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君のうた  作者: 川野りこ
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第59話 間奏

 後期の学科、実技試験を終えたばかりの奏は、和也と共にスタジオを訪れていた。新曲の音合わせの為だが、試験でのフラストレーションが溜まっていたのだろう。二人とも楽しそうに奏でている。


 「いい感じだな」

 「あぁー」 「そうだな」


 納得のいく音合わせが終わると、レコーディングの日取りを決めて解散となった。


 「今年もデビュー日は、またライブが出来るから楽しみだよなー」

 「うん! 三月が待ち遠しいね」


 今年は三月二十八日から二日間、東京ドームでライブを行う事が決まってる。

 選曲や準備はほとんど終わっているから、私達はリハを待つばかり……待ち遠しくて、仕方がないの。


 「毎年、思うけどさー……花見、したくない?」

 『したい!』

 「去年は大阪で桜を見たけど、そういえばレジャーシート敷いて花見って、五人でした事ないよな?」

 「うん、井の頭公園はよく行くけど……何処に見に行く?」

 「今年はツアーとかないし、何ヶ所か行けそうじゃないか? 井の頭公園と中目黒とか千鳥ヶ淵……あと上野公園が都内だと鉄板じゃないか?」

 「上野公園以外がいいな」

 「そうだね」


 ここは和也の意見に頷く。高校から通い慣れている事もあり、上野公園の桜は見慣れているからだ。


 「そうえば、東京ドームの近くでも見れるよな? 」

 「あぁー、播磨坂さくら並木かー……後楽園もあるけどな」

 「それそれ! 文京区のやつな! あとは新宿御苑とか代々木公園?」


 みんな都内在住だから、お花見スポットがすんなりと出てくる。

 桜の咲く頃が楽しみ……


 「開花してみないと分からないから、とりあえずお花見しようって事でいいか?」

 『賛成!』


 意見が合うと、そのままマスターの営む喫茶店に向かい、奏と和也の試験お疲れさま会が行われる事となった。




 授業に全力投球の彼女も、ライブが近づくにつれ頭の片隅に追いやったはずの音色が大きくなっていた。

 

 「俺、チケット買ったよー」

 「わーい! ありがとう、酒井」


 water(s)のライブチケットを、クラスメイトが入手した事に思わず頬が緩む。


 「俺も取れたから、拓真と見に行くよ」

 「樋口くんも?! ありがとう!」


 同じピアノ専攻にwater(s)のファンがいるなんて、本当に有り難い事だよね。

 二人がライブを見に来てくれる機会、多いかも……


 嬉しそうにしていると、詩織達が昼食を乗せたトレーを持って次々と戻って来た。彼らは二限目を終えたばかりだ。


 「この人数で食べるの、久々じゃない?」


 綾子の発言はもっともだ。奏、綾子、詩織、理花のいつもの女子メンバーに加え、酒井と樋口。そして、同じ専攻の阿部あべ金子かねこが、四人掛けのテーブルが並ぶ席に、男女別々に揃っていた。


