第44話 彩り
大学の授業を終えた奏は、練習室を訪れていた。これから休みに入る為、年内最後の練習室での音合わせを行なっている。
「今、撮ったの聴いてみようか?」
「うん」
iPadで撮影した動画を、揃って客観的に見ていく。この作業風景はデビュー前と変わっていない。
「うん、これでレコ大と紅白の"カラフル"は、OKだな」
「あぁー」
「そうだな」
全員からOKのサインが出た所で、音合わせは終了となった。時刻は午後七時を過ぎている。
「鍵返してくるから、校門で待ってて」
「分かった」
「お願いします」
圭介が鍵を戻し終わるのを待って、久しぶりに五人での下校となった。
「お腹空いたなー」
「この間、行った純豆腐食べたい」
「行きたい!」
「和也は肉がいいか? 焼肉も食べれるぞ?」
「うん、両方食べる」
駅前のビルにある韓国料理店に揃って入る。圭介達は冬になると、毎年一度は食べに来ている店だ。牡蠣が入った季節限定の純豆腐がお気に入りである。
「私も牡蠣にするー。和也は決まった?」
「俺も牡蠣と、この焼肉のセット」
「飲み物は? 奏はウーロン茶?」
「うん!」
「奏、嬉しそうだな」
「唐辛子系、最近控えてたから嬉しくて」
「あーー、喉がイガイガするって言ってた時、あったもんな」
「うん。もう治ったから、大丈夫だよ」
デビューしてからは、特に体調に気をつけるようになった。
喉の調子は、歌手にとって重要だから……
それに…………常に万全の状態でいたいし、ライブも控えてるから……
彼女は普段から乾燥しないように気をつけている為、滅多に風邪をひかなくなっていた。
「美味しい」
「ん、温まるなー」
「あぁー、熱いくらいだな」
彼らの目の前には、土鍋に入った純豆腐が並んでいる。テーブル中央にある焼肉用のコンロでは、和也が率先して肉を焼いていた。
こうして、学校帰りに集まれるのは今だけ…………圭介達は三月には卒業なんて……嬉しいけど……
「和也、それ焦げるぞ?」
「やば!」
奏は五人で過ごせる何気ない時間が、幸せだと感じていた。たとえ隣で、和也が肉を焦がしそうになっていたとしても。
「今年もライブしたかったねー」
「だなー……でも、たまにはいいだろ?」
「うん」
奏は和也に手を引かれ、クリスマスのイルミネーションに彩られる街並みを見に来ているが、まだ日中の為、輝きはないに等しい。
「それにしても、どこも人が多いな」
「そうだね。あっ……」
「俺達の曲が流れてるな」
「うん……」
彼らの作ったクリスマスソング、"雪降る街に"が流れている。
「また流れてるって、嬉しいな」
「うん……嬉しいね……」
「奏、寒いから暖かい所に行こうか?」
「うん」
北風が吹くと、余計に寒さが身にしみるのだ。二人は手を繋いだまま、足早に駅前のビルに入っていく。
「ねぇー、和也! ケーキ食べたい」
「いいよ。前、行った所に行く?」
「うん!」
ビルの地下にある喫茶併設のケーキ店を訪れると、長蛇の列が出来ていた。メニュー表を見ながら、並んでいる人が多いようだ。
「すごいな。クリスマス前だからか?」
「そうだね。じゃあ、ちょっと早いけど買って帰る?」
「そうするか……マスターの所で、食べてもいいかな」
「同じこと考えてた……」
「じゃあ、マスターとか常連客のお爺さんとかの分も多めに買って、交渉するか?」
「そうだね」
持ち帰りのみの二人はスムーズに順番が来た。ショーケース内には綺麗にケーキが陳列されている。
「奏はどれにする?」
「私はミルクレープ!」
「いつものかー、じゃあ、ミルクレープ三つと、後は全種類一つずつで」
「……全部で十五点で、宜しいですか?」
「はい」
「和也、レモンケーキも美味しいから買っていきたい」
「そうだな。じゃあ、レモンケーキも十五個と……家にも買ってく?」
「うん。じゃあ、十五個と別にレモンケーキ四個ずつを二つ作って貰えますか?」
「かしこまりました」
大量注文を受けた店員は慌ただしそうにしているが、二人は至って普通である。この後にマスターの所で、他のメンバーと落ち合う事になっているからだ。
「大翔、ここの好きだよな?」
「うん。でも夕飯食べるから、これ以上は駄目だよ?」
「はーい」
これでは、どちらが年上か分からない。二人は大量のケーキを持って、地元に帰っていくのだった。
「マスター、持ち込み駄目なの知ってるけど、今日だけお願いします!」
奏のおねだり作戦により、快くケーキをお皿に乗せてくれるマスターがいた。
「こんなに買って来て貰ったら、駄目とは言えないよ。はーい、二人ともコーヒーね」
「ありがとう、マスター」 「ありがとうございます」
二人が好きなフルーツのたっぷりと入ったミルクレープを食べていると、圭介達が三人揃って現れた。
「もう来てたのか」
「寒さと、人の多さに負けた」
「うん、すごい人だったよね」
「って、ケーキ! あそこのじゃん!」
「マスターが特別に許可してくれたから、みんなの分もあるよー」
「美味しそう……ってか、ずいぶん買ったな」
「俺達だけ食べてたら、申し訳ないだろ? 常連客の人にもサービスって事で」
「なるほどな。んで、ちゃっかり好きなレモンケーキも買ってきたんだな」
「いいじゃんか! みんなの分もあるし」
「しかも地元にもあるのに、他の店舗で買ったんだな」
「大翔、よく分かったね」
「店舗限定のやつあるし」
「さすが甘いもの好きだな」
他に客も居なかった事もあり、和気あいあいと話していると、常連客の一人が顔を出した。
「いらっしゃいませ」
「マスター、今日はいつもので」
彼はいつものように、カウンター席に腰をかけた。
「かしこまりました。山下さん、ケーキ食べませんか?」
「マスター、遂にケーキも作るようにしたの?」
「いえいえ、いつもの子達の差し入れです。常連の人が来たら、サービスしてって」
「へぇー、いいのかい?」
山下は嬉しそうにケーキを選ぶと、店内奥にいる彼らに声をかけた。
「ケーキありがとう。頂くね」
「はい、いつも演奏させて頂いて、ありがとうございます」
奏に続くように、彼らもお辞儀をして応える。
「こちらこそ、いつも演奏楽しみにしているんだよ」
「ありがとうございます」
「また、ピアノ借りてもいいですか?」
「勿論だよ」
water(s)はクリスマスソングを奏でていた。今日は、常連客とマスターに向けて歌っている。
「上手いもんだね……」
「えぇー……」
彼女がここで歌を披露するのは、この日が初めてだ。
澄んだ歌声に釣られるように、店内に入っていく人もいた。年齢層が高めの客にとっても、何処かで聴いた事のある音色に、思わず手拍子をする人までいた。それ程までに彼女の歌声が響き、誰もが聴き入っていたのだ。
ーーーー手拍子が響くなんて……
街で耳にした音は、デビューして一年も経っていない頃の音色だった。
日々進化し続ける世界の中で、今も残ってるのは……みんなの音だから…………何処にいても、みんながいれば、それだけで……って、強く感じる。
今も……この音色が、またこの季節に街を染めてくれていたなら……
喫茶店へのクリスマスプレゼントのように、彼らの演奏が彩りを添えているのだった。




