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君のうた  作者: 川野りこ
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第51話 ピアノ協奏曲

 ーーーーーーーー本番五分前。

 会場は六百五十席、全てが埋まっている。

 五人はいつものように円陣を組むと、重ね合わせた右手を掲げた。


 「行くぞ!」

 『おーー!!』


 気合い満タン。

 仮眠したから気分もすっきりしてるし、心が軽い。

 待ちわびた瞬間が、来たんだ…………


 会場にはチューニングの音が響いている。water(s)は一刻も早く幕が上がって欲しいと思っていた。その証拠に口元が緩む。

 それは彼らだけでなく、オーケストラの団員にとっても待ちわびた瞬間が訪れようとしていた。リハーサルでも感じた音色に、すぐにでも会いたかったからだ。


 「こんばんは……本日は、クラシック調のコンサートにお越し頂きありがとうございます。最後までお付き合い下さい」


 keiのいつもとは違う落ち着いた口調が始まりの合図となり、揃って視線を指揮者に向ければ、タクトが振り下ろされる。

 壮大な音色を背中に受ける彼女に、視線でのやり取りは皆無だ。ただマイクスタンドの前に立ち、遠くを見つめ声を出した。


 今日はオーケストラに合わせ、ドレスアップした装いだ。

 観客の中にはwater(s)のファンだけでなく、共演のオーケストラが好きな者もいるだろう。またクラシック調のコンサートに興味はあるが、期待外れだと思われる場合もある。下手すれば、もう聴きたくないと思う者もいるかもしれない。そんな中での演奏はwater(s)にとってチャレンジとも言えるが、出だしの好調さからも不安な要素は一つもない。彼女の歌声は変わらずに健在である。


 「ーーーーーーーーこれは、また……化けたな」

 「……佐々木さん、褒めてます?」

 「褒めてるよ……スギは、こうなる事を分かってたのか?」

 「まさか……分かっていたのは、彼らの方ですよ…………きっと……」

 「……そうか…………」


 視線を戻し、佐々木は想い返していた。まだ未成年だった彼らが一際強い輝きを放っていたと。初めて聴いた時の衝撃は今も続いていた。一流と呼ばれる彼もまた、water(s)の虜の一人である。


 マイクを握り、しっとりと歌い上げる彼女に、数時間前までの緊張の色はない。澄んだ声と壮大な音色が会場を包み込んでいった。


 ーーーーこんな音まで出せるんだ…………リハで分かってはいたけど、何度聴いても……心に響く。

 まっすぐに届くから……一人でも多くの人に届いてほしい。

 これが、water(s)の音色だって…………


 普段のライブでは動き回る事が多い姿も、プロジェクションマッピングのような立体感のある演出もない。数少ないトーク場面にメンバー紹介をしていたが、それすらもないのだ。


 観客は続いていく彼らの世界に、ただ酔いしれていた。

 オーケストラの音色に負けないくらいの強さを声が秘める。捉えて離さないかのように。


 「…………これより、二十分間の休憩になります」


 前半の曲が終わり、keiがアナウンスすると、客席から拍手が送られていた。


 観客が圧倒される中、ステージは開演前のように幕が下りていく。

 手早く配置替えが行われ、グランドピアノが客席から見て左側に移動する。後半の演奏で使用するからだ。


 足早に控え室に戻ると、僅かな休息と着替えを行なっていく。男性陣はグレーからブラックスーツの為、そこまで変わり映えはしないが、hanaはライトグレーから白いドレスに変わっていた。


 「hana、綺麗だな」

 「……本当?」

 「あぁー、写真撮っとくか?」

 「五人で写そうか?」

 「スギさん、お願いします!」


 何とも緊張感のない会話だが、自然体でいられる事はこの場においては長所だ。揃って仲良く収まる様子に、杉本から笑みが溢れる。初めてのクラシック調のライブにも関わらず普段と変わらない姿は、尊敬に値するだろう。


 二十分にも満たない短い時間に間食するメンバーもいるが、彼女は喉を癒すべく蜂蜜キャンディーを舐めていると、すぐに開演となった。


 控え室で再び円陣を組み、後半もより良い演奏をすると誓う。


 幕が上がれば、前半とは違う配置に客席から声が漏れる。ステージに現れたwater(s)の編成が変わっていたからだ。

 彼女は腰掛けると、メンバーから指揮者に視線を移した。


 観客の期待を他所よそに、音は流れていく。ピアノを弾きながら声を出す姿に、高鳴らないはずがなく、感嘆の声が上がる。


 ーーーーーーーーいつもの倍以上に、神経はすり減るけど……められない。

 プロのオーケストラと共演出来る機会なんて、この先も……あるかどうかなんて、分からない…………こんなに音が混ざり合っていても、みんなの音は聴き分けられる。

 …………呼吸。

 一瞬入る切ない音。

 タッピングの癖。

 いつも、今の最大限を発揮しているから…………


 会場からスタンディングオベーションが沸き起こる。ステージにいる彼らに向けて、最大限の賛辞が送られていた。


 メンバーに視線を戻せば、同じような高揚感が滲んでいると分かる。新しい事に挑む度に残るのは、達成感だ。


 椅子から立ち上がり、舞台中央で指揮者と握手を交わせば、歓声が鳴り響く。微笑む姿に緊張感はない。

 

 「……吉川さん、ありがとうございました」

 「ーーーー素敵な演奏だったよ」


 吉川の握った手には力が込められていた。鳴り止まない歓声に、ベテランの彼でさえも高揚を抑えきれずにいた。


 「……ありがとうございます」


 一瞬だけ驚いた表情を浮かべ、すぐに綻んでいく彼女に、明日の舞台にも期待を寄せる指揮者ら、音楽家がいた。最大限の賛辞は、観客からだけでなく、団員達からも送られていたのだ。


 早鐘のように、心臓が鳴ってる…………みんなの気分も高揚しているのが、私にまで伝わってくるみたい。

 観客から注がれた拍手が、耳元でまだ鳴っていて……


 「……楽しかったな!」


 控室に入るなり、抱き合う。


 「うん、お疲れさまー!」

 「お疲れー!」

 「明日も演れるな!」

 「あぁー!」


 ハイタッチを交わす瞳は、次のステージを既に待ち遠しく感じているようだ。

 抱き合う中、彼女に熱い視線を向ける姿があった。


 「miyaーー!」

 「ーーーーっ、hana……」


 テンションの高いまま抱きついた彼女は、いつもとは違う服装だ。抱きしめるmiyaの手には、無意識に力が込められていた。オフショルダーの白いドレスを着た彼女は花嫁を連想させていたのだ。


 「miya?」

 「ん……耳に残ってるよ」

 「……うん」


 彼女の額にmiyaの額がそっと触れれば、シャッター音が向けられていた。


 「aki、いい写真撮れてるじゃん!」

 「だろー?」

 「えっ?!」 「aki、俺に送っといて」

 「了解」

 「ちょっ、miya?!」

 「hana、可愛く写ってるから大丈夫」

 「hiro、そういう問題?」

 「ほら、着替えるぞ? 明日もあるんだからな」

 『はーい』


 明日に備え、衣装から私服に着替えていく中、akiがグループに送った写真には、額を寄せ合った仲睦まじい二人が写っていた。


 ーーーーーーーー私……こんな顔、してたんだ……


 幸せそうな横顔に自然と綻ぶ。ライブ直後の高揚感よりも、穏やかな空気が流れているようであった。

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