第34話 はじまりの歌
車に乗り込むと、メンバーが彼女の大学入学を喜んでいた。
「奏、入学式お疲れさま」
「入学おめでとう!」
「奏もようやく大学生かー」
「ーーーーありがとう……」
高校生の頃から知っている事もあり、感慨深いものが大学四年生になった彼らにはあったのだろう。温かく迎えられた奏も笑顔を向けていた。
「じゃあ、今日は新曲のプロモーションビデオの撮影だからね」
そう言って杉本が車を走らせる中、緊張感なく話を続ける。
「新曲のプロモかー」
「宣材写真も菅原さんが撮り直すって言ってたし、楽しみだな」
「……みんな、緊張しないの?」
「するけど、好奇心の方が強いかなー」
「明宏の言う通りだな。好奇心の方が奏も勝ってるだろ?」
「う、うん…………緊張するけど、今は楽しみの方が強いかなー」
不安要素がない訳じゃないけど、好奇心の方が勝ってるのは分かる。
どんな撮影になるか楽しみで……それに、みんながいると心強いから…………
water(s)の一員として活動する度、期待しないはずがないが、一歩先を進んでいく彼らに、奏自身は追いつきたいとも感じていた。
衣装に着替え、ヘアメイクをして貰うと、スタジオに合流した。彼女はグレーのフレアなワンピースに、足元はお揃いのハイカットのスニーカーだ。
「可愛いな……」
「……ありがとう……」
和也に少し照れた様子で応え、視線を移せば、彼らも同じ色合いのモノトーンの衣装を着ていた。
みんな、背が高いから衣装映えするよね。
菅原さんが、モデルが出来そうなメンツが揃ってるって言ってたのも納得。
みんな、かっこいいから……
「それじゃあ、曲を流して撮影するから、いつものライブパフォーマンスをして欲しい」
『はい!』
鳴らない楽器に、音の出ないマイクの前に立つと、光るスポットライトを見つめた。
ーーーーーーーーうん……大丈夫。
みんなとなら……何処までもいける……
大音量で曲が流れる中、奏は歌っていた。
今までは背後やシルエットだけだったが、今回からは大きく異なり素顔が映る。
五人揃っての撮影が終わると、スムーズに個別の撮影となった。彼女はマイクスタンドの前に立ち、カメラをまっすぐに見つめる。
「hanaーー、次は視線こっちねー」
「はい」
時折、指示を受けながらも動いていく姿に、自分達の魅せ方を知っていると、撮影者側の印象に残っていたが、彼らにとっては指示に従う事に必死になり過ぎないように、心がけているに過ぎない。演奏技術を除けば年相応な大学生だ。
「はい! OKーー」
その証拠に、撮影終了の声に分かりやすく安堵していた。
「……miya、顔にやけてるぞ?」
「してないし」
「してたんじゃないか?」
「keiまで……」
「hanaは、まっすぐにカメラが見れるようになったよなー」
「そうだな……」
彼の視線が甘いものになる為、『にやけてる』という表現は当たっているだろう。
視線の先にいる奏が彼らのやり取りに気づく事はなく、ほっと息を吐き出していた。
楽しみの方が強かったはずだけど、未だに慣れない…………何度やっても……毎回撮ってくれる菅原さんやスタッフさんには慣れてくるけど、難しいって思う。
カメラ目線も、鳴らない楽器も…………
最初の頃に比べれば、だいぶマシになったとは思うけど……
視界に入った影に顔を上げれば、そっと撫でられていた。
「……miya?」
「出来上がりが楽しみだな?」
「うん……」
…………慣れない事でも、一人じゃないから乗り越えられる。
届けたい想いは、いつもあって…………和也の手は、いつだって温かくて……
花が綻んだように微笑む姿がカメラに収まる。思わずレンズを向けてしまうのは職業柄だろう。自然体でありながら、いい顔をしていた。
仕上がったPVに使われる事になるが、それは少し先の話だ。
ジャケットは写真家としても有名な菅原が撮影する事もあり、スケジュールの調整は杉本の成せる技だろう。
デビュー当初から担当している事もあり、彼自身はwater(s)の撮影を毎回のように楽しみにしていた。自身の要求を簡単に呑み込んでいく彼らは、まさに素晴らしい被写体である。
「miya、視線こっちに頂戴」
「はい」
年齢順の撮影が主流の為、和也を眺めながら自身の出番に緊張感が増していくがPVほどではない。それでも堂々としたレコーディングとは違い緊張の連続である。
デビュー当初からお世話になってる菅原さんの撮影は、毎回仕上がりが楽しみで…………今回は宣材写真の撮影。
個別の撮影の後、全体の撮影が行われるスケジュールみたいだけど…………みんな、スムーズすぎ!
