第29話 夢
CMとタイアップのCD売り上げは上々みたい。
スギさんが喜んでくれてたのが、一番印象に残ってる。
でも、何処か他人事のようで…………
CD売り上げランキングトップ5に、water(s)の曲が三曲入っている事からも人気を伺い知る事が出来るが、奏にはその実感があまり見られない。売れている感覚も、聴いてくれる人が大勢いる事にも、現実味がないからだ。
「あっ、このバンド好き!」
新宿のビルにある液晶の大画面からCMと共に曲が流れる。
「私もーー! hana、歌上手いよねーー」
「うん! どんな人達が演ってるんだろうね」
「顔出ししないかなーー、hanaの声すきーー」
「私もーー、ライブに行ってみたいよね!」
男性メンバー中心のバンドの為、女性のファンが多いようだが、彼女の声に惹かれるのは老若男女問わずだろう。
今も彼女の声を好きだと言う女子高生が、二人の前を歩いていた。
「ふっ……」
「ちょっ! 和也、笑い堪えないでよー」
「だって、あんな風に思われてるって有り難いけどさ。何か実感がなー」
「それは分かる……夢見心地な感じで……」
「だよな……」
私の声じゃないみたいだけど…………こうして聴いてくれる人を見かけると、嬉しくなる。
water(s)の曲が届いてるんだって……
「奏の声が一番なのは同感だけどな……」
耳元で囁かれた言葉に頬が染まる。分かりやすい反応に満足気な顔をされれば、反論のしようがない。握られた手を素直に握り返した。
「奏、カラオケ行くだろ?」
「うん」
二人に周囲を気にする様子はなく、手を繋いで歩いていく。
今日は買い物やカフェでお茶をしたり、デートをしてたけど、最後はお約束のカラオケ店。
練習兼任だけど、それすら楽しいの。
だって、私達は音楽がすきだから…………
いつものように飲み物が来ると、履歴に残る自分達の曲にテンションを上げつつ、好きなアーティストの曲を歌っていく。
カラオケで自分達の曲を歌うことは、滅多にないけど……デンモクでは検索しちゃう。
形になってると、現実味が帯びる気がするから。
今も和也が昔から好きなアメリカのバンドの曲を歌っていた。
「洋楽、いいねー」
「だよなー、奏も結構ギター弾けるようになったし。英詞に今度、挑戦してみる?」
「……全部、英語ってこと?」
「そう。ワンフレーズだけならあるけど、全編って少ないじゃん?」
「うん……確かに……」
創り甲斐のある提案に、何の躊躇いもなく頷いて応える。素直な反応は、音楽において妥協がないともいえる。随所に出る音楽用語も二人にとっては日常の一部だ。
「奏の曲、楽しみにしてるから」
「うん!」
まっすぐに向けられる視線を奏から逸らす事はない。
確実に実力をつけていく横顔は誇らしいのだろう。マイクを持った彼女は無敵の歌姫のように映った。
アップテンポな英詞も関係ない。いつもの彼女と変わらない声だ。その後、二人が歌った曲は必然的に全て洋楽となっていた。
日本語で当たり前のように描いていた歌詞を、英語にするって難しい。
でも、やってみたいと思った。
もし描き上げる事が出来たら、water(s)の音楽の幅が広がるし、私自身の力にもなるから……
奏は時折、辞書を引きながら英語で作詞しているが、すんなりと言葉が出てこないのだろう。机に突っ伏したかと思えば、気分転換をするようにピアノやギターを弾き、ノートへなぐり書きを繰り返していた。
…………こういう時、言葉を知らない自分が嫌になるけど、向き合わなくちゃ…………
私にとって曲作りは、自分自身と向き合う作業でもあるから……
「奏ーー、ご飯よーー」
「はーい」
母の呼びかけに応えリビングに向かえば、久しぶりに家族団欒の夕飯である。
「奏、作曲中なの?」
「うん……下まで聞こえてた?」
「あぁー、奏が作ってるの多いよな?」
「うん……基本、みんな作れちゃう人達だから、やらせて貰ってるって感じかな」
「そうなの?」
「そうだよ、創。デビュー前……私が入る前は、それこそ和也の為に在ったようなバンドだから」
「あーー、それはイメージつくけど」
弟の反応に、微笑んでみせる。
ーーーーだからこそ、納得できるものを作りたい。
私は毎回、チャンスを与えられてるようなものだから……
温かなご飯と何気ない家族の会話……
彼女は日常からも言葉を探していたが、浮かぶだけでまとまらない。テーマが揺れ、ノートにはフレーズの箇条書きが並んでいた。
「上原ーー、この間の曲めっちゃ良かった」
「酒井、ありがとう」
クラスメイトにお礼を言うと、お弁当を広げた。彼女の周りには、綾子や真紀がいつものように机を並べている。
「今年のクリスマス、綾子は佐藤とデート?」
「一応、その予定だよー。真紀は?」
「私はクラスのクリスマス会に参加するよー」
「それは私も参加するよー! 二十五日でしょー?」
「うん! 奏はー?」
「私は予定あって行けないから、二人の写メ待ってるね!」
「OK! 初詣は行けそう?」
「行くー! 合格祈願も兼ねてるからね!」
彼女は十二月から年始にかけて、音楽番組等に出演予定の為、また多忙な時期を迎えるのだ。
お弁当を食べながら、教室でこんな話が出来るのも後少しか…………大学付属の高校だけど、試験があるし。
今後の学科や専攻によって、クラスが分かれる事になるから……三年間一緒に過ごしてきた友達と進学先は同じだけど、今みたいに毎日会えなくなっちゃうんだ。
ーーーーーーーー卒業……旅立ちをテーマにしたら、英語でも思いつくかも…………言葉が、音が……溢れてくる。
彼女が話しながらも考えるのは、音楽の事ばかりだ。
未来への戸惑いもある。
私の希望のピアノ専攻志望はクラスにもいるから、仲間であり、ライバルでもある。
別れの日は、いつだって泣き出しそうで…………何を選んだら正解かは分からないけど、掴みたい夢の為に、新しい場所へ踏み出す。
明るくて、優しく包んでくれるような……そんな曲にしたいの。
旅立ちを祝して…………
「"dream"……夢……」
部屋にあるピアノを弾き終えると、出来たばかりの曲を見直していた。
「うーーん、ギターだと私の技術じゃ厳しい……」
ピアノの椅子に腰掛けながら、ギターを片手に歌っていく。スムーズに弾けない部分があるのだろう。時折、独り言を呟いたり、部分的な練習を繰り返している。
もう少し、あと少し……滑らかに指を動かしたい。
和也や圭介みたいなギターの音がほしいの。
そんな時間が二時間ほど続くと、奏はギターを片手に弾き語りを始めた。
これが、今の私にできる最大限。
もっと上手くなりたい……何処でも奏でられるような……そんな人になりたい…………掴みたい夢へ踏み出す勇気。
それはーーーー……
想い描いた音が出せるようになっていたのだろう。ギターの音色にのせ、声も伸びやかさが増している。
防音の部屋ではない為、柔らかな音色はリビングにいる母にも聴こえていた。
「ふふ、奏……楽しそう」
思わず笑みの溢れる母は、娘の頑張りを応援するようにはりきって夕飯の支度をしていく。
胸が高鳴っていたのは、彼女だけではなかったのだ。その想いは、母の心にも届いているようだった。




