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君のうた  作者: 川野りこ
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第58話 15の彼女と恋心

 一月の第二月曜日の朝、奏は行きつけの美容室で着物の着付けに、ヘアメイクを施して貰っていた。


 「はい、奏ちゃんは隣のスタジオで撮影ね」

 「はーい」


 いつも彼女の髪をカットしている美容師によるヘアメイクが終わると、アシスタントスタッフに隣にあるスタジオまで案内された。


 美容室は朝からフル稼働って感じ。

 堀内ほりうちさんも、着付けやヘアメイクで忙しそうにしてたよね。


 「はい、笑ってー」


 無言のまま、カメラマンの指示通りに動いていた。撮影に多少慣れていた為、スムーズに撮影は行われていった。


 「堀内さん、ありがとうございます」

 「奏ちゃん、楽しんで来てね」

 「はい」


 お礼を告げると、十時半から始まる成人式に参加する為、文化会館に向かった。

 会場は成人式に参加する艶やかな着物や袴姿、スーツ姿の人達で賑わっている。


 中学の友達は、一人も高校が一緒じゃなかったけど……三年二組で集まろうって、同窓会の案内メールが来てたんだよね。

 つるちゃんと裕子ゆうこちゃんに会いたいから、一応参加にしたんだけど……みんな、どこにいるんだろう?


 彼女は、手絞り刺繍で仕立てられた赤がベースの振袖を着ている。髪は綺麗にアップされ、着物と合った花飾りを付けていた。普段ヒールを履かない彼女にとっては、草履の厚みだけで背が高くなったような気がしていた事だろう。


 「奏!」


 振り向くと、中学三年生の時のクラスメイトが手を振っていた。


 「鶴ちゃん?! わぁーー、久しぶりー」

 「奏ー、元気だったー? さっき、まっちゃんとふっくんも、見かけたんだよー」

 「懐かしいね。裕子ちゃんは見た?」

 「それが、電話繋がらないんだよねー。同窓会には参加するって言ってたから、その時に話そう!」

 「うん!」


 懐かしいクラスメイトの鶴田つるたと共に、式典に参加する姿は、楽しそうであった。


 三年二組の同窓会は、ホテルの会場で立食のブッフェ形式で行われていた。カラオケが無料で出来る事もあり、既に酔っ払う男子が歌い賑やかだ。


 「裕子ちゃん、久しぶりー」

 「奏ー、元気だったー? 音楽学部だっけ?」

 「うん! 裕子ちゃんは、文学部だよね?」


 中学時代の仲の良い友人と話していると、元剣道部でもあり、クラスメイトでもあった松村まつむら福井ふくいが二人に声をかけた。


 「上原、岡本おかもと、久しぶりだな」

 「まっちゃん! ふっくん! 久しぶりー」

 「二人とも、変わってない」

 「岡本に言われたくないなー」

 「二人とも、綺麗になったな」

 「ふっくんは、相変わらず口が上手い」


 裕子とクラスメイトの変わらないやり取りに、奏からは笑みがこぼれる。


 「……上原?」


 そう呼んだのは、スーツ姿の長身の男性だ。


 「……えっ……中村なかむら?」

 「あぁー、卒業以来だから五年ぶりだな。久しぶり」

 「うん……中村、背が伸びたんだね」

 「高校入って、結構伸びたからなー」

 「最初、分からなかったよ」

 「俺はすぐに分かったよ? 上原、相変わらずだし」

 「どうせ、背が高いまんまですよー」


 軽口を叩いては、懐かしい想い出話に花を咲かせていく。五年も経てば変わった所もあるが、当時の学級委員だった幹事がマイクを使って呼びかける姿は、健在である。


 「これで同窓会はお開きになりますが、二次会に参加する人は残って下さいねー!」

 「最後に、また乾杯して終わるぞー! 乾杯!!」


 鶴田と福井の声かけで、三時間あった同窓会が終わりを告げた。


 「上原と岡本は二次会行く?」

 「私は行くー」

 「上原は?」

 「私は予定があるから、ここで帰るね」

 「奏、また会おうね」

 「うん!」

 「またなー、上原」

 「うん、またねー」


 クラスメイトと分かれると、ホテルのロビーで折り返し電話をかけていた。


 「もしもし?」

 『奏、成人の日おめでとう』

 「和也、ありがとう。これからマスターの所に、顔出しに行くね?」

 『分かった。後でな』

 「うん」


 振袖姿……和也、なんて言ってくれるかな?


