第42話 宴
今回は生放送で、しかも観客じゃなく、他のアーティストの前で披露する事になるなんて…………テレビ越しで見ている時は、楽しそうにコラボしてていいなーって思ってたけど、実際その立場になったら……緊張感が今までの比じゃない…………コンクールの時みたく、緊張してるの。
water(s)は歌謡祭の生番組に出演していた。重鎮や煌びやかなアイドルに混じって、椅子に腰掛けている。
すごい……場違いな気がする…………テレビで見ていた世界に、今……いるんだよね。
この番組はアーティスト同士のコラボレーションが見応えの為、中央のアーティストが座る席の両サイドにステージが設置されていた。
ステージでは、keiとakiが安定したヴァイオリンとチェロの音色を響かせていた。
「相変わらず上手いな……」
「うん……」
miyaに相槌をうつので、hanaは精一杯だ。二人が弾き終わると、反対側のステージではhiroが見事なサクソフォンの音色を披露している。
「お疲れー」
「お疲れさま……」
keiとakiが席に戻ると、四人で軽くハイタッチをするが、hanaは緊張の色が隠せないでいた。
みんな……やっぱりすごい…………分かってたけど……
右手に触れる熱に気づき視線を移せば、穏やかな笑みをみせるmiyaに鳴りながらも治っていく。テーブルの下の見えない位置で握られた手を握り返す。
「ーーーーいつもみたく出来るよ」
何の根拠もないけど……和也が出来るって言ってくれたら、本当に大丈夫な気がしてくるから不思議。
私も…………私を信じたい……
「うん……」
小さく頷いて応えると、手の震えは治まっていたのだ。
彼女は他のソロシンガーと共に、ギターを片手に他のアーティストの曲を歌っている。まるで最初から自分の曲のように歌うhanaを、誇らしげに見守る姿があった。
「さすが……」
miyaが思わず溢した言葉に皆、頷いている。
……どの曲を歌わせても、奏の声が一番だ。
他のアーティストは比較にならない。
water(s)は、彼女あってこそのバンドだ。
hanaの不安を他所に、彼らは確信していたのだ。彼女の能力の高さを、彼女だからこそ歌える楽曲がwater(s)にはあるのだと。
それこそ、その名に込めたような唯一無二の存在であるという事を。
ステージに立つhanaは、共演者と楽しそうな笑みを浮かべて握手を交わしていた。先程までの緊張感は何処かに行ってしまったのだろう。いつもの彼女の笑顔があった。
これだけ多くのアーティストがいても、彼女が一番だと思う彼らの感覚は正しい。hanaが歌い出した瞬間、空白の時間が流れていた事からも、単なる身びいきではない。プロも認める歌声だといえる。
生放送の終わったホテルの会場を出ると、そのまま滞在するホテルの一室に向かった。五人でお疲れさま会兼ストレス発散会を行うからだ。
ーーーー緊張した…………他のアーティストとのコラボレーションは刺激的で楽しかったけど、かなり消耗したよね。
いつも以上に、神経がすり減った感じ…………
それだけ人に合わせるのは、難しいって事だよね。
お酒が飲めない彼女はレモネードを飲んでいるが、他のメンバーはアルコールで乾杯している。
「楽しいけど、消耗したなー」
「本当、明日が休みで良かったな」
大翔は相変わらずビール二本でほろ酔い加減だが、圭介と明宏は顔色を変えずにハイボールを飲んでいる。
「みんな、いいなー……私も飲めるようになりたい」
「来年、hanaが飲めるようになったら、みんなでお祝いしような?」
「うん、ありがとう」
和也もほんのりと頬が赤いようだが、お酒自体は好きなのだろう。二人と同じようにハイボールを口にしていた。
「スギさん、遅いねー」
「なぁー、スギさんも泊まれるのに」
「本当、miya達は変わらないよなー」
「そうか?」
「俺も彼女欲しいーー……」
「hiro、寝ぼけてる?」
「ベッドに寝かせとこう。サクソフォンでかなり消耗してたし」
そう言って、圭介が綺麗に布団を掛けていると、部屋をノックする音がした。
「はーい」
「杉本だけど……」
奏が扉を開けると、杉本が夜食を持って立っていた。
