第31話 卒業
大学にある講堂では、卒業式が行われている。壇上では、グランドピアノに触れる奏の姿があった。卒業生を代表して弾いていたのだ。
彼女の指先から流れる音色は多彩だ。まさに色づいてると言っても、過言ではないのだろう。その音色に卒業生の中には涙を流す者がいたが、当の本人は楽しそうな横顔を見せていた。
「ーーーー奏らしい……」
綾子は泣きそうになりながらも微笑むと、そう呟いていた。
「……そうだね」
「……真紀、泣いてるよ?」
「そういう綾子だってーー」
二人とも涙が溢れていた。希望と不安は隣り合わせのようで、卒業を喜びながらも三年間共に過ごした仲間と別れる事は、寂しく感じていたのだろう。彼女の音色が、そうさせていたのだ。楽しそうに奏でる温かな音色が、素直に涙を流させていた。
成績優秀者が発表を終えると、式は滞りなく行われ、高校の校舎へ戻っていく。
ーーーー桜は……入学式の頃に満開になるのかな…………三年間、いろんな事があった。
一年の時に、和也と……みんなと出逢ってから、私の見れる景色は大きく変化した…………もう、知らなかった頃には戻れない。
歌いたくて……
三年間過ごした校舎に戻る中、桜並木を眺めていた。この場所で過ごした日々を想い返していたのだ。
「奏ー! 綾子ー! こっち向いてーー!」
『はーい!』
真紀の携帯電話に、二人は笑顔で写っている。
「そこー! 戻るぞー」
『はーい、先生ー』
担任の教師から注意されつつ、クラスメイトは楽し気に教室へ戻っていく。来月から始まる大学生活に、心躍らせていたのだ。
教室では携帯電話やカメラで写真を撮ったり、卒業アルバムにメッセージを書きあったりしている。
「専攻は違うけど、また遊んだりしようね」
「うん!」
「奏ーー、こっちにはhanaってサインしてー」
「うん、いいよー」
三年間一緒に学んだ仲間も、来月になれば大学生。
指揮科や邦楽科とか……様々な学科に分かれるから、新たな人達と共に四年間学ぶことになるんだ……
あんなに早く大学生になりたかったのに……いざ卒業すると、やっぱり淋しい…………
毎日のように顔を合わせていた友達と……会えなくなるんだ……
何処か淋しさを滲ませた彼女は、クラスメイトと笑顔で写真に収まっていた。
「奏、また入学式にねーー」
「うん! 綾ちゃん、またねー」
彼女は笑顔で別れを告げると、いつもの場所で待つ杉本の元へ急いだ。
ーーーーあっ……和也だ……
車の前で待つ彼の姿が目に入った。和也も彼女に気づき、手を振って応えていると、すぐ側をクラスメイトが通り過ぎていく。
「あっ、酒井!」
「上原、お疲れー!」
「お疲れさまー、また、来月からよろしくね」
「うん、またなー」
奏は同じピアノ専攻になる酒井に手を振ると、和也の元へ駆け出していた。
「奏、卒業おめでとう!」
かすみ草の花束が目の前に差し出される。
「ーーーーありがとう……」
花束に顔を近づけ、頬を緩ませていた。
ーーーー私……卒業したんだ…………
講堂でピアノを弾いてる時は、ただ夢中で…………ライブとは違う緊張感に包まれてたけど、楽しかった。
私は音楽がすきだって、再認識させられた。
私の音が……少しでも卒業式を彩ってくれてたらいいな……
そしたらーーーー……
和也が頬に触れそうになっていると、運転席で待つ杉本が声をかけた。
「二人とも行くよー」
『はーい』
二人が揃って応えると、いつものワゴン車に乗り込む。
「hanaー! 卒業おめでとう!!」
車内にはwater(s)のメンバーが揃っていた。クラッカーを鳴らし、彼女の卒業を祝っている。
「……ありがとう……」
…………嬉しい……綾ちゃんは同じ専攻だけど、真紀ちゃんとか……離れたら淋しい人は、たくさんいるけど…………ようやく、みんなと同じ大学に通える。
また……和也と、同じ場所で学べるんだ……
「これは、俺達から奏に……」
「ありがとう……開けてもいい?」
「勿論!」
和也から手渡された箱を開けると、中には彼らと色違いのワイヤレスイヤホンが入っていた。
「これ! みんなが良いって、言ってた!」
「そう、hanaも買おうか迷ってただろ?」
「うん……」
「来月からは、hanaも女子大生かー」
「いい響きだな。女子大生って」
「そう? それは、hiroだからじゃない?」
「言えてるな」
「何でだよ?!」
五人だけでなく、運転している杉本からも笑みが溢れている。
ーーーーみんながお祝いしてくれて、私は幸せものだ……
スタジオに着くと、五人の音色が重なっていた。
ライブに向けて、練習の日々。
いつ聴いても、みんなの音は心に響く。
ただ響くんじゃないの……強く響いて、私を捕らえて離さない。
そんな引力を毎回のように感じてるの。
私の歌も、そうであるといいな…………
いつだって、和也の名付けたバンドに相応しいモノにしたいって思ってるから……
「仕上がったな……」
「あぁー」
「そういえば、スギさんは?」
「すぐ戻ってくるよ」
そう応えた圭介の通り、程なくして杉本がスタジオに顔を出した。彼らは杉本が席を外していた事に気づかないほど、集中していたのだ。
「皆、お疲れさま。出来てるよ」
彼が持ってきたダンボール箱の中には、発売前のCDが入っている。
「わーい! スギさん、ありがとうございます」
真っ先に喜ぶ彼女はCDを手に取ると、感慨深いものを感じていた。
ーーーーこれが顔出し前、最後のCD…………思っていたよりも……
「早かったな……」
隣でそう溢す和也に頷く。
「そうだな。最初は、hanaの大学卒業まで待つつもりだったからな」
「あぁー、俺達の方が、待ちきれなかったな……」
「だよな、待ち遠しかったな」
CDを手に取った彼らも、ある一部分を除いては彼女と同じ気持ちだったようだ。
「ーーーーhanaの歌う姿を、早く披露したかったんだよ……」
「えっ……」
彼女がそう告げた和也から、彼らに視線を移すと微笑んでいた。それ程までに、彼女の音楽性を認めていたのだ。
「hanaは、分かってないよなー」
「aki……分かってないって?」
「そういう所だろ?」
「あぁー」
「hanaが歌う姿を早く広めたかったのは、きっと僕達だよ。だろ? miya」
「うん、当たり前」
「出た! 即答!」
「ーーーーみんな……」
「顔出ししたら、憧れた音楽番組とかに出れるかもしれないだろ?」
「…………うん……」
少し照れたように告げる和也に、彼女も微笑んでいた。
ーーーー待ちきれなくて……私の高校卒業までになったなんて、知らなかった。
てっきり……佐々木さんとかスギさんからの打診があったのかと思ってた。
私は追いつく事に……いつも目の前の事に、精一杯で……
そっか……顔出しするって事は、今までとは違う伝え方が出来るって事なんだ。
たとえば、みんなが好きな大きいフェスに出たり……
「……楽しみだろ?」
「うん!」
今度は彼女もすぐに応えていた。
想像しただけで、胸が高鳴っていくみたい……見たことのない景色を見る度に、いつも鳴っているの。
みんなの音を聴く度に、歌う度に、いつも…………
高校を卒業したばかりの彼女は、water(s)の未来に期待を膨らませていた。それは、彼らの心も高鳴らせていたのだ。




