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君のうた  作者: 川野りこ
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第38話 コンクール

 これもライブではあるけど、一人でピアノを人前で弾くって久しぶり。

 water(s)がデビューするまではコンクールにも出ていたけど、やっぱり独特の緊張感……参加者の緊張が移りそうなくらい、いつもとは違う音がしてるの…………どこか懐かしいって思うのは、この空気感に覚えがあるからだよね。


 控室は緊迫した空気が流れている。奏は張り詰めた空気感を払拭ふっしょくするように、大きく息を吐き出していた。

 

 本選は大ホールにて一般公開される為、オーケストラと共にピアノの演奏が行われていた。


 「……奏の本気のクラシック、久しぶりに聴くな」

 「そういえば、和也しか聴いたことないよな?」

 「そうだな。僕らは奏の本気のクラシックは、初めて聞くな」

 「あぁー……でも、奏なら大丈夫だろ?」


 water(s)のメンバーは、彼女には内緒で会場を訪れていた。


 「ピアノは三十歳以下で、約百二十人から振り落とされたのか……」

 「よく残ったよな……大きなコンクールになる程、上手い奴がゴロゴロ出て来るのにな」

 「そうだよな。それに……こういうのは、本選に残れるだけでも凄い事だけど、当たり前って顔してるな?」


 圭介がパンフレットから彼に視線を移すと、奏が落ちる所は想像つかない様子で、ステージを見つめる和也がいた。


 「ーーーーーーーー次、奏の番……」


 和也の声に、三人ともステージに視線を戻した。本選に残るだけあってピアノの腕は上手いが、彼らにとってはそれだけなのだろう。オーケストラのプロの音色は流石だが、小声で話をしたくなる程度には退屈になっていたようだ。


 彼女はコンクールに相応しい深緑のドレスに身を包み、髪は綺麗にアップにセットされていた。その表情からは緊張感を読み解く事は出来ない。ただ、その音色は単純に人の心に響いていた。


 本選はオーケストラとの共演の為、指揮者の指示をどれだけ体現できるかも審査のポイントとなる。彼女は本選のリストの中からショパンの曲を弾いていた。

 楽譜通りに寸分の狂いもなく弾く姿に惹かれていたのは、審査員や彼らだけではない。トップバッターの演奏者も同じ曲を選んでいたが、音色が違うのだ。指揮者も演奏しやすそうにタクトを振っている。それが、彼らには分かっていたのだ。和也は自然と瞼を閉じて、プロのオーケストラの音と彼女が放つ音色のハーモニーを聴き入っていた。


 曲が終わると、今までにない拍手が沸き起こる。


 ーーーーーーーーえっ……歓声?

 そっか……会場にいる人にも、届いたんだ……


 久しぶりのコンクールの緊張感から一気に開放されたからか、いつものような笑顔で一礼していた。


 彼女の後にも演奏者は控えている。舞台袖からその音色を聴いた者は、落胆の色を隠せずにいた。


 「ーーーーこれは……きついな……」 


 大翔の呟きは最もだった。あれだけの演奏に、拍手の響いた後に、自分の番が来たら、いつも通りに出来る自信がないからだ。皆、同意見だったのだろう。静かに頷き、表彰式を待ちわびていた。彼らは確信していたのだ。


 それ以降の演奏は全てとまでは言わないが、どれも精彩さに欠けていたし、心にまで響くような音色ではなかった。それが彼らの共通認識であった。


 確信を持つ仲間がいる一方で、当の本人はそれどころではない。


 終わったーー…………気力を使い果たしたみたい。

 今頃になって……震えがきてる……


 彼女の手は確かに震えていた。弾ききった達成感と、集中力が途切れたからだろう。会場外の椅子に腰掛けると、両手を合わせ祈るように握っていた。


 「はぁーーーー……」


 思いきり息を吐き出し、高い天井を見上げる。


 この四ヶ月間、普段の練習もあるからハードだったけど、充実してた。

 和也も……こんな感じだったのかな…………

 コンクールは結果がすべてな所があるけど、こうしてやってきた事は次に繋がるはずだから…………ううん、みんなと演奏していく為にも、繋げなくちゃ。


 気持ちを上手く切り替えると、奏は表彰式の為、再び舞台に戻っていた。


 聴衆賞の発表が終わると、三位から順に発表されていく中、彼らの確信通りとなる。聴衆賞はその名の通り、審査員だけでなく観客の声が反映された賞だ。その為、優勝者が必ずしも聴衆賞を取る訳ではない。どんなに技術があっても、それが必ずしも聴衆に届く訳ではないのだ。


