第28話 アカペラ
大学構内にある講堂に五人は集まっていた。
「今回は持ち時間、一時間か……」
舞台の上で和也が両手を伸ばしながら、そう呟いた。
文化祭でのライブを心待ちにしているのは顔を見れば分かるが、それは彼に限った事ではなく五人全員が同じ想いを抱えていた。
「ーーーー今年も出来るとは思ってなかった……」
「確かに……」
奏の言葉に大翔が同意していると、杉本が話し出した。
「本当は他の場所も、候補してくる大学とかも沢山あったけど、顔出しNGって事でkeiとも話し合って、hanaの卒業記念ライブ的な感じにしようって事にしたんだ」
「そうそう。持ち時間が去年の倍近くあるのは、先生達にも好評だったからだけど、スギさんの交渉の結果だな。俺らの時間が増えるって事は、何処かで削られてる人がいるって事だからな」
圭介の言葉に四人は顔を見合わせると、杉本へのお礼を次々と口にした。
「スギさん、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「スギさんのおかげで、ライブ楽しみです」
「必ず成功させますね」
本当にチームワークがいいな……と、杉本が思うのも無理はない。彼らは個々の能力が高い為、ある意味では個性的だが、まとまりがあるのは良い信頼関係が出来ているからだ。
講堂の下見が終わると、決まった楽曲について話し合う。
ライブ当日までの放課後、毎日のように練習する日々が始まったのだ。
ーーーー楽しみで仕方がない。
毎日のように、みんなで練習する時間すら楽しくて……
ずっと歌っていられたら……って、何度も願ってる。
新曲発表の許可が下りたから、文化祭のアンコールで弾ける事になったし。
今回は事前にアンコールの許可も学校側から出てるから、新曲と"バイバイ"の二曲を演奏する事が決まったから……頬がつい緩んじゃう。
去年とは、違うことばかりで……
「hanaーー、こっちも着てみて?」
「はーい」
今日は文化祭時の衣装合わせを行なっている。衣装チェンジはない為、スタイリスト指示のもと、ショートパンツに白い総レースのトップスに着替えていた。足元は定番のコンバースのスニーカーを五人とも履いている。
「この衣装って、買取可能ですか?」
「勿論構わないけど、miya気に入ったの?」
和也はデニムのパンツにストライプのシャツを着こなし、ラフだが綺麗目な格好をしている。
「俺もだけど、hanaのが欲しい。似合ってるから」
ストレートな言葉に奏の頬は真っ赤だ。
「……ご馳走さま」
スタイリストがそう応えても、周囲にツッコミを入れる者はいない。メンバーにとっても、スタイリストを何度か行なっている彼女にとっても、いつもの事である。
「ーーーーっ、miya! 見過ぎ!」
和也の視線を感じたのだろう。足を隠すような仕草をしているが、彼に動じる様子はない。
「可愛いから」
「!!」
「ほら、二人ともじゃれ合ってないで、次の打ち合わせ行くぞー」
「うっ……」 「はーい」
恥ずかし気もなく告げた彼に、彼女の頬はますます赤く染まっていく。
いつもと変わらない緊張感のない二人を圭介が締めると、五人は当日の衣装から私服に着替え、スタジオへ移動していくのだった。
先程まで戯れあっていた彼らは、もう何処にもいないようだ。五人の音が重なる度、彼女の歌声が響いている。
ーーーー私達の曲を聴いてくれる人に、少しでも届けたい…………何度だって……
澄んだ声色に、多彩な音色が混ざり合っていく。一時間通しての演奏に疲れの色は見えない。彼らは音に触れる事を楽しんでいた。
夢中になってた…………いつだって……私の知らなかった場所まで、連れて行ってもらってるみたいで……
五人はハイタッチを交わすと、今までの練習の成果を確信していた。
「いい感じだな!」
