*番外編*何色にでも染まれる
昨年、和也はピアノのコンクールに出場する事となった。奏と同じように受賞した彼の見た景色とは…………
オーケストラと共演を果たし、クラシック調のコンサートをする事になった彼の夢と想いが詰まったお話。
コンクールか…………事の発端は、数分前の講師の一言だけど、興味は前からあったんだよな。
俺は今まで一度もコンクールに出場した事がない。
他のメンバーは、みんな受賞歴がある。
唯一出たといえばピアノ教室の発表会くらいだし、暗譜したけど、それだけ……なんだよな。
腕試しって言ったら、おこがましいけど……何処までやれるか試してみたいって…………俺のピアノが、何処まで通用するか…………
それに……奏はピアノのコンクールで優勝した事あるのに、俺も一つくらいは欲しいっていうのも正直あった。
でも……自信があった訳じゃないから、奏には言えなかったな。
コンクールはこっそり受けるつもりだったけど、圭介達にはすぐにバレた。
珍しくピアノばっかり弾いてれば、それは分かりやすいか…………みんなと演る時は大抵ギターだから。
奏ほどピアノの上手い人は、そうはいない。
ピアノ専攻の俺でさえ思うんだから、講師の目から見たら一目瞭然なんだろうな。
しかも、ただ上手いだけじゃない。
奏のピアノが滑らかなのは、日頃の練習の賜だ。
一日も欠かす事なく、弾き続けてきたからこその音色だ。
俺にとって一月のオケとの共演は、かなり貴重な体験だった。
プロの音は、それだけで学生とクオリティーが違う。
耳に残る音がするし、心にも残る響き方をしてるって思ったけど……耳にも、心にも残るなら、俺達だって負けてない。
圭介も、明宏も、大翔も……その全ての音色が、いつだって響いて、離れられない。
それは、奏だって同じだ。
あの日……奏の音を聴いた時から、心が掴まえられているんだ。
ーーーーーーーー今も…………
彼の視線の先には、ドレス姿の彼女がピアノを弾いている。その指先は滑らかに動き、多彩な音色を放っていた。
音が違う……響きが、他とは明らかに違うんだ。
同じピアノを使っているのに、こんなに違うなんて…………鳴り止まない拍手とか、コンクールである賛辞じゃないだろ?
普通は、ライブで観客が送ってくれるような感じなのに……奏は、ここを自分のステージに変えたんだ。
本当……奏には驚かされてばかりだ…………迷っても、立ち止まっても……必ず歩き出す。
奏は、いつだって自分で道を見つけ出すんだ……
あーー、抱きしめたい。
そんな顔、見せないで欲しい。
いつだって独り占めしたいって思う反面、奏の歌を……その音色を、世界中に響かせたいって思ったりしてる。
舞台に立つ彼女は、トロフィーと賞状を持ったまま、晴れやかな笑顔を見せていた。
ーーーーーーーー敵わないな…………
奏は、俺と同じ景色を見てる気になってるだろうけど……俺からしてみれば、奏と同じ景色をやっと見れたって、感じだったから…………聴衆賞も優勝も……奏なら受賞するって、確信だけはあった。
本当に、受賞したんだな…………あれだけ練習すれば、奏なら当然だけど……
だから、クラシック風のコンサートを二日間する気で、スギさんに来て貰ってたんだし。
誰も奏が受賞しないとは思ってないしな。
っていうか、こんな事しなくても会場の確保は出来るらしいけど……water(s)御殿の為に、貯めたいし。
大学卒業したら完成させたいって思ってるから、それまでに出来る事は何でもしたい。
触れた事のない音楽に触って、掴みたい。
いつも心を鷲掴みにされてるから…………俺だって、いつも奏が憧れてくれるような自分でいたいんだ。
実際のその日になると、緊張感は増すな…………
今までだって、ヴァイオリンやチェロの弦楽器の伴奏で合わせた事はあるけど……ここまでフルのオケと合わせるのは、ピアノで共演して以来だし。
歌う奏にとっては、初めての試みだ。
