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君のうた  作者: 川野りこ


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第69話 ありがとう。

 和也との同棲は、あっさりと親に認められた。

 両家の顔合わせもしてるし、婚約しているから……二人で暮らしてみて、分かることもある……だそう。

 実家から電車で一本で行ける事も、お母さんは喜んでいたけど……


 荷造りを終え、自分の部屋に残ったアップライトピアノに触れていた。


 「奏、ここにいたの? お茶入れたから、下に降りて来れる?」

 「うん……」


 リビングには父と母に弟の創と、家族全員が揃っていた。


 「奏、明日引っ越すんでしょ?」

 「そうだよ」

 「引っ越すまで二ヶ月くらいか……早かったな」

 「お姉ちゃんがいなくなって淋しい?」

 「なっ! でも、父さんと母さんは淋しいと思うよ?」


 自分は『淋しくない』と言い張る創に、奏はくすくすと笑っている。


 「奏、ピアノはそのままにしておくからね」

 「お母さん……」

 「和也くんと、二人で頑張りなさい」

 「お父さん……」


 涙があふれそうだ。


 ーーーーこうして……何気ない毎日が、幸せなんだって思う。

 この家に生まれて、二十一年か……早かった…………ずっと続いていくものだと信じて、疑わなかった。

 家を出ていくことなんて、想像もつかなかったけど…………


 「お父さん、お母さん、ありがとう……これからもよろしくお願いします」

 「はい」

 「二人の活躍を楽しみにしてるよ」


 娘の成長を改めて感じる両親がいた。


 「創、お父さんとお母さんをよろしくね」

 「あぁー」

 「大学でも剣道、頑張ってるんでしょ?」

 「まぁーな。差し入れ持って来てくれるなら、応援に来てもいいよ?」


 態とおどけて見せる創に微笑む。


 「うん、ありがとう」


 リビングのテーブルには、彼女の好きなミルクレープに紅茶が用意され、家族団欒の時を過ごしていた。




 「おはようございます」

 「和也くん、おはようございます」

 「あの、これ……みなさんで、召し上がって下さい」

 「ありがとう。ここのレモンケーキ、みんな好きなのよ」


 母は娘がよく買ってきていたレモンケーキだと、パッケージで分かったようだ。


 「……和也くん、娘をよろしくお願いします」


 父の言葉に和也は、はっきりとした口調で返す。


 「はい」


 彼の隣に立っていた奏は、両親と和也の様子に泣きそうになっていた。


 ーーーー私、本当に……これから、和也と暮らしていくんだ。

 この家を、出て……


 「これからもよろしくお願いします」


 和也と同じように、彼女も頭を下げる。


 「……お父さん、お母さん、ありがとう。いってきます」

 「はい」 「いってらっしゃい」


 揃って笑顔で、ずっと暮らしてきた家を出ると、新しい生活を始める事となった。


 ーーーー今日から、ここで暮らしていくんだ……不思議……話が順調に進んでいくから……


 「……お邪魔します」

 「奏、違うよ?」

 「あっ、ただいま……」


 少し緊張した様子は微笑まれ、頭を撫でられる。


 「荷解き手伝う。楽譜とかのダンボールは開けてもいい?」

 「ありがとう。お願いします」


 役割分担をしながら、ダンボールを開封していく。寝室は一つの為、奏のスペースが空いていたクローゼットは洋服で埋まっていく。インテリア雑貨や細かなキッチン用品等は、前もって二人で購入していた為、引越しと言っても、彼女の私物を整理するくらいだ。今まで彼女が使っていた籠や目覚まし時計等、使えそうな物は持ってきていたが選別済みの為、部屋に合わない物はない。


