*番外編*9月の恋と君の音
奏が高校二年生、帝藝祭を彼と見にいった時のお話。
帝藝祭は、高校の文化祭と違って出店もあるし、一般公開もしてるから構内の活気がすごい……
去年は綾ちゃんと見に行ったけど、今年は違う。
奏の隣には、同じく制服姿の和也がいた。二人は圭介達が行うアンサンブルを見に来ていたのだ。
「ーーーー大きいね……」
「そうだな……」
文化祭でライブを演った講堂よりも広い会場。
私達みたいに制服姿で見に来ているのは、ここを受験する人達かもしれない。
それにしても……こんな大きな会場が、大学内にあるなんて…………オケが入れる舞台か……
ステージでは次々と、音楽学部の学生が演奏や演技を行なっている。オペラやアンサンブル等、その演目は様々だ。
「奏、次だよ」
「うん」
彼の声に視線をパンフレットから舞台に移すと、三人が現れた。先程までよりも大きな歓声が響き、大学でも人気があると分かる。
仲間の人気ぶりを再認識した奏は、声を上げそうになり押し留めていた。重なり合う音色が会場を魅了する瞬間に、鳴らない訳がないのだ。
ーーーーーーーーすごい…………
私のボキャブラリーが乏しいから、そんな言葉しか浮かばないけど……観客を一瞬で惹きつけるような音色。
演奏技術だけじゃなくて……音楽がすきな想いまで伝わっていくみたい。
和也も同じ気持ちなのかも…………瞳を輝かせてるのが分かる。
圭介のヴァイオリンも、明宏のチェロも、大翔のサクソフォンも……そのすべてが一つに重なって、綺麗なハーモニーを生み出しているから…………私も、混ざりたいな……
「混ざりたいな……」
「……うん……そうだね……」
心の声が聞こえたのかと思ったけど……和也も、同じ気持ちなんだ……
「来年は俺が入って、再来年に奏が加わったら……もっと、素敵な曲に仕上がりそうだろ?」
気負うことなく告げる彼に微笑んでみせる。
「ーーーーうん……そうなれるように、頑張るね」
「あぁー、俺も。奏と……ずっと演奏できるようにしないとな」
「和也は大丈夫でしょ? 私がついて行く側だよ?」
「分かってないなー。奏のうたが在ってこそ……なんだからな?」
ーーーー本当に……そうなれたらいいけど……私のうたが在ってのwater(s)だって…………
素直にそう言って貰えるのは嬉しいけど、まだ……まだ遠いのは、分かってる。
「…………うん……」
頷いた彼女の反応が悪い事に気づいていた。
彼の本音を喜んでいても素直に頷けないのは、彼女が音楽に対して厳しいからだろう。
「奏の作る曲は、いつも新しいからな。俺が思いつかないフレーズだったりすると、やられたなって思うし」
「うん…………ありがとう……」
そう言って貰えるように……続けられるように……いつも音を探してるの。
いつだって……みんなに追いつきたいって、思ってるから……
会場を染める音色が止むと、最大限の賛辞が響く。そこには奏たちの姿もあった。一歩先を進む彼らにエールを送り、観客の一人となっていたのだ。
「奏、行くだろ?」
「……うん!」
差し伸べられた手を握り返し、揃って彼らのもとへ駆け寄っていった。
「お疲れさまー」
「お疲れー、これ、差し入れな」
和也がスポーツドリンクを手渡すと、嬉しそうな顔が並ぶ。
「ありがとな」
「二人とも聴いてたのか?」
「うん! すごい、かっこよかった!」
「ありがと……でも、和也の視線がやばい」
「あぁー、反応がな」
「えっ?」
視線を戻せば、複雑そうな表情を浮かべていた。
「和也?」
「いや……すごかったよな」
「うん……」
さっきまで和也も、みんなの演奏を絶賛してたのに…………どうしたのかな?
「奏」
手招きしながら小声で呼ばれた為、圭介の口元に耳を寄せると、その理由が分かったようだ。
ーーーーヤキモチ?
でも、みんなを褒める事はよくあるし、今日が初めてな訳じゃないのに……
「奏、他にも見て回るだろ?」
「うん」
いつもの和也に……戻ったみたい?
和也の事は分かってるつもりだけど、まだ知らない事は沢山ある。
いつも優しい言葉をくれるけど……優しい人って、強い人だよね。
心が強くないと、誰にでも優しく接するって出来ないと思うから……
「どうかしたのか?」
「……ううん」
今度は彼が首を傾げている。奏が自身で思っているよりも考え込んでいたようだ。
ーーーーーーーー和也はいつも手を差し伸べてくれる。
今も…………手を繋いでると、そばに感じるけど……和也は、私より一年早く大人になる。
来年は大学生になるから…………今みたいな時間って、きっと貴重なんだと思う。
hanaになってから、一年が早く感じるの。
毎日、音楽に触れ合って……
「奏、藝祭の後、マスターの所に行かない?」
「うん……行きたい!」
元気よく応えた彼女の頭は、優しく撫でられていた。
「圭介達も合流するってさ」
「うん! 楽しみだね!」
「ーーーー奏は、みんなといる時……楽しそうだよな」
「うん、楽しいよ? 和也もでしょ?」
「そうなんだけどさ……」
めずらしく歯切れの悪い言い方をした彼が肩に触れ、耳元で囁かれる。
「……たまには、二人になりたい」
「……うん…………」
和也と一緒に居られるなら、それだけでいいんだけど……分かってないよね? それは、私の台詞だよ?
