第36話 一瞬
初めてのスタジオ、初めての生放送番組。
カメラの数の多さに、照明の明るさに、スタッフの多さに驚きながらも、天井を見上げた。
「…………広い……」
スタジオにはパフォーマンスをする場所が二ヶ所あり、観覧席と出演者を背にして披露するスペースと、反対に向けて披露するスペースがあった。
ーーーーーーーーこれから……観覧席と出演者を前にして、披露するんだよね……
右手の温かさに視線を戻すと、和也が微笑んでいる。
……鳴ってる…………でも、怖さはないみたい。
ただ、私にできる最大限を発揮したい。
大袈裟じゃなくて……みんなの音が世界一って、思ってるから……
彼の手を握り返し、微笑んでみせる。その横顔は期待せずにはいられないのだろう。出番の時を待っていた。
「リハーサルを始めます」
音の調整を行なっていく中、イヤーモニターを付けている人が多い事に一同納得の様子だ。
seasonsよりもスタジオ自体が広いから、音が拡散されてる気がする……
彼女の耳に、音が届きにくいのだ。
……ピアノかギターの音だけなら、何とかいけたかもだけど、イヤモニを付けないとテンポがずれちゃいそう。
奏と同様にイヤーモニターを付け、五人はリハーサルに臨んでいた。
本番は、いつだって一瞬。
私達の音が、少しでも届くように…………
今までライブを何度か演り、奏は彼らの無理難題にも幾度となく応えてきた。その成果だろう。
彼女の、彼らの想い描いていた音が、一度で出せていたのだ。
リハーサルを滞りなく終え、用意された楽屋に戻ると、かなり気力を使ったようで机の上に突っ伏していた。
「緊張したーー」
緊張感から一気に開放されたのだろう。奏に続き、いつものように話し始める。
「確かに……ライブだって生なんだけど、何か勝手が違うよなー」
「あぁー……でも、CDみたいな理想の音だったな」
「そうだな……」
開放されたからこそ、気分が晴れない理由があった。
「……生放送なのに、生歌じゃないのはショックだったな」
大翔の言葉に皆、頷いている。他の出演者のリハーサルを見学させて貰っていたが、明らかに口パクの歌い手がいたからだ。想像していた音色とは違う現実に、何も感じないはずがない。
『はぁーーーー……』
思わず溜め息が漏れるほど、知りたくない現実である。
「でも、生歌よりCDの音源がいいから、そうしたって事で…………俺達は、絶対に自分達で演奏するけどな」
和也の意気込みに、顔を見合わせる。
「そうだな」
「あぁー、ある意味、それが最高のパフォーマンスって事だろ?」
「そういう事だな」
「そっか……」
……現実はショックな事もあるけど、大丈夫。
water(s)なら、生の音を届けられる。
そんな想いを胸に、奏は本番に向けて気を引き締めていた。
「ーーーーhana、大丈夫だよ」
「hanaならな」
「あぁー」
「そうだな」
ーーーーーーーー私なら?
分かっていない様子に彼らから諦め混じりの笑みが漏れる。
「hanaの歌が一番だからな」
「ーーーーありがとう……」
ストレートに告げた和也の言葉は、四人共通の認識だったからだ。その為、彼女の歌声を心配するメンバーは一人もいない。ピアノのコンクールで受賞する程の実力の持ち主に、ピアノの演奏を心配する事もない。ただ初めての場所での演奏という事だけが、彼らの気がかりだったのだ。
「これ飲んだら、挨拶まわりに行くからな?」
「あぁー」
「分かった」
「うん」
「はーい」
圭介にいつものように応えていたが、本番よりも他のミュージシャンへの挨拶まわりの方が緊張の連続だ。
ひと通り終えれば、先程よりも大きく机の上に突っ伏していた。
「はぁーーーー……」
「緊張したな」
「あぁー」
「そうだな……」
「アイドルはキラキラしてたな」
「衣装がな」
「えっ? そこ?」
「そこだよ」
何だかんだ言っても、みんな強いよね。
ハートが……今のが一番消耗したかも……
突っ伏していた彼女の頭は優しく撫でられる。
「ーーーー本当、miyaは甘いよな」
「……普通だろ?」
「頭、撫でるの癖じゃん」
「そういえば……そうかもな」
「無自覚かー」
「何でもいいけど、これが終わってからラブラブしてくれ」
「ラブラブって……」 「古い……」
「hanaまでー」
笑い合う余裕があり、先ほどまでとは違い和やかな雰囲気が漂う。
さっきまでの緊張が嘘みたいに……みんな、いつも通り。