 引越し作業はスムーズに終わり、夕方には全てが片付いていた。


 「空が綺麗だねー」

 「あぁー、これからは……帰ってきたら、奏がいるんだな」

 「何か……照れるね」

 「……確かにな」


 見つめ合えば、照れながらも微笑む。


 「夕飯はどうする? 何か作る?」

 「買い出ししないと、肉がない」


 冷蔵庫を開けると、彼はそれなりに自炊しているようで、野菜や卵等メインの肉や魚以外の食材は揃っていた。


 「今日は引越し祝いって事で、外で食べようか? それで、帰りに買い物してから帰ろう?」

 「うん!」


 ーーーー今日から、和也と一緒にいられるんだ。

 それは、嬉しい…………少しでも会えない日があるだけで……淋しく感じていたから……


 彼の行きつけの店で夕食を済ませると、マンションへの帰り道にあるスーパーに立ち寄った。


 何か……新婚さんみたい…………一緒にカートを押すとか、慣れないことばかりだけど……些細なことが新鮮で、楽しくて…………和也は……どう想っているのかな?


 彼に視線を移すが、いつもと変わらない様子でカートに吟味した商品を入れている。


 「和也は自炊してるんだね」

 「まぁーな。やり始めたばっかだから、あんまり上手くないかもだけど。割と面白い」

 「器用だから、すぐに上達しそうだね」

 「そうか? 奏ほどじゃないよ。帰ったら、また決めるだろ?」

 「うん」

 「デザート買ってく? ここのチーズケーキ、美味しかったよ?」

 「わーい! 食べたい!」


 甘い物は別腹のようだ。彼女は気づいていないようだが、二人での買い物を終始楽しむ和也がいた。


 自宅に帰ると、佐々木から貰ったマグカップにコーヒーを注ぎ、真新しい食器にケーキを乗せる。ソファーに並んで座った二人は、肩の触れ合う距離で話を進めた。


 「このドレスも可愛いな」

 「ピンクベージュ?」

 「あぁー、奏に似合いそうじゃない?」

 「そうかな……」

 「うん、可愛い。コンクールとか、スギさんの結婚式で着てたドレスも可愛かったけど」

 「ありがとう……よく覚えてるね……和也は背があるから、衣装映えしそうだよね」

 「それ言ったら、メンバー全員な」

 「そうだね。菅原さんに、よく言われるもんね」


 目の前のテーブルには、ブライダル関係の雑誌が置かれていた。二人は時間のある時に、着々とこれからの話を進めていたのだ。


 「式場は、ここにするか?」

 「うん……」


 本当に結婚するんだ…………分かってはいたけど、こうして実家を出たり……雑誌を見たりしていると……和也と暮らしていくんだって実感する……


 彼女は初めて入る広い浴室で、引越しを終えたばかりの一日を振り返っていた。


 ーーーー寝室……一緒なんだよね……お泊まりで同室はあっても……ツインがメインだったから、一緒のベッドって…………勿論、和也と気に入ったものを選んだんだけど……


 長湯していたのだろう。上気した頬に音を立てる。


 「奏……先、寝てていいよ?」

 「うん……」

 「ちゃんと水分取ってからな? 顔、赤いし」

 「……うん」


 頬に触れられ、体温がまた上がっていくようだ。


 眠ってていいって言われたけど、寝つけない……緊張してるのかな?

 こんなに、寝心地がいいのに……


 キングサイズのベッドの上で、ころころと横になっていた。


 「ーーーー奏、起きてたのか?」

 「う、うん……」

 「緊張してるのか?」

 「……そんな事ないと、思うけど」

 「俺は……少し、緊張してるよ」

 「えっ……?」

 「奏がそばにいるから……」


 胸元に引き寄せられると、トクトクと早く鳴る音が聞こえていた。


 ーーーー和也も……緊張してるんだ………そっか……ずっとそばにいたいと想っていた事が、現実になったから……


 そっと背中に腕を伸ばせば、重なる心音に気持ちが和らいでいくようだ。


 花が咲いたように微笑む彼女の唇に触れると、長く情熱的な口づけに変わっていった。

 

 こうしている間にも夏のライブに向けて、音合わせや収録等、忙しい日々を迎えようとしていた。

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