私の緊張を分けてあげたいくらい……
大きく息を吐き出し、口角を上げる仕草をする。
和也と入れ替わりで、すぐに彼女の番となった。心の中で嘆くほど、メンバーの撮影はほぼ一発で決まるのだ。
「hana」
「miya……」
「なんて顔してるんだよ?」
頬にそっと指先が触れ、彼にも口角が上がるように後押しされる。
「うっ……」
「大丈夫だよ」
「ーーーーうん……」
背中に触れられた手が熱い…………うん……大丈夫……
スイッチが切り替わったかのように表情が変わる。緊張感は残っているが、いつものような自然体の笑顔になっていた。
「ーーーーmiyaは、よく見てるよな」
「ん? 何が?」
「何がって……hanaの事だろ?」
「それは……hanaだからな」
「言い切ったなー」
「相変わらずだよな」
「いいだろ? 別に……」
「それは、いいんだけどさ。なんて言うか、二人は変わらないよな」
「んーー、そうかな? 変わっていってるとは思うけど」
「例えば?」
「あーー……教えない」
「中途半端な!」
大翔が絡んだところで、和也に取り合う気はない。涼しい顔をしているが、独占欲は強いのだ。
彼女の撮影を見ながら話していると、菅原が撮影終了のサインを出した。
写真のチェックを終え、五人はそれぞれ楽器の前に立ち、指示通りにポーズを取っていく。前回の撮影とは違い静止画の為、ポーズをとる事が難しいと感じる場面も多々ある。
顔出しするにあたってPVやジャケットに素顔が映る為、撮影時間が増えたともいえる。
「……モデルさんを尊敬するわ」
大翔の呟きに、ほとんど一斉に頷く。
自分達で考えて動くって、想像以上に難しい。
モデルさん程、ポーズを決めなくていいけど……それでも顔を作ったりするだけで、疲労困憊だから…………被写体になる人を尊敬する。
この短い時間でさえ精一杯なんだもの。
本業にしてる人は、すごいよね……
撮影が終わり、モノクロからカラーの仕上がりになった写真に驚いていた。
「綺麗…………私じゃないみたい……」
「菅原さん……凄いですね」
奏に続き、和也も感嘆の声を上げる。あまりに素直な反応に、菅原は撮る事が出来て良かったと、改めて感じていた。
「……被写体がいいからね」
「菅原さんだからですよ!」
「そうですよ!」
「いつも綺麗に撮って貰ってますし」
「そうだよな。ジャケット写真も毎回、反響ありますし」
「ーーーーそういう事にしておきましょうかね」
「本当ですよ?」
「ありがとう……」
そう応えた彼は、五人の反応に微笑んでいた。彼らが本気で菅原の写真を認めている事は伝わっていたのだ。
「……私もwater(s)のファンでもあるから、嬉しいわね」
「……恐縮です」
「miyaって、たまに難しい言葉使うよなー」
「……うん」
「いいじゃん。本当に、そう思ったんだから」
だが誰も菅原が『も』と、言った事には気づいていない。それは、彼の他にも関係者にはwater(s)のファンが大勢いる事を示唆していた。
「話してたいけど、練習時間がなくなるぞ?」
「練習するよ」
即答する彼女に笑顔を向ける。彼らにとって練習する時間ですら楽しくて仕方がないのだ。
五人の音が重なる度、新たな音を生み出していける気がして……届けたい想いが強くなるから…………
スタジオに着くなり、五人の音が重なる。
ここ数日続いた緊張感からようやく解放され、弾むようなリズムを刻んでいた。