これが、強みでもあるのかな……
初めての生放送での演奏は、リハーサル通り行われる事となった。
「お疲れー」
「お疲れさまー」
楽屋に戻った五人は、ハイタッチをして喜び合っていた。本番もいつも通りの音が出せた為、安堵していたのだ。
「……楽しかったね」
「そうだな」
「あぁー」
「さすがhanaだよな」
「えっ?」
「本番に強いしなー」
「おまけに初収録終わって、その感想だし」
「確かにな」
「keiまでー」
ハートの強さは、五人共通だったようだ。笑い合う彼らは、その雰囲気からも仲の良さが分かる。
側にいた杉本は、これからのオファーについて考えていた。
地上波の番組に出た事により、音楽番組のオファーが山のように来る事になるが、まだ学生の為、学業を最優先で杉本がスケジュールを組む事となった。彼の予想通りの反応だ。
この出演をきっかけに、彼らには様々なキャッチコピーが付随される事となった。
現役音大生が放つ最新曲
エリート音楽集団water(s)
秀才にして奇才の! ……などなど
冗談のようなキャッチコピーを笑い飛ばす面々に、彼はスケジュール管理をしながら思っていた。water(s)はwater(s)だと。
「スギさん、今日は収録でしたよね?」
「そうだよ。寝ててもいいからね」
「はーい」
「ありがとうございます」
日頃は車内で話している彼らも、変化した生活のせいか眠っていた。殆どが眠りにつく中、彼女に肩を貸しながら、彼は作曲を続けている。
「miyaは寝ないの?」
「あーー、ここの所……新しい場所で演るからか、冴えちゃってるんですよ」
「確かにな」
「やっぱkeiも起きてたんだ」
「うん、hana以外は起きてるんじゃないか?」
「あぁー、目が冴えてるから寝れないよなー」
「分かる。ただ、みんなが寝るなら静かにしてようかと思って」
「考える事は、同じか……」
「……hanaは寝てるの?」
「スギさん、寝てますよ。hanaが一番気を張ってるかもしれないんで」
「弾き語りもしたし」
「あぁー、あと、司会者の無茶振りもなー」
「そうそう。keiに質問でお願いしてるのに、急に振ったやつな」
「hanaだから、ちゃんと対応してたけどな。疲れるよな……」
眠ったままの彼女は、和也に引き寄せられていた。
「そういえば……miyaの名前に込めた想いを、体現してないか?」
「そうだなー」
「あれって、miyaが高一だったよな?」
「うん……懐かしいな」
「へぇー、どんな意味が込められてるの?」
杉本の疑問には、光を宿したような瞳の彼が応える。
「ーーーー無色透明変幻自在、生きるのに必要なもの。でも、何者にも囚われない。そんな音楽を作り続けられるような……唯一無二の存在になれるようにって……」
「miyaらしいね」
「そうですか? 普遍的なモノって言ったら、おこがましいですけど……そう信じてたんですよね。割と今も」
迷いなく応える姿に三人とも頷く。それは彼ら共通の認識だったからだ。
「スギさん、これからも宜しくお願いします」
『宜しくお願いします』
圭介の放った言葉に、彼らも一同にお辞儀をしていると、彼女が目を覚ました。
「hana、おはよう」
「んーー、おはよう……」
「あっ、スギさん。さっきのには続きがあって……」
「あぁー、hanaを見つけてなかったらって、やつな」
「ん? 私??」
「いや……hanaが加入して、変わったって話」
「うん?」
まだ疑問符ばかりが浮かぶ彼女は、今日の事で精一杯のようだ。
「……今日も楽しみだね」
「はい!」
杉本の声かけに勢いよく応える。
ーーーーーーーー鳴り止まないの。
明日が待ち遠しくて、仕方がないくらいに……
音が重なる度に、みんなの生きてる時代にいられて幸せだとか思ったりするの。
大袈裟じゃなくて、本当に…………そこに私の居場所があるようにと、何度だって願ってしまうの。
彼女の歌声は本物だったのだろう。だからこそ、人の心に響き、多くの人が共感していたのだ。彼らは一瞬で、音楽業界を席巻していた。笑い飛ばした様々なキャッチコピーは、すべて事実である。
五人がステージに立つと、観覧席にはwater(s)のファンがいた。待ち遠しく感じていたのは、彼らだけではなかったのだ。
「本日は、よろしくお願いします!」
いつもの声かけとは違い、彼女が声を上げると大きな歓声が響いていた。




