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君のうた  作者: 川野りこ
30/126

第30話 弦の音色

 ギターを持った奏の前には、water(s)の四人が座っている。


 ーーーー初めての英詞…………聴いてほしいし、みんなに届けたい。


 彼女は緊張感のある中、新曲を発表していた。


 みんなの前で歌う事、ピアノを弾く事には、慣れてきたとは思うけど……ギターを片手に弾き語りをするのは、初めてで……

 それに、みんなは耳がいいから……反応が、少し怖くもある。

 でも…………それでも、届けたいの。


 さすがは奏と言えるだろう。今までの練習の成果と本番に強い事もあり、いつも通りに声が出ている。澄んだ声と弦の音色がスタジオに響き、優しく包み込んでいた。


 「ーーーーーーーー上手くなったな……」


 思わずこぼした和也に、周囲も納得したように頷く。彼女のギターの腕前が上がった瞬間だ。

 彼らの瞳には、彼女がギターを持ってステージ中央で歌う姿が、くっきりと映っていた。


 「…………どうかな?」


 曲は、私の……今の最大限で出来ることをした。

 英詞を日本人の私が伝えるって、難しいって痛感したけど…………多くの人に伝える為の手段の一つとして……これからも、掴んでいきたいから…………


 返答がすぐにない為、不安気に見つめていると、和也が一番に口を開いた。


 「…………よかった……」


 その言葉に我に返ったかのように、大翔に、明宏、圭介と、続けざまに感想を述べていく。


 「うん! かっこいい曲だった!」

 「あぁー、本当、上手くなったな」

 「そうだな。このまま、いけるな……」


 みんなに見せる度、不安になるけど…………また……少し、理想に近づけたのかな。

 water(s)の理想に……


 奏が嬉しそうな表情を浮かべている中、和也はそんな彼女を愛おしそうに見つめていた。


 「…………和也?」

 「奏、頑張ったな……みんなで演るの、楽しみだな」


 二人きりだったなら抱きしめていただろう。和也は彼女の頭を優しく撫でていた。


 「……ありがとう……」


 ーーーー和也の癖、だよね。

 頭を優しく撫でられると、心が温かくなるの。

 もっと……触れたくなる……なんて、言えないけど…………

 最初の頃よりは冷静になれるようになったけど……それでも触れられる度に、鳴ってるの。

 今も……


 全編英詞の作曲をhanaが初めて一人で手がけたシングルは、洋画の日本でのテーマ曲になるが、それはもう少し先の話だ。

 いつもとは違うwater(s)の音色にも関わらず、CDの売り上げを伸ばす事となった。


 スクランブル交差点を行き交う喧騒の中、頭上から流れる音色に綻ぶ。


 ……諦めないで、頑張ってよかった…………


 彼女が今まで学んだ事を生かしたようなメロディーが、街中から聴こえる日が来ていた。




 「奏ーー! 明けましておめでとう!」

 「綾ちゃん、真紀ちゃん、明けましておめでとう!」

 「おめでとう!!」


 約束していた通り、初詣に来ていた。奏はこの後も予定がある為、ギターケースを背負っている。


 「クリスマスの動画ありがとう。かなり、面白かったよ」

 「だよねー、あれだけ盛り上がるとは思わなかった」

 「そうそう、あっ、順番来るよ!」


 話が尽きないなか、笑いながらもお賽銭を準備した。


 クリスマス会は、カラオケ店で行われたみたいで、変なモノマネをし出す佐藤や歌の上手い酒井がいて、とっても盛り上がってた。

 綾ちゃんと真紀ちゃんから、送られた動画が面白くて……


 思い出し笑いしそうになるのを堪え、お詣りを終えると、奏はすぐに二人と分かれ、彼らの待つスタジオへ向かうのだった。


 「奏、忙しそうだね」

 「うん、でも最近は顔色いいし。楽しそうだから良し」

 「綾子は、奏のお母さんか!」


 真紀と綾子は顔を見合わせ、笑い合う。


 「真紀、CDショップ行ってもいい?」

 「うん! 私も行きたい!」

 『“dream”!』


 二人は揃って応えていた。water(s)のCDを購入し続けている彼女達は、奏の友人であり、hanaのファンでもあった。


 奏がスタジオに着くと、四人とも揃っていた。 全員集まった所で杉本が報告していく。


 「まず、“dream”がオリコン一位を獲得しました!」


 五人は顔を見合わせたかと思えば、ハイタッチを交わし喜び合っている。


 「それと、今年から顔出しするから活動が本格的になる前に、三月にseasonsで二周年ライブを行います!」


