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君のうた  作者: 川野りこ
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*番外編*桜色に染まる

和也から見た奏との出逢いのお話。

桜の舞い散る中、理想的な声の持ち主を見つけた瞬間、water(s)が始まった。

 ずっと探してた。

 理想の声の持ち主。

 あの時、君の声を聴いた瞬間から…………




 帝東藝術ていとうげいじゅつ大学音楽学部附属音楽高等学校はその名の通り、音楽に力を入れている高校だ。

 各学年一クラスしかないし。

 その教室には、一台ずつグランドピアノが置かれている。

 練習室にもピアノはあるけど、俺が予定のない日に利用するくらいで、ほぼ一人で独占状態となっていた。

 彼女が現れるまでは。


 「ここのメロディーライン……俺の声だと、きついんだよなー……」


 彼以外いない小さな教室は、防音設備が整っている為、やけに和也の耳にも響いて独り言が聞こえてくる。彼は歌詞を書いていた紙を頭に乗せ、床に寝そべりながら考えを巡らせていたが、今日は良いメロディーラインが浮かばないのだろう。早々に練習室を後にした。


 やば……忘れ物した……面倒いけど、戻らないと……


 彼が置き忘れた楽譜を取りに戻ると、一年の教室からピアノの音色が聴こえてきた。


 ……凄い! この子、ピアノ上手い!!


 感心していると、透き通るような歌声が聴こえてきた。盗み聞きのようになってしまった和也は、教室の扉越しに響く彼女の音色に、静かに耳を傾けていた。


 やっと……見つけた…………

 歌が上手い人なら、世の中にたくさんいる。

 でも、それだけじゃ駄目なんだ……彼女のように、声に特徴がないと!

 

 「一年生か…………」


 合唱の曲ってことは、初見でこのクオリティってことか?!


 思わず扉を勢いよく開けそうになるのを抑え、曲が中断しないよう最後の一音まで聴き入っていた。


 彼女は一度弾き終わると、また同じ曲を練習し始めた。繰り返されるメロディーは、回数を重ねる度に指が無駄なく動き、声の大きさも増しているようだ。その音色の心地よさに、彼は声をかけるのも忘れ、聴き入っていた。


 気づくと日が暮れ、窓辺から見える桜の木は風に吹かれ、花びらが散っている。和也が曲の余韻に浸っている間に、彼女は帰ってしまったのだ。彼女が先程まで弾いていたグランドピアノに、和也は視線を移していた。


 ーーーー君が欲しい…………あの音が……

 心を奪われるって、こういう時に使う言葉だと思う。

 それくらい……どうしようもなく惹かれた……


 その日から名前の知らない彼女を探し始める事になったけど、すぐに分かった。

 一学年四十名しかいないからだけじゃなくて、彼女がピアノのコンクールで、優勝する程の実力の持ち主だったからだ。


 ーーーー上原うえはらかなでか…………どうりでピアノが上手い訳だ。


 彼がそう納得するのも無理はない。音楽に精通している高校の為、ピアノが出来て当たり前の世界の中でも彼女の実力は抜きん出ていたのだ。


 滑らかに動く指先に、一オクターブ以上開く柔軟な指も……彼女の音色は、ずっと聴いていたくなるような音だった。

 弾き手に寄って、これほど音が変わるのかと……思い知らされた。


 和也は放課後になると、彼女の元へ自然と足を運んでいた。あの音に、何度でも合いたかったのだ。


 もう一度、彼女の音が聴きたい…………弾き語りが出来るプロは山程いるけど、こんなに熱くなったのは初めてだ。

 もっと側で、彼女の音を感じたい。


 すっかり練習室の主となっていた和也は、一度教室に戻っていた。彼女に会いたかったのだが、覗いた教室には誰も残っていない。彼女が居残りをしていなければ、校舎に遅くまで残っているのは、彼くらいなのだろう。


