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君のうた  作者: 川野りこ
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第40話 ギャップ

 帝藝祭でのライブを無事に終え、オーケストラとの共演のライブが来年の六月に決まる中、water(s)は土曜日に放送される音楽番組の収録に参加していた。


 「皆さん、同じ大学なんですよね?」

 「はい」

 「普段から五人で行動される事が多いんですか?」

 「いえ、専攻が違いますし、キャンパスは広いので、待ち合わせをしない限りは滅多に会う事はないですね」

 「そうなんですね」


 司会進行の受け応えはリーダーである圭介の役割だ。五人ともマイクを持っているが、話を振られた時にだけ応えるくらいで、ほとんどが不要なまま終わる算段になっている。それぞれが応え出したら収集がつかなくなってしまう面もあるが、ライブの時と同じくリーダー主体が一番合っているからだ。


 演奏するよりも緊張感のあるトークの収録が終わると、スタジオにセッティングされた楽器に手を伸ばす。現在放送中のドラマ主題歌に使われる新曲の披露だ。


 ドラマに合わせて曲を作る時、台本をよく読み込んでから描いたっけ…………この曲が、少しでもドラマに色を添える存在になるといいな……って、願いながら今も…………


 カメラに向けて歌う事にも、最初に比べれば慣れてきたのだろう。周囲を見渡す余裕すらあるが、ある意味では一つも変わっていない。何よりも自身がすきな音色に包まれているのだから。