指揮者がいるから纏まりやすいけど、メンバー以外の人と合わせるって……かなりの神経を使う…………でも、楽しみだから仕方がない。
違う音に触れると、新たな発見があるし、また音が溢れてくるから……
それに……何処で演ってたって、メンバーの音は聴き分けられる。
water(s)の音は絶対だ。
どんなに曲調を変えても、これだけは変わらない。
その名の通り、無色透明変幻自在。
何色にも染まれるけど、何色にも染まらない。
そんな確かな音楽性を確立してるって、自負してる。
ーーーーーーーーこんな景色……みんなとじゃなきゃ見れないよな……
彼の目の前では、指揮者と握手を交わすhanaの姿があった。言葉少なに交わす中、会場からはスタンディングオベーションが沸き起こっていた。
演りたい事は、この数年で出来るようになった。
でも……彼女の可能性を知る度、欲張りになってしまう。
次の音を探してしまうんだ…………観客から注がれた拍手が、耳元にまた残ってる。
「……楽しかったな!」
それが率直な想いだった。
みんなと抱き合う中、どうしたって視線は奏に向いてしまう。
いつだって、引き寄せられる。
「miyaーー!」
「ーーーーっ、hana……」
テンションの高いまま抱きついてきた彼女は、いつもとは違う服装だ。抱きしめる手には、無意識に力が込もる。
オフショルダーの白いドレスを着てる奏は、まるで花嫁みたいだ……
あーー、分かってないよな。
そんな格好で抱きつかれたら、触れたくなるだろ?
「miya?」
可愛い顔して、こっちを見てくるから、額をそっと触れ合わせた。
「ん……耳に残ってるよ」
「……うん」
タイミングを見計ってたかのように、シャッター音が向けられる。
「aki、いい写真撮れてるじゃん!」
「だろー?」
「えっ?!」 「aki、俺に送っといて」
「了解」
「ちょっ、miya?!」
「hana、可愛く写ってるから大丈夫」
「hiro、そういう問題?」
「ほら、着替えるぞ? 明日もあるんだからな」
『はーい』
明日に備え、衣装から私服に着替えていく中、akiがグループに送った写真には、幸せそうに額を寄せ合った二人が写っていた。
ーーーー俺……こんな顔してたんだな…………
奏といる時は、いつだって鳴ってるけど……今日みたいな日は、特に…………また明日も演奏出来るって思うと、それだけで鳴る。
待ち遠しくて、仕方がないんだ。
昨夜と同じ場所で彼らの音色が響けば、観客を一瞬で魅了していく。
あーーーー……終わって欲しくない。
もっと……ずっと、続いて欲しい。
オケの音も、いつものwater(s)の音も……奏のピアノの音色も……観客が感動して、泣いているのが分かるし、伝わってくる。
奏の音は……直接、心に届くから…………どんな色に染まっても、奏は……奏だ。
そして、それはwater(s)も同じなんだ。
スタンディングオベーションが沸き起こる中、彼女の瞳は潤んでいた。
ーーーー聴いてくれて、幸せだとか思ってるんだろうけど……分かってないよな。
それは奏だから、出来てる事なんだって……
ドレス姿のまま抱きついてきた彼女を、強く抱き寄せる。
奏の鼓動が伝わってくる。
俺と同じで、鳴ってるんだ……
「ーーーーmiya……楽しかったね」
「あぁー、そうだな……」
思わずキスして、触れてしまいそうになるくらい……心を動かされる。
楽しかったと言えるだけの強さを、俺達は手にしている。
そう、そこまで来たんだ……
いつものように喜び合う彼は、先を見据えていた。
今年の夏は特別な機材も何もない場所だけど、リスナーがいない場面は想像もつかない。
water(s)の音を響かせたいんだ……
彼女の右手にそっと触れて微笑む。五人での旅行が待ちきれないのだ。
ーーーーーーーー奏が歌う姿が見える。
空も見えるような広いステージで、五人の音が重なる瞬間を夢に見ない日はないんだ。




