表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君のうた  作者: 川野りこ
71/126

*番外編*君の左手と

第65話 両家顔合わせ前の和也視点のお話。

 結婚の約束をしてから、わりと直ぐに両家の顔合わせをする事にした。

 ライブの準備とかで忙しくなるのも理由にはあるけど、フライングしたって自覚があるから…………こういう事は、ちゃんとしておきたい。

 どうせなら、奏の両親にいい人だって思われたいし。

 だから今日は、奏と一緒に指輪を選びに来てる。

 一応これにしようって決めてるのがあるから、あとは確認だけって感じだけど…………


 あまり身につけない指輪に、彼女はおずおずと白い手袋をした店員に手を差し出していた。


 華奢だよな……でも、この身体から声量のある声が出せるし、細い指先からは想像も出来ないような音色を紡ぎ出しているんだ。


 「奏、気に入った?」

 「ーーーーうん……綺麗……」

 「じゃあ、これで。リングの内側に彫って下さるんですよね?」

 「はい、字体はこちらからお選び頂けます」


 サクサクと話を進める俺に向けられる視線は、温かなものだった。


 ーーーー奏は、分かってないよな…………歌っていなくても、視線を集めてるって事。


 並んで歩くと視線を感じるが、初めてではない。一緒に行動する時は常である。


 卒業するまで待たなかったのか? って、自分自身に言ってやりたくなる時もあるけど…………何度考えてみても、待てなかったんだ。

 今みたく、奏が俺の事をすきだって分かっていても……誰かに、取られるんじゃないかとか…………そんな事を考えてしまうんだ。


 奏は少し天然ぽいところがあっても、芯がしっかりしてるから……たとえば、一人でも演っていけるし、奏の実力ならソロで演っていても不思議じゃない。

 婚約は……俺の焦りと独占欲で、先走ったようなものだから……


 「和也は、腕時計でいいの?」

 「ん、あぁー……」

 「他には?」

 「他?」

 「うん…………綺麗な指輪だから……」


 らしいよな……値段は見せてないけど、さすがに高価だって分かるか……


 「大丈夫。相当いいやつ選んでるから」

 「それなら、いいんだけど……」


 頭を撫でれば、いつもの笑みが浮かぶ。


 あーー……俺、触りすぎだよな…………いつもは外だと自重してるから、尚更だ。


 お目当の時計屋に向かえば、高級感のある店内にまた緊張気味になる彼女に対し、彼は手慣れた様子だ。


 購入するのは決めてきてるし、前もって頼んでおいたから直ぐに店内奥に案内された。

 さっきと同じでVIP的な部屋に通されたけど、奏はこれも気に入ってくれるかな?


 目の前に用意された二つの時計に驚いた様子だ。彼の希望のオイスタースチールに、ブラックダイアルがかっこいいシンプルな文字盤の時計だけでなく、同じシリーズのホワイトダイアルも置かれていたからだ。

 

 「和也……これ……」

 「あぁー、つけてみて?」

 「……うん」


 またおずおずと手を差し出す姿に、笑みが溢れる。


 「うん、似合うな」

 「これって、レディース物ってこと?」

 「そう。奏の手にはちょっと大きめなサイズ感かもだけど、色白だからよく似合うな」

 「本当に、よくお似合いです」

 「……ありがとうございます」


 店員の反応に戸惑いながらも、応える姿はさすがの対応力だ。


 それは、そうだよな……自分の物も買うとは、思っていなかっただろうし……


 「サイズだけ調整して貰って、これでお願いします」


 またサクサクと話を進めるが、彼女が口を挟む事はなく、少し諦めた様子が見てとれる。


 散財してるって、思われたかな?

 まぁー、そんな気は全然ないけど。

 これなら防水もあるし、メンテすれば一生使えるし……奏もそれが分かっているから、何も言ってこないのかもしれないけど…………強引だったのは、認める。

 他人の前で言い合いとか、絶対にしないから……


 彼女の性格を見抜いての策略だったようだ。

 箱に入れられた腕時計を受け取ると、タクシーに乗り込むなり尋ねられた。


 「ーーーー最初から、買うつもりだったの?」

 「うん、気に入っただろ?」

 「それはー……そうだけど……」

 「いいじゃん。俺が、お揃いでつけたかったんだよ」

 「……ずるい」

 「学校にも付けてきてよ?」

 「うん……」


 後部座席に並んで座り、彼女の手をそっと握った。


 「…………和也……」

 「んー?」

 「……ありがとう」


 素直に見上げてくる瞳に、愛おしさが込み上げる。


 ーーーー本当……奏は、素直だよな…………いつだって、温かくて……今も、抱きしめたいくらいだ。


 「これからも、よろしくな」

 「うん……こちらこそ、よろしくね」


 少し照れたような表情を浮かべる彼女の手に、指を絡めるようにぎゅっと繋いでいた。

 



