第27話 夢見鳥
「本当に、和也さんも来るの?」
「うん。そんなに心配しなくても、大丈夫だよー。大人しく応援するから」
どうやら創の剣道の大会を和也も一緒に見に行くようだ。
「いいけど……奏が来るの久々だから緊張しそう……」
「なんでよー? おじいちゃんとかお母さん達は、結構来てるじゃん!」
渋々納得する創に反論する。それもそのはず、奏が弟の剣道観戦に行く事は、初めてではないのだ。
彼女自身も中学まで剣道部に所属していた為、それなりに顔が通っている事が、創の悩みの種でもある。
ーーーー奏は自分が背も高くて目立つって事、分かってないよな。
チームメイトにバレたら、絶対彼氏が出来たのかどうか聞かれるじゃん!
思わず溜め息が出そうになる創は、奏の頭に手を乗せた。
「応援は嬉しいけどさー」
「何?」
「もし……和也さんのこと聞かれたら、何て答えたらいいの?」
「ん? そんなこと、聞く子いないでしょ?」
「いるんだって! 奏は結構目立つんだからな!」
「優勝した事のある創には言われたくない。でも……もし聞かれたら、和也の事は彼氏って答えていいよ?」
「えっ? 顔出ししてないけどさ。一応、事務所所属だけどいいの?」
「アイドルじゃないんだから、大丈夫だよー。付き合ってるのだって、スギさんとかメンバーは知ってるよ?」
まさかの周知の事実に驚きを隠せない。
もし……別れたりしたら、どうするんだ?
勿論、二人が別れる所は彼にも想像つかなかったが、プロになった以上は商売だ。少なくともお金が、利益が、絡んでくる。創のような考えを持つ者が全くいない訳ではなかったが、彼らが創り出す音楽に反論する者は一人もいなかった。数々の記録をつくってきた事もあり、当然の反応だろう。
「今度の曲の参考にしたいから、よかった……」
「スポーツ系の曲って事?」
「そんな感じかな……創の試合を観たいって言うのもあるけどね。差し入れ持っていくね」
「スポーツドリンクと甘いやつがいい」
「了解」
弟らしく素直にリクエストする創と、それを快く受け入れる奏。これもいつもの事である。
「創は試合前、どんな曲を聴いてるの?」
「アップテンポな曲が多いかなー……洋楽とか、最近はwater(s)の"流れ星"を聴いてるけど」
予想外の素直な反応に、思わず笑みを浮かべる。
「ありがとう……」
本当に嬉しそうにする奏に、彼は照れずに言ってよかったと感じた。身贔屓抜きで試合前のテンションが上がる曲の一つとなっていた。
「和也、重くない? そっち持つよ?」
「いいって、奏はそっちな」
彼女はチョコレートや大福等の甘い物が入った軽い袋を持っている。重い袋は和也が運んでいるのだ。
買い出しを終えた二人は、剣道大会が行われる会場を訪れていた。両手は創のチームメイトへの差し入れで塞がっている。
「創ー、お疲れさまー」
携帯電話で連絡を取り合っていた為、弟のいる場所へスムーズに辿り着いた。
「奏、和也さん、ありがとうございます」
「これ、みんなで食べてね」
彼はそう言って、スポーツドリンクの入った袋を下ろした。隣では二人が話している姿を、嬉しそうに見つめる彼女がいる。
「奏、そっちはー?」
「そうだった! 創、こっちはリクエストの甘いものだよー」
「ありがとう」
「じゃあ、頑張ってね!」
「応援してるね」
奏と和也はそう伝えると、彼のチームメイトにお辞儀をして、その場を後にした。
姉の楽しそうな横顔に創が安堵していると、チームメイトに質問攻めに合う。
「今のが創のお姉さん?!」 「美人さんじゃん!!」
「隣のイケメン誰?!」
「奏さん、もう剣道やんないの?」
奏! やっぱり思ってた通り、色々聞かれるんだよ!!