和也と圭介達の付き合いの方が長いし、今も…………和也の事を見てる人がいるから、視線には私も気づくよ。
音楽を一緒に演ってる時は、何よりも楽しいけど……たまには二人きりで、ぎゅっとして貰いたいし。
ぎゅっとしてみたい…………和也なら、照れながらも微笑んでくれそうだから……いろんな顔が見たいとか思うの。
欲張りになってるよね。
想いが通じただけでも……奇跡みたいなことなのに……
「……和也、明日は二人で会える?」
「うん……」
「私も……一緒にいたいって思ってるよ……」
頬を真っ赤に染めながら、指を絡めるように繋いでみせる。
ーーーーこれで…………少しは伝わるかな?
私は、手を繋ぐだけで精一杯だけど……すきなの。
和也が……和也の創り出す音楽が……ずっと惹かれてるの。
あの日から……ずっと……
「ーーーーありがとう……奏は、すごいな……」
「えっ?」
「俺だけがヤキモチ焼いてるのかと思ってたけど、そうじゃないって伝わったよ?」
「うん……」
「マスターの所に行ったら、奏のピアノが聴きたいな……」
「うん……和也も弾いてくれる?」
「あぁー」
手を繋いだまま歩いていく二人は傍から見れば、お似合いの高校生カップルだった事だろう。彼だけではなく、彼ら二人を見ている者が多かったのだが、彼女が気づく事はない。
和也がモテるのは、前から……だから、少しでも釣り合えるような私になりたい。
強くて、輝いているhanaみたいな…………water(s)の一員として歌う度、いつもの私とは違うって感じていて…………
緊張感さえも、呑み込んでしまうほどの想いに……いつも包まれてるから……
「マスター、こんにちは」
「こんにちは。奥にいるよ」
圭介たちが店内奥に視線を移すと、二人が楽しそうに話していた。幸せそうな表情を浮かべる二人に、彼らまで頬が緩んでいく。
「和也達は、相変わらずだな」
「そうだな……」
「二人とも、さっきまで弾いてたよ? 綺麗なハーモニーだったなー」
「またピアノお借りします」
「勿論」
コーヒーの香りが漂う中、圭介がピアノに触れると音が重なっていく。
「みんな、お疲れー」
「お疲れさまー」
和也と奏の声に、彼らは音色で応えているようだ。
圭介と入れ替わりで彼女のピアノに、ギター、ヴァイオリンと音が重なる。
今日のステージにいた……三人のアンサンブルに、入れてもらってるみたい。
和也と二人きりの時は幸せで、時間が過ぎるのが早く感じるけど……みんなの音が重なる時も、同じくらい大切なの……同じ気持ちだよね。
視線を移せば、彼女と同じように楽しそうな笑みを浮かべていた。
ヤキモチなら、私も妬いてる。
圭介達の音楽以上に、和也の心を揺さぶるモノは、そうはないから……
「今の感じいいな!」
「うん!」
即興が気に入ったのだろう。和也はiPadに打ち込んでいる為、周囲の声が聞こえていないようだ。
「相変わらずだな」
「そうだね……」
こうなった和也に周りの声は届かないみたいで、いつも一歩遅れて反応するから、基本的に必要な時にしか話しかけないようにしてるんだよね。
どんな音になるのか、楽しみで……
「たまに奏もなってるよ?」
「えっ?」
「確かになー」
「そうだな。集中してる時は、話しかけないようにしてるからな」
「そう、なんだ……」
……気づかなかった…………集中して気づかないって、何を考えてるんだろう?
私も、和也みたいに曲を作ってる時……なのかな?
「奏も和也と同じだよ」
「そっか……」
心の声が聞こえたのかと感じたようだが、その表情を見れば一目瞭然である。
「ーーーー奏、このフレーズどう?」
「ここ?」
「そう……」
肩を引き寄せられ、真剣な眼差しを間近で感じながら、素直に応える。
「……希望っぽい」
「あぁー、イメージは明るくて、そんな感じだな」
肩を寄せ合ったまま曲作りをしている様子に、彼らも応えるように楽器に触れる。
アンサンブルの音色にイメージが固まったのだろう。二人の曲作りは大いに捗る事となった。
ーーーー訂正、みんなにだけじゃない。
私は……こんな曲を作れる和也にも、ヤキモチを妬いてるんだと思う。
何度も……恋をしてるんだと思う。
和也に、その音色に……
五人の音が重なり、心地よい音色が店内を包む。
来年は和也が…………再来年は、私も……同じ場所で弾いていたいな……
「明日、スタジオで演ってみるか?」
「うん!」
「いいなー」
「俺らは藝祭があるからなー」
「そっか……」
「二人で詰めといていいよ。僕らは休み明けに加わるから」
「了解」 「うん」
図らずも明日は二人きりの練習となった。
そっと彼に視線を移した左手は、テーブルの下でこっそりと繋がっているのだった。