 プラチナリングの周りには、ラウンドブリリアントカットしたダイヤモンドが散りばめられている。彼が選んだ指輪の内側には、KtoKと彫られていた。


 そういえば……同じイニシャルになるんだな…………なんて……今更のように思った。

 メンバーといる時、奏はhanaだから……バンド活動していなくても音楽に関わる時は大抵、hanaの時のような表情をしてるし、いつも全力で取り組んでるのが分かる。

 奏はいつだって、一瞬を大切に想っているような感じだから……


 「ーーーー和也、ありがとう……」

 「ううん……俺も時計、ありがとう」


 二人の手首には、真新しい腕時計があった。


 「……顔合わせの時につけるね」

 「あぁー……」


 本当は、今すぐにでもつけて欲しかったりするけど…………独占欲丸出しって、言われても仕方がないくらいに……奏を占める割合が、俺の中で大きいんだ。

 出逢った日の事を……この頃、よく想い出す。

 奏の音を聴いた瞬間から、惹かれていたんだって…………今になって思う。

 出逢う前には、もう戻れない。

 それくらい……


 「和也、お茶してから帰れる?」

 「うん、何処か寄りたい所ある?」

 「うーーん、いっぱいあって迷うね。和也は?」

 「そうだな……久しぶりにラデュレは?」

 「うん!」


 甘い物が好きな彼女の笑顔に癒される。


 ……音楽じゃなくても、こういう時もいい顔するよな。


 「奏は甘いのすきだよな」

 「うん、和也もすきでしょ?」

 「そうだな。奏と大翔のおかげで、甘い物にもだいぶ詳しくなったよ」

 「そうだね。みんな、詳しいよねー」


 微笑む横顔に、思わず手を伸ばしそうになる。


 外だから、自重してるけど……やばいな。


 向かいの席で、彼女は美味しそうにケーキを口に運んでいた。


 歯止めが効かなくなっているんだ…………婚約までして、ようやく叶ったのに……自分が抑えられないなんて…………こんな自分、知らなかった。


 「一口いる?」

 「あぁー」


 皿ごと交換して、それぞれのフォークで食べる。どちらのケーキも美味しかったのだろう。彼女の頬は緩んだままだ。


 「奏、明日は練習するだろ?」

 「うん! 練習室でしょ?」

 「あぁー、圭介達は忙しいからな」

 「そうだね。みんな、すごいからね」


 自分の事のように嬉しそうに微笑まれると、衝動に駆られる。


 「だよな……」


 ヤキモチ妬いてる場合じゃないって、頭では分かっているけど…………どうしたって、即答出来ない自分がいるし、心狭すぎだろ? って、自己嫌悪したりもする。

 こんな感情になるのも奏だけなんだ。

 みんながすごいのは本当の事だし、俺も圭介達の事は、尊敬しているから…………

 今、曲を作ったら……ダークな音楽になりそうだ。

 それは、それで面白いんだけど……奏向きじゃない。

 澄んだ声を生かす事が大前提だから、失恋の曲はあるけど……ドロドロした感じのは無い。

 リスナーも、そんなの望んでないと思うし、ありふれた恋の歌やよくある応援ソングも、奏が歌うと……それだけで、違う歌になるんだ。

 本人に、その自覚は無さそうだけど……


 二人きりの状況に気が緩んでいたのだろう。タクシーの後部座席で肩に重みを感じた。


 ーーーーーーーーずるい……本人に、その自覚がないから余計にだ。


 肩に額を寄せて眠る彼女を起こす事はせずに、奏の家に着くまでの間、肩を貸してた。


 昨日、話していたとおり練習室を訪れていた。ギターを用意すると、ピアノの椅子に腰掛けたまま一足先に弾き始める。


 待ち遠しいな……今日は奏もギターを持ってくるって言ってたから、久々にギターの音色が重なるのか…………想像するだけで鳴るな。


 「miya、お待たせしました」

 「お疲れ、hana……さっそくギターで合わせるか?」

 「うん!」


 二人の音が重なり、心地よいハーモニーを生み出す。


 あーー……奏は、努力が出来る天才だ。

 water(s)は、みんなそうだと思うけど……特に奏には、敵いそうにない。


 ピアノでは伴奏を弾く事が多い左手が、今も速く動いていて…………アップテンポな曲でも、指先が綺麗に動いているんだ。

 それに、練習をサボっていないって、音を聴けば分かる。

 メンバーは、みんなそうだ。

 それだけ、音楽がすきって事なんだけど……たまに、こっちを振り向かせたくなる。


 視線を通わせながら、弦に触れる。その指先は、彼女の想いのままに動いているようだ。


 ーーーーーーーー本当……上手くなったよな……

 ギターを始めて、三年しか経ってないとは思えない程の腕前だし、声だって……


 澄んだ歌声が響く。透明度の高い声は、音階の幅が広い。

 顔がにやけそうになるのを抑えていた。


 真面目に練習はしてるけど、衝動的に抱きしめそうになるのは、もう……仕方がない。

 奏から放たれる音は、別格なんだ……


 彼女が鍵盤に触れる度に、心を揺さぶられていた事に気づく。


 ーーーー花が咲いたように、華やかな旋律。

 なんて声で、歌うんだよ…………

 ギターもピアノも……その歌声すら、奏が真摯に取り組んできた証だ。


 練習を終えた彼女は、高揚感を滲ませているようだ。彼はおもむろに彼女の手を取ると、そっと口づけていた。


 「ーーーー和也?」

 「ーーーー奏……ありがとう……」


 頬を赤くしながらも、まっすぐに見つめ返されて高鳴る。


 「あの……こちらこそ、ありがとう……」


 真意は半分も伝わっていないと思うけど、それでもいいんだ。


 ーーーーーーーー奏に出逢えてよかった…………


 呼び名が元の二人に戻り、左手を握ったまま、しっかりと抱き寄せる和也がいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