姉の影響力を再認識しつつ、創は簡単に答える。
「姉と彼氏さんですよ。たくさん差し入れ貰ったんで、みんなで食べましょう」
試合に出ているのは上級生が殆どの為、創は必然的に敬語になる。運動部ならではの上下関係はあるが、試合外では気安い中だ。
「凄! 美味そう……」
「勝たなくちゃなーー」
チームメイトは三年生の主将を始め、テンションが上がる。
良い感じで、試合に臨めそうだな……
創の感じた通り、順当に勝ち進んでいった。
「剣道の試合って、こんな感じなのかー」
和也は初めて見る試合に、テンションが上がっているようだ。奏は彼の試合中に出る疑問に、時折答えながらも観戦している。
「試合の雰囲気は、きっと何でもそうだけど……独特だよね」
「あぁー……緊張感が、こっちまで伝わってくるよ」
観客席にいる私でさえ、創を応援する時は緊張するんだから…………試合をする本人は、それ以上の緊張感に見舞われている筈だよね。
本番に、どれだけいつも通りに立ち振る舞えるかが重要なのは……ライブも変わらないかな…………
その点、創は試合慣れしているから……程よい緊張感に包まれながら、戦ってるのが分かる。
スポーツ選手に、エールを送るような曲。
アップテンポな聴き心地のよい音。
瞳を閉じて勝てる情景が浮かぶような……背中を押してあげられるような…………そんな、明るいメロディーに……
観戦する中、旋律を想い浮かべる。そんな彼女の様子に、隣に居た和也はすぐに気づいた。
「ーーーー本当、頼もしいな……」
彼の漏らした言葉は小さく、彼女の耳にも届いていなかったが、良い曲を創りたい想いは二人の共通点だとも言える。
「奏、創くんの番だよ」
「うん……」
和也の声に我に返り、声援を送る。
彼女が両手を握り、勝つように願う姿に、彼もまた旋律を想い浮かべていた。
試合観戦を終えた二人が、その後いつもの喫茶店で曲についての意見を出し合ったのは言うまでもない。
「上手くいくイメージかー……翼、みたいな感じ?」
「そうだね。タイトルは翼……夢見鳥でもいいかもね? 歌詞に蝶って、出てくるし」
「そうするか! 夢見草とセット感もあるし」
「うん!」
先に曲を創る事が多い彼らにしては珍しく、先に歌詞が出来上がる。ここからお互いの曲のイメージをすり合わせ、一つの作品として仕上げていくのだ。
「明日、練習室で演ってみるか?」
「うん! 授業終わったら行くね」
「うん、待ってるな」
今までなら、一緒に大学構内の練習室に行ってた。
別々に行くのは初めてじゃないけど……隣にいないんだって思う度、寂しく感じたりする。
バンド活動で、一緒に行動してるはずなのに…………
欲張りになってる自分に気づく。
「奏、また明日な」
「うん、また明日ね…………和也、今日もありがとう」
彼は柔らかな笑みを浮かべる頭を、優しく撫でた。
ーーーーーーーー少しでも、勇気に変わるような……そんな曲にしたい…………和也が私にそうしてくれるように……
「……どうかな?」
出来上がった"夢見鳥"を和也と二人で披露した奏は、三人の反応を待っていた。
「……良いな。要望のあった映画にもマッチするし」
「あぁー、圭介の言う通り、良いなー」
「これは、アレンジしなくてOKじゃないか?」
大翔の言葉に、明宏も圭介も納得の様子で頷いて応える。満足のいく曲ができ、メンバーの許可も得られた為、二人は手を取り合い、喜びを分かち合う。
「やったー!」
「色々、観戦したりしたかいがあったな!」
「うん!」
二人は創の剣道の試合だけでなく、プロ野球や大学の部活動等、さまざまなスポーツを観戦し、映画の台本を読み込んでいた。また台本を読み込んでいたのはwater(s)全員だった為、映画にもマッチすると、即座に判断出来たのだろう。
彼らがどれだけ音楽と向き合っているかが垣間見える。
「じゃあ、合わせて練習だな」
「うん!」
勢いよく頷く奏に、笑って応えれば、スタジオにwater(s)の音色が響く。
こうして来年公開予定の映画主題歌の依頼が来る程に、彼らの楽曲に惹かれる者が多くなっていたが、映画公開と同時リリースの為、この曲が世に出るのはもう少し先の話になるのであった。




