表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君のうた  作者: 川野りこ
29/126

第29話 夢

 CMとタイアップのCD売り上げは上々みたい。

 スギさんが喜んでくれてたのが、一番印象に残ってる。

 でも、何処か他人事のようで…………


 CD売り上げランキングトップ5に、water(s)の曲が三曲入っている事からも人気を伺い知る事が出来るが、奏にはその実感があまり見られない。売れている感覚も、聴いてくれる人が大勢いる事にも、現実味がないからだ。


 「あっ、このバンド好き!」


 新宿のビルにある液晶の大画面からCMと共に曲が流れる。


 「私もーー! hana、歌上手いよねーー」

 「うん! どんな人達が演ってるんだろうね」

 「顔出ししないかなーー、hanaの声すきーー」

 「私もーー、ライブに行ってみたいよね!」


 男性メンバー中心のバンドの為、女性のファンが多いようだが、彼女の声に惹かれるのは老若男女問わずだろう。

 今も彼女の声を好きだと言う女子高生が、二人の前を歩いていた。


 「ふっ……」

 「ちょっ! 和也、笑い堪えないでよー」

 「だって、あんな風に思われてるって有り難いけどさ。何か実感がなー」

 「それは分かる……夢見心地な感じで……」

 「だよな……」


 私の声じゃないみたいだけど…………こうして聴いてくれる人を見かけると、嬉しくなる。

 water(s)の曲が届いてるんだって……


 「奏の声が一番なのは同感だけどな……」


 耳元で囁かれた言葉に頬が染まる。分かりやすい反応に満足気な顔をされれば、反論のしようがない。握られた手を素直に握り返した。


 「奏、カラオケ行くだろ?」

 「うん」


 二人に周囲を気にする様子はなく、手を繋いで歩いていく。


 今日は買い物やカフェでお茶をしたり、デートをしてたけど、最後はお約束のカラオケ店。

 練習兼任だけど、それすら楽しいの。

 だって、私達は音楽がすきだから…………


 いつものように飲み物が来ると、履歴に残る自分達の曲にテンションを上げつつ、好きなアーティストの曲を歌っていく。


 カラオケで自分達の曲を歌うことは、滅多にないけど……デンモクでは検索しちゃう。

 形になってると、現実味が帯びる気がするから。


 今も和也が昔から好きなアメリカのバンドの曲を歌っていた。


 「洋楽、いいねー」

 「だよなー、奏も結構ギター弾けるようになったし。英詞に今度、挑戦してみる?」

 「……全部、英語ってこと?」

 「そう。ワンフレーズだけならあるけど、全編って少ないじゃん?」

 「うん……確かに……」


 創り甲斐のある提案に、何の躊躇いもなく頷いて応える。素直な反応は、音楽において妥協がないともいえる。随所に出る音楽用語も二人にとっては日常の一部だ。


 「奏の曲、楽しみにしてるから」

 「うん!」


 まっすぐに向けられる視線を奏から逸らす事はない。

 確実に実力をつけていく横顔は誇らしいのだろう。マイクを持った彼女は無敵の歌姫のように映った。


 アップテンポな英詞も関係ない。いつもの彼女と変わらない声だ。その後、二人が歌った曲は必然的に全て洋楽となっていた。


 日本語で当たり前のように描いていた歌詞を、英語にするって難しい。

 でも、やってみたいと思った。

 もし描き上げる事が出来たら、water(s)の音楽の幅が広がるし、私自身の力にもなるから……


 奏は時折、辞書を引きながら英語で作詞しているが、すんなりと言葉が出てこないのだろう。机に突っ伏したかと思えば、気分転換をするようにピアノやギターを弾き、ノートへなぐり書きを繰り返していた。