「あぁー、後はリハを待つだけだな!」
「そうだな!」
「うん!」
彼女もテンションの高いまま応える。リハーサルを待ち遠しく感じる彼らは、緊張感よりも期待に胸がはずんでいたのだ。
「リハーサルを始めます!」
『よろしくお願いします』
舞台に立った彼らは、照明担当や、客席から座って見守る佐々木や杉本等に向かって一礼すると、音を鳴らしていく。
ーーーー待ちに待ったリハ…………音が重なるこの瞬間がすき。
緊張するけど……音が混ざり合って、色づいていくような感覚が……
奏は一番光るスポットライトを目指して、話すように歌っていた。また、この場所に五人で立てる事を実感しながら奏でていたのだ。
流行り廃りがある世界で、いつまでも変わらずに聴いて貰えるような曲を創りたい。
いつだって…………
これはwater(s)共通の願いだ。
…………いつだって、今の一番を届けたいの。
リハーサルとはいえ、本番のように全力で挑む音色が、講堂を優しく包んでいく。
「スギ…………また、上手くなってるな……」
「そうですね。個人レッスンは続けてますから、技術面のレベルも上がってきてるんだと思いますよ」
「ーーーーこれで、まだ発展途上か……」
舞台にいる彼らは、照明の明かりで光っている訳ではなく、彼ら自身が光を放っているように佐々木は感じていたのだ。
文化祭の最終演目は、時間通り幕を下ろした。リハーサル通り順調に終わろうとする中、アンコールが終わったにも関わらず、誰もいない舞台に向けて拍手と歓声が響き、アンコールの声が今も木霊している。
「凄いな……」
「あぁー、一年生はhanaを知らなかったからかもな」
「……どうする?」
water(s)の正体を初めて知った影響か、特に一年生が座っているであろう場所の熱気が高い。アンコールの声ですら、熱を帯びているようだ。
「去年みたく在校生で……ってなると、hanaだけだけど……」
「えっ?! 一人?!」
舞台袖では、あまりの反響ぶりと、一人でステージに戻る事に、戸惑いを隠せない奏がいた。
「じゃあ……曲紹介は俺がやるから、みんなで出て行って、hanaがアカペラで歌って……フェイドアウトするのは?」
和也の起点の効いた提案に奏を始め、皆頷いて応えると、再び舞台に戻っていく。
「凄い歓声をありがとうございます! えーーっ、では……みなさんも一緒に歌って下さい! "終わりなき空へ"!」
手拍子をするメンバーに向けて、彼女は思い切り声を出した。その手にマイクは握られていない。
アカペラの直後、会場は一瞬で静寂に変わる。
一瞬で魅了する歌声に、思わず顔がニヤける。奏を除く四人にとっては、当然だと知っていながらも自慢のボーカルだ。
彼女の歌に合わせるように、生徒達も歌い出し、彼の提案通り舞台袖へはけて行く。
名残惜しい声は残るが、騒動になる事はなく温かな拍手で舞台を終える。彼女の歌唱力に会場が圧倒された結果だ。
「はぁーーーーーーーー……」
思わず大きく息を吐き出す。
アカペラで……あんなに大勢の人前で歌うのは、想像以上にくる…………痛いくらいに、鳴ってるのが分かる。
観客が、一緒に歌ってくれてた……それだけで……
気力を使い果たしたのか、奏は舞台袖でしゃがみこんでいた。
「お疲れー」
「hana、よくやったな!」
「すごかったじゃん!」
背中を軽く押すようにして三人が控え室に戻っていく中、和也が手を差し出す。
ーーーーーーーー初めて、歌った時みたい…………
みんなの温かい声も……何度となく差し伸べられるこの手にも……私は、何度も救われてる。
何度も……背中を押してもらってるの。
和也の手を取り視線を移せば、三人とも笑顔を彼女に向けていた。
「ーーーー楽しかった……」
その言葉に頬を緩ませる。
和也に手を引かれ、肩を組んだ彼らは並ぶようにして歩いていった。




