第32話 seasons
三月二十八日、午後五時。
『本日、午後六時よりwater(s)の始まりの場所でフリーライブを行います! 都内近郊にお住まいの方は是非お越し下さい』
SNSに杉本が発信すると、瞬く間に拡散されていく。
seasonsって単語は、クリスマスライブをした事があるからSNS上に出てはくるけど……始まりの場所というヒントだけでは、難しいみたい。
過去の配信動画を確認している人もいるみたいで、再生回数が伸びてるってスギさんが言ってた。
でも、私はそれどころじゃない。
ライブ前は、いつも緊張するし……最高のライブに出来るようにと…………色々考えてしまう。
リハは上手くいったから、大丈夫。
彼女は自分自身に、エールを送っていた。
舞台裏では、リハーサルを終えたwater(s)がスタンバイしていた。フリーライブの為、いつもはカウンターに並ぶ椅子やフロアにあるテーブル等は全て撤去され、広い観客用のスペースが出来ている。
「今日も最高のライブにするぞー!」
『おーー!』
いつものように円陣を組んで、五人は重ねていた右手を掲げ、ハイタッチを交わすと、ステージへ立っていた。今日は今までと違い、彼女も肩からギターを下げている。
「こんばんはー! SNSを見て下さってありがとうございます!」
拡散から一時間しか経っていないが、会場は超満員になっていた。観客の声援が響く中、ライブが始まる。
「それでは聴いて下さい!」
keiの声を合図に曲が始まると、hanaも歌いながらギターを弾いていた。
観客が集まらないかも……と、不安に思ってた時もあるけど、そんな事なかった。
みんなの思ってた通りになってる。
デビューが決まった場所を知っている人が、聴いてくれている人が……こんなにいるなんて…………
自分の耳で聴くと、より強くみんなの音を感じる。
いつだって魅せられているの。
音響効果とか気にならないくらいに…………
曲が変わりギターを下ろすと、マイクを片手にステージ上を動き回っていた。多くの人に伝えたい想いが、溢れ出していたのだ。
「今日は、僕達の二周年ライブに来て下さって、ありがとうございました!」
『ありがとうございました!!』
keiの声に続き、五人は手を繋ぎ、観客に向かって一礼をしている。ライブが終わったのだ。
観客からは惜しみない拍手が送られる中、バックステージでは抱き合って喜びを噛み締めている彼らの姿があった。
「お疲れー!」
「お疲れさまー!」
彼女は強く抱き寄せられていた。
「miya?!」
「ギター、完璧だった……」
「……ありがとう」
彼の唇が触れそうになる程の近い距離感に、思わず視線を逸らす。
「ーーーーhana……」
「miya……近いよ……」
甘い声で囁く彼は、彼女の反応を楽しむかのように態と顔を寄せている。頬を赤く染める彼女を機材で隠すと、唇が触れ合う。
「ん……」
「……すきだよ」
「ーーっ、mi…」
彼女の声は、彼に呑み込まれていた。深くなる口づけが、彼女の理性を奪っていく。熱を帯びたような瞳に、彼も心を奪われていたのだ。
「ーーーーっ?!」
胸元が強く吸い上げられ、彼の痕を残していた。
「miyaー、hanaー、着替えたら打ち上げするぞーー」
「はーい」 「……うん!」
hiroの声に、彼が先に機材から顔を出した。二人は手を繋いだままだが、彼女の顔を隠すようにmiyaが歩いている。
「……hana……顔、真っ赤」
「うっ……miyaのせいでしょ……」
頬が赤いのが、自分でも分かる。
顔が熱い…………hiroが声をかけてくれなかったらって思うと……
彼女の抗議の声は、彼には届かないようだ。今も頭を優しく撫でている。
ーーーー……ずるい……そんな顔されたら、何も言えなくなるよ。
彼の瞳が、愛おしいと囁いているようだった。
「hana達は、こっちなー」
「うん!」
「二周年とhanaの大学入学を祝って、乾杯!!」
「乾杯!」
「みんな……ありがとう……」
seasonsでライブの際は、いつものように春江さん等を巻き込んで打ち上げを行なっていた。
「お疲れーー!」
「乾杯!!」
成人組はアルコールも入り、既に出来上がっている者もいるようだ。何度目かになるか分からない乾杯をしている。奏は和也といつものように、レモネードを飲んでいた。
「いいなー……miyaは誕生日がきたら、成人組の仲間入りだね」
「あぁー、keiとakiはお酒強いよなー」
「確かに」
奏が視線を移すと、顔色を変えずに飲んでいる二人と、顔を真っ赤にしながらソフトドリンクを飲む大翔の姿が目に入る。
「……奏、これは俺から入学祝い」
「ありがとう……開けていい?」
「うん」
綺麗にリボンの掛かった丸い箱を開けると、中には指輪が入っていた。
「可愛い……」
チェーン状になったリングの真ん中には、光る石が付いている。ごく自然に右手は取られ、彼が薬指に触れていた。
「ん……似合うな。それにしても奏、やっぱり細いな」
「……そう?」
彼女は内心、気が気じゃなかった。
ーーーー触れられた手が、さっきよりも熱く感じる。
指輪を貰った事もだが、二人の距離が近い事に、ますます色づいていく。
「和也……ありがとう……」
改めて告げる彼女のピンク色に染まった頬に、手を伸ばしそうになるのを抑え、頭を優しく撫でる。周囲の目がある場所では、彼なりに自重しているからだ。
「hana、miya、春江さんの所に渡しに行くだろ?」
『うん!』
恒例のように、春江に発売したばかりのCDと花束を手渡すと、彼女は柔らかな笑みを浮かべていた。
「ありがとう……もうすぐ、テレビからも見れるようになるのね……」
「はい……」
「今日も素敵なライブだったよ」
ーーーー春江さんに、そう言って貰えると……
「hana……」
隣にいた彼が涙を拭っている。彼女の瞳から、涙が溢れ出していたのだ。
「…………miya……」
「hanaらしいな……」
「あぁー」
「春江さん、またライブさせて下さいね」
「kei、勿論だよ。いつでも待っているからね」
「ありがとうございます!」
「よかったな、hana」
「うん!」
大成功したフリーライブは、笑顔で幕を閉じた。
「あーー、飲んだなー」
「圭介と明宏は、顔色変わんないじゃん!」
「本当だねー」
「大翔が酔いやすいんだろー?」
「空きっ腹に飲んだからなーー」
「和也の方が飲めるようになるかもな」
「そうかも。健人も強いし」
「そっか。奏は?」
「私? 私はどうだろう……お父さんとか家で晩酌したりしてないから、分からないかなー」
「晩酌かーー、圭介と明宏は、毎晩飲んでるのか?」
「そんな訳ないだろ?」
「あぁー、普段は飲まないからなー。ウイスキーとか、味はすきだけどな」
「美味しいって事?」
「そういう事」
呼び名が自然と、いつもの名前呼びに変わる。water(s)としての活動時間が終わったのだ。
「桜……満開になるよね」
「うん……大学周辺は、桜並木が多いからな」
「そうだね……」
ーーーーーーーー鳴り止まない……
五人が歩いて駅まで向かう中、彼女はそっと手を握られていた。隣にいる彼を見上げると、微笑んでいる。
「……奏が入学してくるの楽しみだな」
「うん……私も……」
…………握られた手の温もりを感じる。
seasonsのステージに初めて立った日のこと。
“春夢”みたいに、夢の中にいる感覚は今もある。
痛いくらいの胸の高鳴りも、すべて今に繋がっているって…………
想い返す彼女の大学生活が、これから始まろうとしていた。