 また揃って拍手をして声が上がる。ライブと聞いて盛り上がらないはずがない。


 「ただし……今回は、今までと違って告知はしません。数時間後、はじまりの場所で演奏する事だけSNSで発信します」


 彼の発言を補足するように、圭介が話し出す。大まかなスケジュールは杉本とリーダーである圭介が立てているからだ。


 「前からファンに感謝のフリーライブ演りたいって、言ってただろ? それを今回、実現しようって事になったんだよ」

 「今から楽しみだなー」

 「そうだな」

 「…………集客、あるかな?」


 彼女の不安気な言葉に、彼らは笑って応える。


 「そこは、大丈夫でしょ」

 「あぁー、フリーライブ演るいい機会だな」

 「奏の歌なら大丈夫だよ」

 「ーーーーうん……」


 誰も……観客がいない事は、想像していないみたい。

 むしろ入場無料だから、入場制限がかからないかをみんなも、スギさんも気にかけてる…………本当……敵わない……


 「さすがだね……」


 その自信を、私も見習いたい。

 私も曲作りに関しては、発表する度に緊張はあるけど、自信をもってる。

 試行錯誤しながら、私の伝えたい……届けたい想いを、描いてるから……


 「では、アンコールも含めて二時間程のライブを予定してるから、選曲が決まったらリストあげてね」

 『はい!』


 五人揃って応え、早速選曲が行われていく。


 ライブは単純に、楽しみで仕方がない。

 少しでも多くの人に届けたい気持ちは、変わらないから……それこそ、ずっと歌っていたいくらい。

 みんなで演奏できるなら、何処でもよくて…………考えただけで、鳴ってしまうの。


 「まず、選曲からだな」

 「うん!」


 彼女も楽しそうに意見を出していく。より良いライブにするという共通認識からも、次々と要望が増えていく。


 明日からの練習が待ち遠しいくらい。

 鳴り止まないの……


 「次、頭からなー」


 テンションが上がってくる。

 レコーディングと違って、ライブはいつだって一回きりの勝負。

 剣道の試合みたいに……高鳴る想いは変わらない。

 一期一会だよね…………今は、スギさんに届くように歌ってる。

 私のうたが……たとえばBGMのように、誰かの想い出に寄り添うように、懐かしいと感じてアルバムをめくる度に、聴こえてくるように…………そんな風に、鳴ってくれる事を何処かで願ってる。


 ーーーーーーーーでも願うだけじゃ、叶わない事も分かってる。

 いつも新しく、今の私の歌が一番だって言って貰えるようにしたい。

 和也がすきだと言ってくれた歌を……


 ギターを弾きながらも、彼女の歌声は届いていた。時折、痛いほどに胸に響いていたのだ。


 通しての練習は、気力も、体力も、すべて持っていかれるみたい…………でも、疲れよりも……溢れ出して止まらなくなるの。

 呼吸も、みんなのタイミングも……きっと私だけが知ってる些細な変化……


 集中していた彼らも、彼女の歌声でコンディションを読み取っていた。テンションが上がっていたのは、彼女に限った事ではない。

 いつか大きなステージで歌うhanaを夢見ていたのは、彼女だけではないのだ。それは、彼ら共通の想いでもあった。

 



 ここの所、ギターを持ち歩いている奏は、大学の練習室を訪れていた。


 「ーーーーみんな……まだかな……」


 一足先に弾き語りをしていく。彼女はピアノの椅子に腰掛けたまま、ギターを片手に歌っている。それは、初めて歌った曲だ。


 ーーーー懐かしい…………そんなに前の事じゃないのに、そう感じてしまうくらい……毎日が目まぐるしく過ぎていく。

 ただ歌うだけで精一杯だった私は……みんながいたから、ここまで来られた。

 和也がいたから、歌ってるんだ……


 重い扉を開けて彼らが入っても、集中していたのだろう。すぐに気づく事はなく、歌い続けている。


 「ーーーーやばいな……」

 「あぁー」

 「そうだな……」

 「ーーーーーーーーぜんぶ……奏の曲だな……」


 そう告げた和也は、そう遠くない未来を感じていた。彼女の為にアレンジし直した未発表の曲は、世に出せるまでの仕上がりになっていたのだ。


 「……アルバムに入れたいな」

 「いいじゃん!」

 「大翔、声でかい……」


 さすがの奏も彼らに気づき、いつまでも聴いていたくなるような音色が止んだ。


 「みんな、お疲れさまー」


 いつもと変わらない彼女に微笑んで応えると、五人の音が重なり絶妙なハーモニーを生み出していった。

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