第45話 終わりと始まり
「それではレコード大賞、最優秀賞の発表です……」
ノミネート曲の演奏が終わり、彼らだけでなく出演者は発表の時を待っている。
「……water(s)で、“カラフル”!」
周囲の視線が注がれ、スポットライトに照らされている。拍手が沸き起こっている中、驚いて声の出ない彼女の手は取られ、再び壇上に戻っていく。
ーーーー本当に?
ノミネートされただけでも名誉ある事なのに……本当に……受賞したの??
奏はまだ自身に起きている事に、頭が追いついていないようだ。
「それでは、歌って頂きましょう! water(s)で、“カラフル“」
手を差し伸べていた和也の囁いた言葉で、我に返っていた。
「夢じゃないよ……」
周囲を見渡せば、微笑む顔が並ぶ。彼女もそれに応えるように、声を出した。
最優秀賞を受賞した者だけが、再び歌う事が出来るのだ。涙が溢れそうになるのを堪え、彼女は最後まで見てくれている人に、聴いてくれている人に、そしてメンバーに届くように歌っていた。
「はぁーー、奏すごいな……」
「創もこの間、優勝してたじゃない」
上原家では娘の勇姿を応援すべく、家族揃ってテレビを見ていた。普段の奏とは違う彼女の姿が、映し出されている。
「water(s)といる時、楽しそうにしてるな……」
「そうねー……奏は小さい頃から歌が好きだったけど、本当に歌手になったのねー」
「あぁー、そうだな」
父と母にとっては、感慨深いものがあったのだろう。放送が途切れる瞬間まで、画面に映る娘の姿を見つめていた。
トロフィーとか花束とか、コメントは圭介がしてたみたいだけど、一つも覚えてない。
ただ和也の言葉で……もう一度、歌えたことだけが心に残ってる。
生放送を終えたばかりの彼らは、控え室で脱力していた。
「皆、おめでとう!」
「スギさん、ありがとうございます」
杉本は二年連続で受賞した快挙に喜んでいた。
「皆、どうしたの?」
「何か……現実味がなくて……」
「ノミネートだけでも有り難い事なのに……」
「ーーーー夢みたい……」
彼らの口にする言葉は、自分達が受賞した事が未だに信じられないようだ。
「でも、これでまた売れればwater(s)御殿を作れるんじゃないかい?」
「あぁー、和也の夢の一つか」
「専用のレコーディングスタジオですね」
ーーーー確実に……和也の夢は、叶ってる。
叶えていってる……って、言った方が正しいのかもしれないけど…………いつかのピアノを置いたり、いつでも音を出せる場所を、本当に作れる日が来るんだ……
彼女が人知れず感動していると、和也が口を開いた。
「……そうだな。その時は、みんなの意見も聞くから、よろしく」
「あぁー」
「勿論」
「楽しみだな」
次々と応えるメンバーに、彼女も微笑む。
「……専用のレコーディングスタジオが、出来る日が待ち遠しいね」
「hanaは、あのピアノ希望でしょ?」
「うん……」
以前は果てしなかった夢が、現実味を帯びていく。
夢が……また一つ、現実に近づいていく度、water(s)の存在が認められていくみたいで…………
「……頑張ったな」
和也に手渡された大きな花束に、彼女は微笑んだまま顔をうずめる。視界がぼやけているのは、花との距離が近すぎるからではない。涙が溢れているからだ。
「hana、よく最後まで歌いきったな」
「あぁー、よくやったなー」
「楽しかったな」
「ーーーーうん……」
次々と頭を撫でられる中、頬をつたう涙を拭うのは和也だ。
「hana、最高だったよ」
「ーーっ、ありがとう……」
「あーー、更に泣かすなよー」
「hana、大丈夫か?」
「……うん」
瞳に涙を溜めたまま、彼女も笑顔で応える。新人賞から続けて大賞を受賞した快挙に、彼らは喜び合っているのだった。
「ラーラー」
「……行けそう?」
「うん!」
奏はペットボトルの水を、ストローを使って飲んでいる。まもなく本番の為、彼らは白い衣装に身を包んでいた。舞台袖でいつものようにハイタッチを交わすと、観客や審査員がいる席に向かってスタンバイしていく。
「それでは赤組は、water(s)で“カラフル”!」
司会者の曲紹介が終わると、明宏のドラムスティックを合図に演奏が始まった。
ーーーー“モノクロの世界も君がいればカラフルに染まる“。
そんな存在にwater(s)が、少しでも近づけるといいな……BGMみたいな存在に、なってくれていたら…………より多くの人に、届けられるのかな。
拍手喝采の中、揃って一礼して舞台を去ると、用意された楽屋に戻っていた。
「ここ最近、白組が勝ってるよなー」
「そうだな。出たからには、赤が勝ってほしいけど」
和也の相変わらずな発言に、彼らは笑っている。
「皆、カウントダウンミュージックのトップバッターだから、あと三十分くらいで出るよ?」
「はーい」
「あっ、今渡しとくか?」
「あぁー。じゃあ、代表してhanaから!」
「う、うん! スギさん、年内ギリギリになっちゃったけど、いつもありがとうございます。クリスマスプレゼントです!」
彼女が代表して杉本に差し出したのは、五人で出かけた際に選んだプレゼントだ。
「わぁー、ありがとう」
「スギさん。今回は帰ってから、彼女さんと開けて下さいね」
「うん、hana。皆、ありがとう」
杉本の笑顔が見れて、安心する一同である。
彼らにとって今年の年末年始は、まさに音楽で終わり、音楽で始まる年となった。
先程とは違う白い衣装に身を包んだ五人は、いつものように重ね合わせた右手を掲げ、ハイタッチを交わしていく。
ーーーーさっきも鳴ってたけど……また、強く鳴り響いてる。
「こんばんはー! water(s)です! 今年もあと少し、盛り上がっていきましょう!!」
圭介の声に反応するように、客席から一際大きな歓声が上がる。
胸が高鳴っているのが分かる。
…………止まらないの。
この一瞬の為に、歌ってるんだと思う。
『……3、2、1、Happy New Year!!』
紙吹雪が舞い、会場のボルテージも最高潮だ。
年が明けても、彼女は歌い続けていた。ステージに立つ彼らの音を感じながら話すように歌っている。
客席には、瞳を潤ませる人の姿があった。生の音に、彼女の歌声に、感動したのだろう。彼らは演奏する度にリスナーを増やしていた。それは、water(s)が本物だったからに他ならない。
一際強い輝きを放つ澄んだ歌声が、会場を魅了しているのであった。




