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君のうた  作者: 川野りこ
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第7話 初恋

 夢のような一夜から、夏休みはすぐに終わりを告げた。


 当然のように学校が始まって、あれからseasonsには行けてないけど…………問い合わせが殺到しているらしくて、春江さんは嬉しい悲鳴だと言ってくれた。

 有り難い事に……それだけ、聴いてくれる人がいたって事だよね……

 五人でステージに立てたこと。

 アンコールの声がもらえたこと。

 そして…………デビューが決まったこと。

 そのすべてが夢みたいで……実感があるとすれば、親に同意書を書いてもらった事と、会社に集まる日が決まっている事くらい。

 デビューに向けての活動らしい活動は、何一つしてないから…………だから、余計に時間が経つと……やっぱり夢だったんじゃないのかな? って考えてしまうの。


 water(s)にとって大盛況の単独ライブだったが、奏にはその実感がないままだった。時間が経った事よりも、いつもと変わらないメンバーこそが、そう思わせる要因だったのかもしれない。


 夏季休暇が明けてからも、毎日のように練習室に残っていたが、それは奏にとって既にいつもの日常となっていた。

 そして、それよりも奏を悩ませる問題があった。


 講師の話に耳を傾けながらノートを取っていたが、窓の外に視線を移した。


 ーーーー和也は……どうしてるかな…………


 奏は放課後になると、一人で練習室に残っていた。和也が演奏研修旅行中だからだ。

 彼がいなくても練習を欠かす事はないが、さすがに三日も経つと寂しさが募る。


 学校が始まってからも、放課後や休日も時間の許す限り、みんなで練習する日々を重ねてきた。

 それが当たり前になっていたから…………余計に、淋しく感じるのかもしれない。

 せめて……kei達と毎日のように音合わせが出来ていたら、こんな風に思ったりしないのかな?


 奏はその想いに気づいていない。言葉にならない感情が渦巻いているだけだ。


 ーーーーーーーー早く……会いたいなーー…………


 溢れ出る想いをノートに綴っていく。曲を一人で仕上げられるほど、短期間で成長していた。

 残りの講義を意識半分で聞きながら、五線譜に書き記していく。


 …………帰ってきたら、一番に聴いてもらいたい。

 授業中に書いた曲は、まだ枠組みだけ…………和也が帰ってくるまでには、仕上げたいな……


 「一緒に帰るの久しぶりだねー」

 「うん」


 入学当初は綾ちゃんとよく一緒に帰ってたけど、water(s)に入ってからは、それも減った。

 必然的に居残りが、当たり前になっていたから……久しぶりに一緒に帰れるのは嬉しいけど…………話って何だろう?