 「ーーーー優勝は、上原奏さん。おめでとうございます」


 彼女はまた驚きながらも、受賞のトロフィーと賞状を受け取った。その顔は晴れやかに、何処か遠くを見つめていた。


 ーーーーーーーーこれが、和也の見た景色…………また……音が溢れてくる。


 会場からは、再び盛大な拍手が送られている。

 彼女は和也の思っていた通りというより、彼らが思った通り優勝し、聴衆賞と二つの賞を得ていた。演奏直後のような賛辞が向けられる中、彼らは舞台に一人で立つ彼女を眺めていた。スポットライトを浴びた彼女は、hanaとしてステージに立つ時のような表情を浮かべていたのだ。


 奏は私服に着替え、母にトロフィー等を預けると、荷物を抱えエントランスに向かう。そのまま帰宅する筈だったが、彼らと杉本が彼女を待っていた。


 「こんにちは」

 「こんにちは。和也くん達、来てくれてたのね。ありがとう」


 和也が彼女の母といつものように交わす中、彼らが来ていた事を知らなかった奏だけがただ驚いていた。


 「えっ?! みんな、聴いてたの?!」


 四人は顔を見合わせると、ニヤッと悪そうな笑みを浮かべた。


 『うん』


 即答する一致団結ぶりで、彼女を無視するように話は進み、杉本が荷物を受け取ると、母と共に駐車場まで行ってしまった。どうやら先に帰ってもらうようだ。


 「ちょっと待って……………………なんで、みんないるの?」

 「めっちゃ、よかったよー」

 「おめでとう奏!」

 「凄かったなーー!」

 「ーーーーありがとう……」


 染まる頬を隠すように抱きしめられる。


 「か、和也?」

 「よくやったな……」


 あっ……やばい、泣く…………泣くつもりなんて、なかったのに……


 彼女の目から涙がこぼれていく。


 私……自分で思っていたよりも、ずっと……緊張していたんだ。

 やっと……終わったんだ……


 「和也……ずるい……」

 「悪い……でも、これで二日間続けてのコンサートホールは確保だな」


 優しい手つきで涙を拭うと、彼が計画について話し出した。


 「water(s)風のクラシックコンサート! 小ホールは六百五十人収容出来るから、演りたくない?」

 「演りたい……」


 即答する姿に笑い合う。先程までの緊張感は一切なく、瞳を輝かせる。やらない選択肢は彼らにはないのだ。


 「だから、スギさんにも来てもらったんだよ。二日間連続で出来る所があるか、交渉して貰わないとな」

 「そっか……」


 奏以外のメンバーは和也から話を聞かされていたのだろう。驚いた様子はなく、同意見の為か頷いて応えている。


 「…………おめでとう」


 祝福の言葉に、奏は笑顔で応えていた。


 いつもとは違う音が、まだ残ってるけど……この瞬間があるから、やめられない……


 「……和也、ありがとう…………」


 ーーーーーーーー私は、みんなと音楽を演っていきたいの。

 四六時中一緒に、演奏したいって思う人なんて……そうはいない。

 water(s)で在る為に、色んな音に触れていきたい。


 彼女の願いは、いつだって彼らと共に在る事だった。そして、それは彼らの願いでもあったのだ。


 「よろしくお願い致します!」

 『よろしくお願い致します!!』


 圭介に続き、揃ってホール担当者に告げた彼らは、クラシック風のコンサートを待ちわびていた。

 water(s)の音色が響き、今日のような拍手喝采となる日を。

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