「わーい! 沢山だ! スギさん、ありがとうございます」
「どういたしまして、自分で買いに行こうとしてたから、驚いたよ」
「ごめんなさい……気をつけます」
「次からはすぐに言ってね。こっちのテーブルに置いていいかい?」
「はい! スギさんも今日は終わりでしょ? 休憩して行きません?」
「そう。予定がなければ、泊まっていって欲しいんだけど……」
「いいの? 私の分の部屋まであるのかい?」
「元々そのつもりで、五部屋頼んだんですよ」
「miyaとhanaは同室なので」
明宏の言葉に、二人は頬を染めつつ苦笑いだ。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな……明日はオフだから、送っていけるよ?」
「そこはスギさんも休まないと、僕らは適当に帰るから気にしなくて大丈夫ですよ。ちょうど明日、みんなで出かけようかなーって、話してたんで」
「じゃあ、お言葉に甘えるけど、レコード大賞と紅白出演が控えてるから、風邪ひかないようにね」
『はい』
大翔以外のメンバーが応えると、杉本も参加の宴が始まった。
みんなで集まって何かするのって楽しいな……
water(s)に関する事なら尚更、若干一名は夢の中だけど……
「スギさんもお酒強いんですね」
「そうだね。付き合いで飲む事が増えてから、強くなったかもね」
「へぇー、じゃあ、hiroも飲めるようになるのか?」
「想像つかないなー」
「あぁー」 「うん……」
成人組がいい感じにお酒がまわった頃、部屋に大翔を残して宴はお開きとなった。各自、自分達の部屋に戻っていく。こうなる事を予想していた為、予め大翔の部屋に集まっていたのだ。
明宏の言っていた通り、奏は和也と同じ部屋に入っていた。恋愛は自由だが、日頃は人目もある為、手を繋いで歩く機会が減った二人にとっては貴重な時間でもある。
「……奏」
「和也、酔った? お水飲む?」
振り返る間もなく、背中から抱きしめられる。
「んーー……」
「……大丈夫?」
「ちょっと、浮かれてた……」
「うん……」
和也をベッドに座らせると、奏は冷蔵庫にあったミネラルウォーターをグラスに注ぎ手渡した。
飲み干す姿に安堵すれば、熱っぽい視線が離れていく。
「先に入ってくるな……」
「うん……」
撫でられた頭に、そっと触れる。
ーーーーなんか……二人きりって久しぶりだから、妙な緊張感が…………顔が熱い……
奏が窓の外に視線を移せば、東京タワーが輝いている。
「綺麗……」
高層階だから、車が玩具みたい。
それに、東京タワー……久しぶりに見たかも……
綺麗な夜景が目の前に広がっていた。
「お先に……」
振り向けば、バスローブ姿の和也が髪をタオルで乾かしながら立っていた。
「いいえー、私も入ってくるね」
「うん、お湯ためといたよ」
「ありがとう」
奏が浴室に行くと、和也も久しぶりの二人きりの状況に戸惑っていたのだろう。
「ーーーー飲み過ぎたな……」
先程使ったグラスに残りのミネラルウォーターを注ぎ、飲み干す。和也もまた、彼女と同様に緊張していたのだ。
「…………本当、絵になるなー……」
和也はバスローブ姿でベッドの上に寝そべり、携帯電話にメモをしていた。彼はスタイルが良く、人目を惹くルックスをしているが、何をしていてもかっこいいと思うのは、和也をすきだからだろう。
集中力を発揮していた彼だが、ふわりと香る彼女に気づき顔を上げる。
「お疲れ」
「お疲れさま……作詞中?」
「あぁー、いいフレーズが浮かんだからメモしてた」
「楽しみだね」
奏は彼の創り出す曲のファンの一人でもある為、楽しそうに微笑む。
「奏も水、飲む?」
「うん」
今度は和也がグラスにミネラルウォーターを注いで手渡す。
「ありがとう……」
「うん」
二人の間に緊張感が流れるが、先に踏み入れたのは和也だ。まだ熱の残る頬にそっと触れれば、潤んだ瞳と交わる。
「ーーーー奏……いい?」
「……酔っ払ってたんじゃ……ん……」
持っていたグラスは、ベットサイドに置かれている。
「……奏……」
「ーーーーっ、和也……」
甘い口づけに翻弄される彼女は、彼の首に腕を回しているのだった。




