?」
「空きっ腹に飲んだからかもな。いつもは、もう少しマシなんだけど……」
テンションが高めな金子だけでなく、酒井も仲間に話かけながら飲んでいるが、どうやら絡み酒ではないようだ。ライブの感想を求めてはいるが、いつもよりも少しテンションが高いくらいで、どちらかと言えば二人とも笑い上戸のようである。
些細な事でも笑っている為、自然と笑いで溢れる席となった。
「seasons初めて行ったけど、面白いつくりだよな?」
「思った。お酒も美味しかったし」
「詩織のポイント、そこーー?」
「そこだよ。ライブハウスだと、美味しくなかったりするから」
「オーナーの拘りが詰まってるからかもね」
「また行きたい」
「あぁー。また、ライブする時は知らせろよ?」
「ありがとな。連絡するよ」
「潤、またライブ演りたいよなー」
「そうだな」
ーーーー分かる……ライブ直後は高揚感があって……終わったばかりなのに、歌いたくなる気持ち。
みんなで演れるなら、何処までもいけるような……そんな想いも…………酒井と樋口くんも、同じような気持ちなんだと思う。
音楽がすきで、演奏せずにはいられなくて……
「上原もライブの後は、そうなのか?」
樋口に話を振られ、驚きながらも素直に応える。
「ーーーーうん……すぐに演りたくなるよ」
「三人ともタフだなー」
「そうか?」 「そう?」
「被ってるし……コンクールが苦手だから、緊張に耐えられなさそう」
「コンクールは私も苦手だよ。独特の緊張感があるよね」
「だよな。出来たら避けたい……」
「分かる、分かる。プレッシャーもすごいし」
「でも、何だかんだ言って、みんな出てたじゃん!」
「それは、一応な」 「まぁーな」
「腕試し的な?」
コンクールは全員共通の認識である。毎回のように緊張感との戦いだが、音楽を続けていくなら避けては通れない道である。
「楽しい事、考えようぜ? 卒業旅行に行くんだろ?」
「女子はねーー、フランス旅行!」
「良いじゃん! ヨーロッパ!」
「楽しみだよねー」
「上原も参加するんだろ? 平気なのか?」
「うん! 楽しみだよ」
相変わらずな彼女に、酒井だけでなく溜め息が混ざる。
「奏、そういう意味じゃないと思う」
「えっ?」
「本当、そういう所は天然だよなー」
「ちょっと、酒井!」
「事実だろ? 騒がれたりしたら、あれじゃん」
「そんなのないよ。意外と気づかれないから」
「えーーっ、上原が気づいてないだけじゃないか?」
「私もそう思う」
「詩織ちゃんまでー……本当だよ? この間だって、演奏するまで気づかれなかったよ?」
「いつよ?」
「えっと……メンバーの住んでるマンションに演奏スペースがあって、そこで知り合ったバンドに向けて披露したの。楽しかったよ」
「何それ、羨ましい」 「マジ?!」
「いいなー! 俺も聴きたかった!」
「ありがとう。そんな風に言って貰えると、みんな喜ぶよ」
「メンバーと仲良いよねー。秘訣とかあるの?」
「特には……付き合いが長いからかな?」
「三月で六周年だろ?」
「うん……樋口くん、覚えてくれてるんだね。ありがとう」
「樋口だけじゃなくて、みんな知ってると思うよ?」
「詩織の言う通りだよー」
見渡せば、頷く仲間に綻ぶ。
「ーーーーありがとう……」
頬を染めながら応える彼女は、ステージとは別人のような表情を浮かべていた。
みんなと……こうして集まったりできるのも、あと何回あるんだろう…………貴重な時間だよね。
私にとって……大学で出逢えたみんなも、大切な音楽仲間だから……同じ専攻になれて、よかった……
「乾杯しないか?」
「またかよー」 「また……」
「はい、乾杯!」
大翔のように乾杯する金子に合わせ、再度グラスを寄せ合う。そんな些細な事にも、メンバーを想い出していた。
お酒の飲めなかった頃が、昔のことみたい……変わらないレモネードの味が、懐かしくて…………それくらい……時が経ってるって事だよね。
来年も、よい年でありますように……そう何度も願うように……続いていくようにと、何度も想ってしまうの。
仲間と楽しそうに語り合う彼女には、すでにメロディーが浮かんでいるのであった。




