第57話 スウィートタイム
ロッカーに教科書を入れると、奏はカフェテリアに向かった。二限目が終わったのだ。
「奏、こっちー」
「綾ちゃん、お疲れさまー」
テーブルにはクラスメイトが集まっていた。
「奏、この間の深夜の歌番組見たよ」
「詩織ちゃん、ありがとう」
「私も見たー。ピアノの弾き語り、めっちゃ良かったよー」
「理花ちゃん、ありがとう……」
彼女は少し照れた様子で応えている。
深夜の歌番組は、観覧客ありのステージだったから ……あんなに近距離の演奏は、いつも以上に緊張するけど……楽しかった。
また……みんなで、出たいな…………ファンがいると思うと、それだけで力に変わる気がするの。
聴いてくれる人がいるって、有り難い事だよね。
目の前にいる友人にも感謝していた。リスナーがいて成り立つ職業だと、分かっているからだ。
「奏は、成人式の前撮りした?」
「ううん。当日、写真も撮る事になってるけど、みんな前撮りしたの?」
「したー! 写真見るー?」
「見たい!」
来年の一月に迎える成人式の話題で盛り上がっていると、すぐに授業が再開である。
みんなと話してると、休み時間が早く終わっちゃう。
メンバーとは違うけど、音楽仲間である事には変わりないから……
彼女にしては珍しく集中力が欠けていた。すでに放課後へ気持ちが向いていたからだろう。思わずノートに歌詞を書きそうになっていた。
ーーーー今日は大切な日だから、着替えてからいかないと…………楽しみにしてくれてるといいな……
「ミヤー、今日飲み会あるけど行けるかー?」
「俺はパス。また明日なー」
「あぁー、またな」
和也はクラスメイトと分かれ、待ち合わせをしたレストランを訪れていた。
「……和也、お疲れさま」
「お疲れ……すごい眺めだな」
「うん」
窓際の席という事もあり、都心の夜景が一望できる。まさに綺麗な眺めが広がっていた。
奏からレストランに行くと言われていた為、和也はジャケットに、スラックスと綺麗目な格好だ。そう言った本人も、総レースが綺麗なワンピースを着ていて、ドレスアップした装いである。一瞬の間は、お互いに見惚れていたからだろう。
「予約してくれて、ありがとう」
「今日は和也の誕生日だからね」
シャンパンで乾杯をすると、コース料理が運ばれてきた。メインは肉好きな彼にぴったりの和牛のステーキだ。
「美味しいな」
「よかったー」
「このソースとか、何だろうな?」
「バルサミコ酢、使ってそうじゃない?」
「バルサミコ?」
「うん、たぶん……」
「奏は料理も詳しいよなー」
「そうかな? お母さんが料理上手だからね」
「そうだったな。奏も料理するんでしょ?」
「最近は、お手伝い程度しかしてないよ。お正月は毎年お節を作るけど、重箱に詰めるのが楽しいかな」
「そういうの、すきそうだよなー」
話をしながら、ゆったりとした時間が流れる。
デザートはそれぞれのプレートの他に、三号サイズの小さなホールケーキがテーブルに置かれた。ローソクはないが、お皿にはチョコレートでHappyBirthday KAZUYAと書かれていた。
「和也、こっち向いてー」
「あぁー」
ホールケーキの皿を持って、写真に収まる和也は笑顔だ。そんな彼の様子に、頬を緩ませる。
二人で撮った写真には、幸せそうな奏と和也が夜景をバックに写っていた。
ホテルに着くと、予め用意しておいたプレゼントを和也に手渡した。
ーーーー喜んでくれるといいんだけど……
「お誕生日おめでとう!」
「奏、ありがとう……すっごく、かっこいい!」
「よかったー……」
和也は嬉しそうに、さっそくパーカーを着てみせる。彼の好きなブランドは熟知済みだが、渡すまでは毎回のようにドキドキしていた。
「どう? 似合う?」
「うん……かっこいい……」
彼の笑顔に、笑みが溢れる。
「明日、学校じゃなかったら遠出もしたかったなー」
「また、今度行こうな?」
「うん……これからもよろしくね」
「……こちらこそ、よろしくな」
優しく抱き合っていると、真っ直ぐに彼を見つめた。
「……和也、おめでとう」
「ーーーーありがとう……」
柔らかな笑みに、彼は手を伸ばしていた。それが合図になったかのように唇が重なり、徐々に舌を絡めるような深い口づけに変わっていく。
彼女は応えるように腕を伸ばしていた。
触れ合ってるだけじゃ足りなくて、欲張りになっている自分に気づかされる。
いつだって……叶うなら、ずっと和也のそばにいたいとか……願ってしまうの。
離れ難いように、彼の髪を撫でる。二人はベッドの上で寄り添っていた。
人目がある場所では、手を繋いで歩く事も減った。
water(s)である時は、ライブの後とかは、抱き合ったりしてるけど、それは仲間だから…………一番の音楽仲間で、一番の理解者で、目標で……大切な人……
よく、愛してるとか歌であるけど……伝えられないからこそ、あるんだと思う。
そんな真っ直ぐに言える人なんて稀で……だからこそ、伝えたくなる。
一緒にいられる事が、当たり前じゃないって分かっているから……
「…………和也……」
「ん?」
「……すきだよ」
突然の告白に、彼にしては珍しく頬を赤らめる。真っ直ぐに告げられ、心が鳴っていたのだ。
「ーーーー奏……」
耳元で囁くように告げられた言葉に、真っ赤に色づく。
「……すきだよ……」
「ーーーーずるい……」
「どっちが……先に煽ったのは、奏だからな?」
「そんな…ん……」
深くなる口づけに応えるように、背中に手を伸ばせば、お互いを確かめ合うように重なっていた。
珍しく和也が先に目を覚ました、彼の隣には小さな寝息をたてる彼女が肩を出していた。
「ーーーーありがとう……」
長い髪にそっと触れれば、同じシャンプーの香りが広がる。しばらく余韻に浸っていると、奏が身動ぎ、目を覚ました。
「ん……おはよう……」
「おはよう、奏」
「もう、用意しないと?」
「まだ七時前だから、大丈夫」
そう告げて、素肌に手を伸ばす。
「……っ、和也、時間!」
「んーー? まだ大丈夫だろ? ここから学校近いし」
キスが頬に、首筋に、胸元に、落とされていくと、そのまま二人は時間の許す限り、ベッドで甘い時間を過ごす事となった。
心の中で、同じ事を想う彼女がいた。
ーーーーお誕生日おめでとう……和也…………同じ時に生まれてきてくれて、ありがとう。




