第35話 反響
テレビ画面にはwater(s)の五人が映っている。NEWアルバムの宣伝の為だ。顔出し解禁になった為、ネット上でも自己紹介した動画をアルバムの宣伝と共にアップしていた。
ーーーー反響は上々みたい…………勿論……NGなコメントが全くない訳じゃないみたいだから、読まないようにしてる。
読んだら、絶対に落ち込むし……
奏の反応が妥当だが、全く気にしない様子の和也がいた。
「そういう意見もあるってくらいに思っとけば、いいよ。見えない相手になら、何だって言えるからな」
「そっか……」
「そうだな。気にしたって仕方ないし」
「そうそう。それに、聴いてくれる人が断然多いんだからな?」
「あぁー、有り難い事にな」
「うん……そうだよね……」
頭では分かっていても気にしがちな彼女は、心強いメンバーにスルーすると決めたが、そもそも好意的なコメントの方が圧倒的に多い。NGといっても誹謗躊躇の類ではなく、『ようやく顔出し!』『美男美女とかずるい』『想像以上に若い!!』といった具合のファンらしいコメントである。たとえ奏がチェックしていたとしても、大した影響はなかっただろう。
情報解禁になったのは金曜日だった為、顔出ししてから初の大学だったが、いつもと変わらず平穏に過ごしていた。つい先程までは。
酒井、樋口、綾子、奏のピアノ専攻の四人がカフェテリアで昼食をとっていると、辺りが騒然となる。黄色い声があちこちから聞こえてきた。
「ん? 誰かいるの?」
「あれ……」
綾子の視線の先を辿れば、water(s)の四人が集まっていたのだ。
ーーーーあの四人は、やっぱり目立つよね……みんな、背が私よりも高いし、オーラがあるって、言うのかな?
……人目を引くよね。
彼女としては気づかない振りをしたかったが、和也と視線が合ってしまえば逸らすことは出来ない。微笑んで返せば、柔らかな笑みに周囲が湧く。
「ーーーーhana!」
彼にしては珍しく奏を『hana』と、呼んだ。
顔出しはしたけど、本名は非公開のままだから……周囲の目が気になる場所では、本名で呼ばない事に決まったけど……基本的に私だけなんだよね。
他のメンバーは、元々芸名があだ名のようなモノだったから……
顔出しをする前から、keiは『圭介』だけでなく『ケイ』と、友人に呼ばれる事が多々あった。akiもhiroもmiyaも同様である。実際に綾子たち下級生は、和也を『ミヤ先輩』と、呼んでいた。
「……miya……」
「ご飯食べたら、少しいい?」
「うん……」
和也は今日も通常運転のようで、以前と変わらない態度だ。
「奏、もう行くの?」
「うん、綾ちゃん……酒井、樋口くん、食器下げて先に行くね。次はドイツ語だったよね?」
「そうだよー。席取っとくから、遅れずにね」
「うん、ありがとう」
彼女達は、昼食後もカフェテリアで話をしていたのだ。奏は食器を片付けると、四人の集まる輪の中へ入っていった。
「ーーーーごめん、hana。目が合ったから、思いっきり声かけてた……」
「ううん、いいよ。みんな集まってどうしたの?」
「hana、これ……」
圭介はそう言うと、携帯電話の画面を差し出した。
「えっ?!」
「どうやら反響が大きかったみたいで、生放送番組の出演オファーだって」
「すごい! 金曜日って、あのご長寿音楽番組って事?!」
「そうだよ」
「hanaにしては、いい反応じゃん」
「aki、hanaにしては余計だよー……何か迷ってるの? 編成??」
「そう、生だから……hanaがボーカル&ギターか、新曲はピアノベースだから……hanaとmiyaのどっちをピアノにするかーとかな」
「なるほど……」
彼女のギターの腕は和也や圭介には及ばないモノの、人に聴かせられる程度にレベルが上がってきていた。本番が生放送はチャレンジャーだが、そこが問題ではない。
「hanaは……どうしたい?」
「どうしたいって……歌だけでも、良いってこと? miyaらしくない……」
「うーーん、やっぱり……そうだよな……」
先程まで迷いの色があった和也の瞳が熱を帯びる。
「hana! ピアノで、弾き語りをやって欲しい」
初めてのテレビの生放送に、奏に一番難しい事をさせていいのか? と、男性陣は迷っていたが、彼女の反応を見て、心は決まったようだ。
「うん、みんなには遠く及ばないけど……いつだって今のベストを届けられるように頑張るね」
両手に拳を作って、気合いを入れるような仕草をする。可愛らしい事この上ないが、彼らだけが知っていた素顔が周囲にも伝わった瞬間だ。
「うん、俺も……いつも思ってるよ」
奏の頭を優しく撫でる和也に、メンバーの仲の良さも存分に知られる事となった。
「じゃあhanaがピアノで、後は収録した事のある通りだな」
圭介がリーダーらしくまとめ、授業があるため早々と解散するが、理由はそれだけではないだろう。
「今日は僕らは先に練習室行ってるから、hanaはmiyaと待ち合わせて来てね」
「うん、分かった。また後でね」
奏は四人に手を振り、その場を後にするが周囲は騒々しいままだ。それこそが短時間のもっともな理由であった。
ラインで和也と連絡を取り合うと、奏は圭介の指示通り、二人で練習室に向かっていた。
圭介が『二人で……』と言ったのは、周囲から彼女を牽制する意味合いも含まれていたが、本人は生放送に向けて集中している為、気づいていない。今も彼と並んで、嬉しそうな笑顔を見せている。
「miyaって、学校では呼び慣れないかも……」
「俺の場合は、どっちでもいいけどな。hanaだけは何となくなー」
「そうかな? 友達とか知ってる人もいるから、名前でもいいと思うのに……」
「却下」
「じゃあ私も、和也のこと……miyaって呼ぶよ?」
「いいよ。ってか、昼間も呼んでたじゃん」
「あれは……あんな大声で呼ばれたら、名前で呼びにくいよ……」
「あーー、それは悪かったよ。hanaを見つけたら、呼ばずにはいられなかったから」
「……うん」
ーーーーそれにしても……miyaは目立つよね。
高校の時から、そうだったけど……大学生になってから、大人に感じることが増えた気がする。
私もようやく大学生になれたけど、たった一歳でも年の差を感じてしまうの。
彼女はいつもと変わらない平穏な一日と思っていたようだが、それは周囲の視線が彼らに向けられていると感じていたからだ。実際は圭介や和也、他のメンバーの予想通り、ボーカルの彼女に視線が集まっていた。思わず溜め息が漏れそうになる彼は、いつものように頭を撫で促した。
「hana、練習楽しみだな?」
「うん!」
変わらない笑顔で応える彼女は、いつものように手を繋いでいる。彼は圭介の言葉の意味を理解していたのだ。
「早速、新曲を合わせていこうか」
『うん!』
練習室に着くなり、圭介の言葉に揃って嬉しそうに応える。
ーーーー何処でだって、みんなと合わせられるなら……それだけでいい。
練習室でも、カラオケ店の一室でも……大きなスタジオでなくたって楽しいし……いつだって、みんなの音を聴いていたくなるの。
生放送って、初めてだからかな…………鳴ってるの…………いつもよりも強く……
言い出したのは私だけど、ピアノに触れる手が震えそうになる……それくらい緊張感はあるけど……
「テンポも大丈夫そうだな」
「うん……」
「そうだな」
「あぁー」
「そしたら、また頭からな」
『了解』
リーダーに四人揃って応えると、また多彩な音色が重なっていく。
こうして、二週間後に控える生放送に向けての練習に励んでいくのであった。