 …………こういう時、言葉を知らない自分が嫌になるけど、向き合わなくちゃ…………

 私にとって曲作りは、自分自身と向き合う作業でもあるから……


 「奏ーー、ご飯よーー」

 「はーい」


 母の呼びかけに応えリビングに向かえば、久しぶりに家族団欒の夕飯である。


 「奏、作曲中なの?」

 「うん……下まで聞こえてた?」

 「あぁー、奏が作ってるの多いよな?」

 「うん……基本、みんな作れちゃう人達だから、やらせて貰ってるって感じかな」

 「そうなの?」

 「そうだよ、創。デビュー前……私が入る前は、それこそ和也の為に在ったようなバンドだから」

 「あーー、それはイメージつくけど」


 弟の反応に、微笑んでみせる。


 ーーーーだからこそ、納得できるものを作りたい。

 私は毎回、チャンスを与えられてるようなものだから……

 温かなご飯と何気ない家族の会話……


 彼女は日常からも言葉を探していたが、浮かぶだけでまとまらない。テーマが揺れ、ノートにはフレーズの箇条書きが並んでいた。




 「上原ーー、この間の曲めっちゃ良かった」

 「酒井、ありがとう」


 クラスメイトにお礼を言うと、お弁当を広げた。彼女の周りには、綾子や真紀がいつものように机を並べている。


 「今年のクリスマス、綾子は佐藤とデート?」

 「一応、その予定だよー。真紀は?」

 「私はクラスのクリスマス会に参加するよー」

 「それは私も参加するよー! 二十五日でしょー?」

 「うん! 奏はー?」

 「私は予定あって行けないから、二人の写メ待ってるね!」

 「OK! 初詣は行けそう?」

 「行くー! 合格祈願も兼ねてるからね!」


 彼女は十二月から年始にかけて、音楽番組等に出演予定の為、また多忙な時期を迎えるのだ。


 お弁当を食べながら、教室でこんな話が出来るのも後少しか…………大学付属の高校だけど、試験があるし。

 今後の学科や専攻によって、クラスが分かれる事になるから……三年間一緒に過ごしてきた友達と進学先は同じだけど、今みたいに毎日会えなくなっちゃうんだ。


 ーーーーーーーー卒業……旅立ちをテーマにしたら、英語でも思いつくかも…………言葉が、音が……あふれてくる。


 彼女が話しながらも考えるのは、音楽の事ばかりだ。


 未来への戸惑いもある。

 私の希望のピアノ専攻志望はクラスにもいるから、仲間であり、ライバルでもある。

 別れの日は、いつだって泣き出しそうで…………何を選んだら正解かは分からないけど、掴みたい夢の為に、新しい場所へ踏み出す。

 明るくて、優しく包んでくれるような……そんな曲にしたいの。

 旅立ちを祝して…………


 「"dream"……夢……」


 部屋にあるピアノを弾き終えると、出来たばかりの曲を見直していた。


 「うーーん、ギターだと私の技術じゃ厳しい……」


 ピアノの椅子に腰掛けながら、ギターを片手に歌っていく。スムーズに弾けない部分があるのだろう。時折、独り言を呟いたり、部分的な練習を繰り返している。


 もう少し、あと少し……滑らかに指を動かしたい。

 和也や圭介みたいなギターの音がほしいの。


 そんな時間が二時間ほど続くと、奏はギターを片手に弾き語りを始めた。


 これが、今の私にできる最大限。

 もっと上手くなりたい……何処でも奏でられるような……そんな人になりたい…………掴みたい夢へ踏み出す勇気。

 それはーーーー……


 想い描いた音が出せるようになっていたのだろう。ギターの音色にのせ、声も伸びやかさが増している。


 防音の部屋ではない為、柔らかな音色はリビングにいる母にも聴こえていた。


 「ふふ、奏……楽しそう」


 思わず笑みのこぼれる母は、娘の頑張りを応援するようにはりきって夕飯の支度をしていく。

 胸が高鳴っていたのは、彼女だけではなかったのだ。その想いは、母の心にも届いているようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