 彼は落胆しながらも、先程までいた練習室へ戻ると、澄んだ音色が響いていた。


 ーーーーやばい…………鳴ってるのが、はっきりと分かる。

 喉を鳴らす音が、やけに大きく聞こえてくるな。


 和也は彼女の最後の一音が止むと、練習室へ勢いよく入り、声をかけた。話しかけずにはいられなかったのだ。


 「……上原うえはらかなでwaterウォーターズ(s)に入らない?」


 彼女が加入しないという選択肢はない。

 water(s)の曲を聴けば、必ず入ってくれる確信だけが胸にあった。

 だって、彼女の音を聴く度に伝わってくるのは、音楽がすきだという想い。

 その音色は温かで、まるで彼女自身のようだったから……


 和也は頬を桜色に染め、緊張気味になりながらもiPadにヘッドホン、楽譜に書いた歌詞を彼女に手渡していた。


 「あの……」


 彼女は戸惑いの声を上げながらも、手元から彼へ視線を移した。


 視線が合った事に、顔がにやけそうになったのが、自分でも分かった。

 まっすぐな瞳に、惹かれていたんだ。


 「明日、午後一時に井の頭公園の会場に来て欲しい」


 ひと言そう告げると、グランドピアノに音楽室の鍵を置いて去っていった。彼女を振り返る事なく、彼は廊下を足早に歩いていく。


 ーーーーーーーー緊張した……ってか、返答を待つ余裕がないくらい……鳴ってるな…………

 まっすぐに向けられた瞳が、hanaハナの音が、憧れすら抱いていた事に、気づかされていたんだ。

 

 一方的に約束を告げたから、確信はあっても何処かで不安だった。

 彼女にhanaって、名前まで付けてるし。

 彼女がいないwater(s)は考えられなかった。


 だから、ステージ上で彼女を見つけた瞬間、駆け寄って抱きしめそうになる衝動を抑えていた。

 その日ばかりは遠くを見つめて歌う俺も、彼女へと捧げるように歌っていた。


 ーーーー君に届けたい。

 この歌を……君に歌ってほしいんだ。

 上原奏……君のうたが聴きたい。


 「では、アンコールの声にお応えして……hana!」


 和也は彼女を見てそう呼んでいるが、呼ばれた本人はキョロキョロと、周囲を見渡している。


 彼女の手を取ると、ステージへ上げていた。

 勝手に体が動いてたんだ。


 「…………あ、あの……」

 「kei、いいでしょ?」


 彼女の声を聞かずに、話は進んでいく。

 俺がkei達に語ってきたhanaが、目の前にいるんだ。

 彼女に歌わない選択肢を与えなかった。

 どうしても……五人の音が重なる瞬間に、合いたかったんだ。


 彼の真剣な眼差しにkeiが頷いて応えると、曲が始まる。イントロが流れる中、和也は彼女を導くようにステージ中央に立っていた。


 「ーーーー歌って……」


 そう耳元で彼女に囁くと、マイクを手渡した。


 かなり強引だったのは認める。

 戸惑いもあったと思うけど、hanaは澄んだ声で歌っていた。

 昨日から、何度も繰り返し聞いてくれた"春夢"を。

 俺には、すぐに分かった。

 君は似てるから。

 音楽がすきで、歌がすきで……思わず口ずさんでしまう程に…………


 彼女が歌い出した瞬間、kei達の視線が集中しているのが分かった。

 一瞬驚いた表情を浮かべてる。

 それは、そうだろうな…………hanaみたいなの……他にいない……


 彼女の隣に立つ彼だけは、嬉しそうにハモリのパートを歌っている。

 初めて聴くであろうバンドの生の音を背に、彼女はピッチを外す事なく、楽しそうな表情を浮かべていた。


 すぐそばで……君を感じながら、奏でていたんだ。


 音色が止むと、拍手と歓声が公園に響いていた。バンドメンバーがステージから去ると、彼女はステージ横に設置された簡易のスペースに入るなり、緊張の糸が切れたかのように、しゃがみ込んだ。


 「大丈夫か?!」


 彼女の手を取り、椅子に掛けるように促せば、握った手の柔らかさに少し驚いていた。


 こんなに細い指で、あんなに壮大な音色も出せるのか……


 「俺はmiyaミヤ! よろしくな、hanaハナ!」


 そう言って俺が差し伸べた手を、彼女は握り返してくれた。


 「ーーーーやっと、見つけた……」


 俺の声は周囲の喧騒に掻き消され、奏にも届いていなかったと思う。

 でも、待ち焦がれた存在に、その場にいたメンバーには、これがどういう意味か分かっていたんだ。


 この日、water(s)というバンドにhanaが加入し、五人での活動が始まる事となった。

 桜が舞い散る中、君と出逢えた奇跡に今も感謝している。

 その後、俺達は恋人同士となり、water(s)はプロデビューを果たす事になるが、それはまた別の話だ。




 桜色に染まる空を眺めながら、和也は彼女と出逢った日の事を想い返していた。


 「和也ー! 行くよー!」

 「あぁー」


 お花見の場所取りをしたkei達の元へ、和也は奏と手を繋ぎ、歩いていく。


 ずっと探していた理想の声の彼女は、今も俺の隣で楽しそうに笑っている。

 あの時、彼女の声を聴いた瞬間から、すべては始まっていたんだ。

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