 奏にしては珍しく早めの帰宅だ。練習室に寄らず、並木道を揃って歩いていく。


 「奏……アイス、食べていかない?」

 「うん、どれにしようかなー」


 残暑の厳しい毎日が続いている為、まだアイスがぴったりの季節だ。

 高校の近くにある公園のベンチに腰掛けた二人の手には、ソフトクリームが握られている。


 「美味しいねー…………そういえば綾ちゃん、話って?」


 なかなか切り出せない綾子に助け船を出す。買い食い自体が話を切り出すきっかけだと、分かっていたからだ。


 「うん……あのね…………この間の文化祭で……彼氏が出来たの……」

 「えっ……それって、前に言ってた……」

 「うん……佐藤だよ……」


 綾子の報告は、自分の事のように嬉しいのだろう。奏の頬も緩む。


 「おめでとう、綾ちゃん」

 「うん……奏は、そういう話ないの?」

 「えっ? 私?? 私はーーーー」


 それ以上、続く言葉が出てこない。


 ーーーーーーーーこんな時に…………和也の顔が浮かぶなんて……私…………


 自覚のなかった想いを、今まさに自覚しようとしていた。


 「…………すきな人なら……いる、かも……」

 「かも?」

 「今、綾ちゃんに言われて気づいた……」


 研修旅行中の和也に、数日会えないだけで淋しいと感じていたのは……単に、バンドメンバーだからじゃなくて…………すきだから……


 「それって、ミヤ先輩?」

 「……うん……よく分かったね……」

 「それは、あれだけ仲が良ければ分かるよー。ミヤ先輩に憧れてる子、クラスにも結構いるし」

 「そう……なんだ……」


 他人はたから見れば、奏と和也の関係はカップルのようで、綾子にも付き合っているように映っていた。

 一年の教室に上級生が来る事が珍しいだけでなく、二人の仲の良さは見るからに明らかだったからだ。


 「……付き合ってないの?」

 「うん……ここだけの話だけど…………バンド仲間だから、それはないかな……」

 「バンド仲間かぁー。でも、仲良く感じるよ?」

 「ーーーーありがとう……」


 笑って応えながらも、切なく感じていた。


 ーーーーーーーー和也には……えない。

 やっと、water(s)に馴染んできた所なのに…………私から……この関係を壊すことはできない。

 それに……和也の音を近くで感じられなくなる方が…………今は怖い。

 それならいっそ、気持ちに気づかない振りをして、そばにいる方を選んでしまう。


 臆病な自分に溜め息を吐きそうになり呑み込む。


 「そういえば、真紀ちゃんも彼氏が出来たって言ってたよね?」

 「そうそう、一つ上の先輩だってー。今日、待ち合わせするって言ってた」

 「そっかぁー……綾ちゃんも、佐藤と一緒に帰ってるの?」

 「うん」


 頬を染める綾子が自然と移る。恋バナで盛り上がり、帰路が寂しく感じる事はない。


 ーーーー早く和也に会いたいな…………

 綾ちゃんと佐藤みたいに、一緒にいるのが……そばにいるのが、当たり前になったらいいのに…………

 仲が良いって言ってくれたけど、それは仲間だから。

 miyaだけじゃなくて、kei達も、みんな音楽がすきだから…………だから、私達は音楽で繋がっているの。


 デビューの話を聞いても、まだ夢みたいで現実味がないけど…………みんなで音を創っていけるんだって思うと、叫びたくなるほど嬉しかった。

 まだ出逢って一年も経ってないのに、昔から一緒に音楽をってきたみたいな……そういう感覚に何度もなって……それくらい波長が合ってるんだと思うの。

 みんなも……少しでも、そう感じてくれてたら…………嬉しいな……


 ベッドの中に入ったが、携帯電話に手を伸ばした。自覚したばかりの想いで眠れそうにないほど、音が鳴っている。

 口ずさみ録音したまま、電気をつけた。


 薄れていた寂しさが押し寄せてくるように一日で仕上がった曲は、切なさを感じるマイナーコードになっていた。


 完成度の高さだけでなく、曲作りのスピードも、今ではmiyaに匹敵するモノだ。驚くべきはその成長速度だろう。貪欲に音楽を模索し続ける点については、五人の共通点でもあった。


 「ーーーーーーーー会いたい…………」


 溢れ出る想いが胸を締めつける。仕上がったばかりの曲に、潤みながら瞼を閉じた。願うのは、そばにいることだった。

 



 練習室では、一週間ぶりに和也がギターを弾いていた。演奏研修旅行で練習出来なかった期間も、ピアノに触れる事で乗り切ったようだ。


 「はぁーーーー…………」


 思わず大きな溜め息が出る。奏はクラスの用事があり、『遅れて行くね』と、携帯電話に連絡があったからだ。

 彼にとっても、一人きりは堪えたようだ。


 「ーーーー久々に会えるのに……まだかな……」


 本音が漏れているが、研修旅行の疲れもあったのだろう。ギターを置くと、椅子に腰掛けたまま眠りについた。

 頭の中では音が鳴っているようだった。




 今日に限ってついてない……早く、会いたかったのに……


 奏にしては珍しく廊下を走っている。少しでも早く彼に会いたくて急いでいた。


 和也はギターを弾いてるかな?


 予想に反し練習室の扉を開けると、椅子にもたれ掛かりながら瞼を閉じていた。

 そっと近づけば、小さな寝息が聞こえてくる。


 ーーーー寝てる……時差があったし、疲れてるのかな?