 彼の反応を楽しみにしていると、再び声をかけられていた。


 「上原、ちょっといいか?」

 「中村? 二次会、行くんじゃないの?」

 「それは行くけど、その前に聞いときたくて……」

 「うん?」

 「今、付き合ってる奴いるの?」

 「うん……」

 「そっか……あの時、ちゃんと伝えてたら俺と付き合ってたか?」


 ーーーーあの時……中学卒業より、更に一年前。

 中学二年の合唱コンクール。

 中村が指揮者で、私が伴奏者だった。

 元々、生徒会役員をするような中村は文武両道で、学年でも人気があった。

 すきになったけど、それだけ…………両想いだったみたいだけど、付き合う事はなかった。

 お互い別々の高校に進学する事は決まっていたから、想いを伝えただけに終わった恋。


 「……どうだろう……でも、続いてなかったと思う」


 はっきりと告げる姿に迷いはない。


 成人式がなかったら、同窓会にはきっと参加しなかったと思うし。

 あの頃は、伝えるだけで精一杯で、付き合いたいとか……そんな事まで考えられなかった。

 剣道とピアノと……私は、いつも目の前の事で手一杯だったから…………高校でみんなと……和也と出逢ってから一変したの。

 すぐ目の前の事に手一杯になるのは、あんまり変わらないけど……


 彼には少なからず後悔があったが、彼女にとっては淡い想い出だったようだ。


 「引き止めて悪かったな」

 「ううん……中村、元気でね」

 「あぁー、上原も元気でな」

 「うん」


 彼女がロビーを出ようとすると、柱の影にあった椅子から声がかかる。


 「……奏、お疲れ」

 「和也!」


 とびきりの笑顔を向けたが、反応の悪さに気づく。


 「……今の聞いてた?」

 「うん……中学時代の奏にも会いたかったなー」


 態と大袈裟に嘆く和也の耳元で囁く。


 「ーーーー付き合ったのも……全部、和也がはじめてだよ?」


 ーーーーそう……全部、はじめて…………和也と出逢って、はじめて知る感情ばかり。


 彼女から手を握ると、二人は並んで喫茶店に向かった。


 喫茶店では、圭介、明宏、大翔の三人が、妹の成人を祝うような気持ちで待っていた。


 「奏、おめでとう」

 「振袖、似合うなー」

 「うん、可愛い!」

 「みんな……ありがとう……」


 そういえば、和也はどう思ったんだろう。


 奏が反応のなかった彼に視線を移すと、愛おしそうな眼差しに気づく。


 「ーーーー綺麗だよ……」

 「……ありがとう」


 頬が急激に染まり、その反応は歴然だ。他の誰に言われるよりも嬉しかったのだろう。彼の言葉にだけ反応していた。


 「じゃあ、奏の成人の日を祝して乾杯!」

 『乾杯!』


 ここで、初めて飲むお酒。

 少しだけ、大人になった気分。

 少しだけ……みんなに近づけた気分…………


 アイリッシュコーヒーで乾杯をする中、初めて飲むコーヒーの味と嬉しそうな笑顔に表情が和らぐ。


 「……美味しい…………」

 「奏は意外と飲めるよなー」

 「あぁー。今度、飲み比べとかしてみるか?」

 「うん!」


 みんなにお祝いして貰って、私は幸せ者だよね。


 艶やかな着物姿の彼女は、彼らと楽しそうな笑顔で写真に収まっていた。


 ーーーー中学の頃とは違う。

 今の私には、ずっと……そばにいたい人がいるの。

 あの頃の私に教えてあげたい。

 今、歌ってるんだよ……って。


 和也と並んで座る中、ピアノの音色が響く。祝福のような明るい曲を弾く彼らの音色に、彼女は耳を傾けていた。

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