 「明日から実質休みだよな」

 「そうだねー」


 四人ずつ座っているが、八人で会話を続ける。同じ専攻なだけあって気が合うからだろう。二限目が必修科目の場合は、よくある光景だ。


 「休み中、どこか行くの?」

 「俺はバイトかなー」

 「阿部っち、楽器店でバイトしてるんだよね?」

 「うん。たまに、拓真と潤が見に来るよなー?」

 「お金が貯まったら、欲しいギターがあるんだよ」

 「拓真がギター見て、テンション上げてるんだよ」

 「へぇーー、二人でストリートとかで演ってるんでしょ?」

 「まぁーな。ワンマンライブ出来るようになったら、ライブハウスに見に来てよ」

 「聴きたい! デュオ名は何て言うの?」

 「……ENDLESSエンドレス SKYスカイだよ」


 そう応えた樋口に微笑む。同じように組む二人に、親近感が湧いていた。


 「ENDLESS SKYかぁー……素敵な名前だね……」

 「そういえば、いつから組んでたんだ?」

 「高二に上がる前からかな……」

 「それで酒井と樋口は、入学当時から仲良かったんだねー」


 入学式初日に『音楽仲間』と紹介されたのは奏と綾子だけだったが、一同納得の様子だ。揃って練習室を利用する姿をよく見かけた事もあり、仲の良さは周知の事実であった。


 ENDLESS SKY…………終わりのない空、永久に続く空か…………きっと二人も、ずっと……音楽を続けていく人達なんだと思う。

 いつも音と真摯に向き合っているし……それに、何より……楽しそうに話すから…………こういう学校だから、音楽がすきなのは大前提にあるけど、それだけじゃないの。

 それ以上のモノを感じる気がするの……


 彼女の感じた通り、彼らも音楽がすきである。そして、その直感は当たっていた。ただ好きなだけではなく、二人はプロを志しているのだから。


 「hana、声出てるな」

 「あぁー、良い音」


 奏は、新曲"ライラック"をいつものようにミキサールームにいる彼らに向けて歌っていた。


 こうして、みんなの視線を感じる中で歌うのは緊張するけど、聴いて貰えるのは嬉しい。

 紫色のライラックの花言葉は、恋の芽生え……ライブのアンコールで披露する事になっている曲。

 想いは……増していくばかりで、鳴り止まないの。


 彼女はレコーディングの真っ最中だ。

 ヘッドホンを外して視線を移せば、いつものOKのサインが並び、安堵したのだろう。いつもの屈託のない笑顔を向けていた。


 「次のライブ、アンコールの時だけhanaがギターを弾くのはどうだろう?」

 「俺らは構わないよ」

 「かなり上達してるしな」

 「あぁー、良いんじゃないか?」


 和也の意見に三人とも異論は無いようだ。本人の意見を聞かずに急遽、彼女がアンコール時に“ライラック“と“バイバイ“の二曲のギターを担当する事となった。


 ーーーー嬉しいけど……私の音で、いいのかな?


 少し不安げな表情が出ていたのだろう。彼女の頭に優しい手が伸びる。


 「大丈夫だよ。奏なら……」

 「ーーーーうん……」


 不安になってたのが、バレてる…………ギターを弾けるのは嬉しいけど、あれだけ弾けるメンバーがいるのに……私でいいの? って、迷ってしまうの…………でも……


 「……見ていてね」

 「あぁー、勿論」


 覚悟を決めたような反応を、彼らも静かに見守っていた。その表情は、彼女の音に期待を寄せるように微笑んでいた。

 



 幸い学校が休みの為、奏はこの二曲のメロディーラインを手に馴染ませるべく、練習に取り組んでいく。


 “バイバイ“は、これまでも練習してきたから大丈夫そうだけど……問題は、新曲……これ考えたの誰? って、思うくらいハイレベルな事してるんだもん。

 でも、自分のモノにしたいし、そこは貪欲に手元を殆ど見なくても弾けるようになりたい。

 和也の無理難題はいつもの事だけど、それをすんなりと受け入れて貰えるのは……信じてるから…………私も自分を信じたい。


 メンバーとの信頼関係があってこその選択であった。


 弾き語りの音色は、一階にいた創にも届いていた。進化し続ける歌声に、彼は思わずテレビの電源を落とし、聴き入っていた。




 深く息を吐き出した彼女は、私服姿のままステージに立っている。


 「楽しみだな……」

 「miya、顔がにやけてるぞ?」

 「なっ……みんなだって、同じようなモノだろ?」

 「まぁーな」

 「あぁー、否定はしないな」


 視線の先にいる指先は、実に滑らかに動いている。会場に弦の音色が響き、リハーサルも終盤である。


 ーーーー大丈夫……自信をもって弾ける。

 あんなに練習したんだもの…………

 和也にもレクチャーを受けたし、音合わせにもみんなに付き合って貰った。

 音が重なっていても、聴き分けられる。

 この会場が、数時間後には埋まるなんて……不思議な感覚。

 瞳を閉じてても、感じるの…………


 空っぽの客席から、歓声が鳴り響く音が聴こえていた。


 「ーーーー上手いもんだな……」

 「佐々木さんから……見てもですか?」

 「それはな……音大生らしい的確さだけど、それに囚われない楽曲センスが、ずば抜けているからな」

 「本人達は、まだ納得してないみたいですけどね」

 「だろうな。底が知れないのしか、water(s)にはいないからなー……」


 プロデューサーである彼から見ても、語り継がれるような名曲を生み出していた。


 数時間後に始まるライブを待ち望んでいたのは、water(s)だけではない。このライブに携わるスタッフの誰もが、リハーサルを見て確信していた。鳴り止まない歓声が響き渡る事を。

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