 明日は会社に行くらしいけど、大丈夫かな?


 和也の顔を覗き込むように、静かに見つめる。


 ーーーーーーーー私……和也がすき…………

 この人のつくる音が…………きっと、出逢った時から惹かれてた。

 そばにいられるだけで……それだけでいいなんて……嘘。

 近くにいると、欲張りになってしまう。

 音に触れる度……本当は、ずっと…………


 「…………すき……」


 あふれ出した想いを思わず手で覆った。

 そっと視線を戻すと、和也は眠ったままのようだ。奏は安堵したのだろう。その手はさらさらの髪へ伸びていた。


 「ーーーーん……」


 彼は夢を見ていたのだろう。寝ぼけながらも、頭を撫でられている感覚と、近くから感じる花の香りに、手を伸ばしていた。


 「!!」

 「んーー……」


 急に抱き寄せられた奏は、膝の上に倒れ込んだ。立ち上がろうとするが、強く腰を引き寄せられ動けない。


 「…………和也……?」


 急激に上昇する体温に、心音は忙しない。


 細い腰に触れる手と膝に乗る重みで目が覚めたのかは分からないが、耳元で囁くように呟いた。


 「…………すきだ……」


 奏は頬を真っ赤に染めながら、その場から動けずにいると、和也が目を覚ました。


 自分の状況に慌てながらも、赤く染まる頬に触れたままだ。今度は寝ぼける事なく視線を合わせ、はっきりと告げた。


 「……俺は……奏がすきだ……」


 彼の頬もまた、赤く染まっている。奏は小さく頷くと、まっすぐに見つめ返した。


 「……私……和也がすきだよ……」

 「…………奏……」


 そのまま強く抱きしめられていた。まるで離さないように、夢ではないと実感するかのように。


 頬に触れていた手が顎にかかり、そのまま二人の唇がゆっくりと重なっていく。


 「ーーーー奏……」  


 愛おしそうに呼ぶ声に、また鳴っている。


 「…………和也?」

 「……もう少し…………このままでいたい……」

 「うん……」


 頬を染めながらも小さく頷く愛らしい姿は、強く抱きしめられていた。


 心臓の音が、和也にも聞こえそうだけど…………私だけじゃないんだ……


 トクトクと、早鐘のように和也の音も聞こえていた。奏はほっと胸を撫で下ろし、そっと背中に腕を回す。


 「……和也……ありがとう……」

 「奏……」


 再び重なる唇に、ますます色づいていくようだ。


 「ーーーーーーーー和也、聴いてくれる?」

 「……うん…………」


 彼の居ない間に出来た切ない楽曲に、和也自身も同じような想いをしていたのだろう。また心を掴まれていた。


 二人は程なくすると奏で始める。和也のギターに合わせ、奏のピアノと歌声が響く。

 想いが通じ合った喜びからか、揃って放つ音色は甘い香りが残るような色っぽさが漂う。


 ーーーー和也……ありがとう…………

 私を見つけてくれて……みんなに出逢えていなかったら、私は歌っていなかった。

 ピアニストにもなれていなくて……ただ音楽がすきな大人になっていたと思うの。

 だからーーーー…………


 その日の帰り道、二人は初めてしっかりと手を繋いでいた。


 私ばっかり顔が赤くなってるけど……和也は平気なのかな?


 そっと見つめていたはずの彼と視線が合うと、奏はますます染まっていくが、それは彼も同じだったようだ。


 心音と一緒で、和也も緊張してるのかな……

 何度か手は握られた事はあるけど、その時と今では全然違う。

 あの時は導かれてばかりで…………今も変わらないかもしれないけど、手を繋いだだけで温かくなっていくみたい…………


 「もう着くのか……」

 「うん……和也、またね……」

 「うん、またな……」


 名残惜しそうに手が離れていく。


 いつものように手を振り分かれると、今の気持ちを携帯電話に綴った。


 ーーーーこんな時にも、音やフレーズが浮かんでくる。

 和也を想うだけで……音が溢れてくるみたい…………

 

 彼女が書き上げる事になったのは、今の想いのままの可愛らしい恋の歌だった。

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