 「ーーーーOKです」

 『ありがとうございました』


 揃って一礼してスタジオを後にする姿に、消耗した様子は見られない。楽屋ではいつもと変わらずに話が弾む。


 演奏してるのにお客さんがいないって、やっぱり淋しい。

 毎回、緊張感との戦いだけど、やっぱりライブが一番すき。

 出来るなら、聴いてくれる人がいるような場所で演りたい。

 そしたら……多くの人が、みんなの音を聴いてくれるから……


 私服に着替えると、杉本の運転する車に乗り込む。座席は定位置みたいなもので、奏の隣に座るのは彼だ。


 「hana、ライブが良いって思ってただろ?」

 「えっ?! miya、なんで分かったの?」

 「楽屋で物足りなそうな顔してたから、分かるよ」


 顔に出ていた事が恥ずかしくなり、彼女の声は小さくなっていく。


 「うっ……緊張するけど、楽しんで聴いてくれてるのが伝わってくるから……」

 「まぁー、hanaの気持ちは分かるけどな」

 「miyaの言う通りだな。元々、僕らはライブが好きだろ?」

 「確かに」 「だよなー」

 「スギさん、またライブしたい!」


 運転中の杉本がスケジュール管理をしている為、話を振られる。


 「この間、話してた三周年ライブは決まったよ。皆が春休み中に神奈川、大阪、東京の三ヶ所のドームを巡る事になるけど」

 「わーい!」


 奏が喜びの声を上げれば、ハイタッチを交わす。喜びを露わにする彼らに杉本の頬も緩む。


 「kei達は卒業発表会とかもあるから、忙しくなると思うけど、体調崩さないようにね」

 『はい!』


 揃って応えた彼らは、どんなライブになるのか期待に胸を膨らませていた。




 「奏、こっちーー」

 「綾ちゃん、ありがとう」


 カフェテリアで先に席に着いていた綾子にお礼を言うと、同じピアノ専攻の友人が集まっていた。


 「詩織しおりちゃんと理花りかちゃんは、フランス語だっけ?」

 「そう。英語と違って難しくて、単位落とさないようにしないとだよーー」

 「理花、大丈夫。落ちる時は一緒だ」

 「ちょっと、詩織! 不吉な事言わないでよー!」


 四人は同学年で気も合い、昼食をよく一緒に食べるメンバーだ。


 「そういえば、綾子の彼氏見たよ。指揮科で割と有名人じゃん!」

 「私も帝藝祭の時に見たよー」

 「佐藤、有名人なんだ?」

 「奏、知らなかったの? 高校一緒でしょ?」

 「うーーん、佐藤はお調子者のイメージが強いから」

 「奏の言う通りだよ。基本はそうだから変わってないよ。ただ、タクト持ってる時はかっこいいけど」

 「あーー、ごちそうさま」

 「詩織ちゃん、カタコト」

 「いいなぁー、ラブラブ」


 詩織と理花の羨ましそうな視線に、綾子が顔を赤くしていると、クラスメイトに話かけられた。


 「何の話してんの?」

 「酒井と樋口じゃん。綾子のラブな話」

 「ちょっ! 詩織ー?!」


 慌てる様子の綾子を他所に、いつもの調子で酒井が応える。彼も高校が一緒だった為、綾子と佐藤の仲の良さは知っていたし、今も連絡を取り合う友人の一人だ。


 「いつもの事じゃん。帝藝祭の時も仲良く焼きそば売ってたし」

 「あぁー、スポーツ同好会な」


 納得したように樋口も頷き、ピアノ専攻が集まる。彼らも焼きそばを買ったようで、二ヶ月程前の事を思い出していた。


 「私の話はいいよ! 酒井は? 彼女出来たんじゃないの?」

 「あーー、彼女はいないよ。声楽科の子と遊んだから噂になってるらしいけど」

 「酒井はモテるからねー」

 「いや、上原には言われたくないわ」

 「え?」

 「俺、聞かれるよ? 上原に彼氏がいるかどうか、割とよく」

 「私はそんなの聞いた事ないもん」

 「本人には聞きにくいんだろ? 上原は有名人だし」

 「私も奏のこと、聞かれた事ある」 「俺も」

 「……えっ……そうなの?」


 綾子と理花も揃って頷き、多数決なら圧倒的に不利だ。


 ……知らない! っていうか、有名人って何?!

 そんな要素ないと、思うけど……


 「いやいや、有名人は言い過ぎでしょ」


 本当に理解していない様子の奏に、溜め息が続出である。


 「……奏は、water(s)っていう実力派バンドのボーカルだよ?」

 「うん……みんな、すごい人達だからね」

 「そこには奏も含まれてるんだよ?」

 「えっ? 本当??」

 「そうだよー……って、めっちゃ嬉しそうにしてるんだけど!」

 「だって、認められたみたいで嬉しいもん」

 「……これも奏の可愛い所よ」


 綾子がそうまとめるが、いまいち分かっていない様子だ。


 ーーーーだって、いつも追いつきたいと思ってるから……

 いつだって、綺麗な音を放つみんなに…………water(s)が世間に認められる度に、思い知るの。

 私は、みんなと一緒にずっと歌い続けられる?

 今、どの辺りを歩いてるの?


 彼女には時折おとずれる孤独感があった。


 「上原、今使われているドラマの曲とか有名じゃん。オリコン首位、ずっとキープしてるし」

 「……ありがとう……酒井はドラマ見てるの?」

 「見てる。ってか、見るようになった」

 「なった?」

 「ネットで話題になってたからな。絶妙なタイミングで流れる主題歌に、毎回涙必須って」

 「そうなんだ……」

 「奏は見てないの?」

 「弟が録画してたけど、まだ見た事ないよ」

 「らしいねー、違和感があるんでしょ?」

 「う、うん……綾ちゃん、何で分かるの?」

 「奏を見てれば分かるよー」


 そんなに顔に出てるのかな?

 water(s)の曲はすきだけど、何だか夢見心地のままで……私が歌ってるって思うと、違和感があるの。

 未だに慣れてないんだって思う。

 hanaであること、water(s)であることに……


 「土曜の番組に、上原が出るんだろ?」

 「うん、water(s)がね」

 「楽しみだね」 「絶対見るから!」

 「ありがとう……」


 番組をチェックしてくれてる人が、身近にいるって有り難い事だよね。

 私達の音楽を聴いてくれている人がいると思うと、それだけで…………


 その後、三限目の話をしているとピアノ専攻の八人が揃い、昼休みはすぐに終わりとなった。


 こうして同じ専攻の仲間と話してると、時間が経つのが早い気がする。

 water(s)の仲間と一緒にいる時と、近いものがあるよね。


 奏が配膳を下げていると、背後から声をかけられた。


 「hana」

 「……miya、お疲れさまー」

 「お疲れ。今日は終わったら、マスターのところ、久々に行かない?」

 「うん、行きたい」

 「じゃあ、また後でな」


 和也はいつものように頭を優しく撫でると、クラスメイトの元へ行ってしまった。


 もっと、話したかったけど…………同じピアノ専攻でも、和也との距離は遠い。

 いつもは近くに感じる距離も……


 和也の後ろ姿を自然と目で追っていた彼女の横顔は、まるで片想いをしている少女のようだ。


 「奏! 行くよーー」

 「うん!」


 綾子に呼ばれ、自分の今できる事をすべく授業に向かう奏に向けられる視線は多いが、本人が気づく事はない。ただその場に居合わせた生徒にとっては、hanaとmiyaをひと目見れただけでラッキーであり、ファンは密かに歓喜していた。


 ーーーーーーーー私も頑張ろう…………いつも一歩前を歩いていく和也に……みんなに、追いつけるように…………届けたい想いがあるから……


 真剣に授業に取り組む彼女は、先程までとは違いhanaの時のような表情を浮かべていた。

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