第26話 花火
前期学期末試験を終えた奏は、大学構内にある練習室を訪れていた。
「出来たーー!」
大翔が難解なベースキーを自分のものにして叫んでいる。圭介と和也は、ギターを片手にベースと音を合わせていた。
ーーーーすごい…………難しそうだけど、みんな楽しそう……
「…………私も弾いてみたいな……」
きっかけは、この一言だった。
「……奏も、ギター弾いてみる?」
「えっ?! 声に出てた?」
心の中で言ったつもりだったのだ。メンバーは彼女らしい様子に、優しく微笑んでいる。
「出てた。弾いてみたら? 奏なら、すぐに弾けるようになるよ」
「和也の言う通りだな。練習熱心だから、慣れれば大丈夫だよ」
「あぁー、奏が弾けたら面白そうじゃないか?」
「いいじゃん! そしたら、セッション出来るし」
その口ぶりからも、誰も彼女が弾けないとは思っていない。
「ーーーーうん…………やってみたい……」
その応えに、和也も他のメンバーも喜んでいた。
彼女と知り合って二年以上経つが、ピアノにしても歌にしても、練習を欠かした事がない。それを間近で見てきたからこそ分かっていたのだ。曲を作る度に、迷いながらも必ず歩き出す。そんな音楽のすきな彼女だからこそ、奏でられる音色があるのだと。
その日のうちに和也からお下がりのギターと入門講座的な本に加え、レクチャーを受けていた。
和也は普段はピアノを奏でる指先が、ギターに触れる姿を見つめていた。弾き始めたばかりの彼女に、いつかピアノだけでなく、ギターを持って弾き語りをする遠くない未来を見ていたのだ。
「奏、左手がもう一つ上だな」
「こう?」
勘がいいのだろう。和也の指示を一度で理解していく。
「うん、いい感じ」
彼は嬉しそうな表情を浮かべると、奏の頭を優しく撫でた。
「みんな、何気なく弾いてるけど……楽器は難しいね……」
「奏なら、出来るよ」
「ーーーーうん……」
…………自分の思い通りに、指が動かせない。
譜面と指使いを一致させるまで、時間がかかりそうだけど…………みんなみたいに弾けるようになりたい。
和也の言葉は、いつも私に力をくれるの。
頷いて応え、和也指導のもと練習していく。近い距離感を気にする素振りはなく、ただ夢中になる姿に期待を寄せるメンバーがいた。遠くない未来を見ていたのは、和也に限った事ではなかったのだ。
「hana、横顔を貰っていい?」
奏は菅原の指示通りに動いていた。
彼女の高校卒業まではシルエットやモノクロのジャケット写真がベースだが、それもあと半年もすれば解禁となる。
「はい、OK! お疲れさまー」
「ありがとうございました」
いつものように一礼すると、彼らとハイタッチを交わす。
「お疲れー」 「お疲れさまー」
「終わったなーー!」
仲の良いwater(s)の姿に、その場にいたスタッフはデビューした頃から変わらない彼らの息のあった呼吸に、次の撮影も心待ちにしていた。菅原もその一人のカメラマンであった。
「スギさん、次はプロモーションビデオの撮影だっけ?」
「うん、それが終われば今日は終了だよ。早く花火を見に行きたいんでしょ?」
「バレてる……」
「それは、miyaとhanaがあれだけ楽しみにしてたらなー」
二人は顔を見合わせ、抗議した。
「えーっ、みんなも乗り気だったじゃんかー」
「そうだよー」
「はーい、じゃあ、移動するよー」
杉本が纏め、彼らを連れて別のスタジオに向かった。
『よろしくお願いします』
「こちらこそ、よろしくお願いします」
water(s)は初めてのプロモーション撮影に緊張していた。今までのプロモーションビデオは俳優等に出演して貰っていた為、顔出しはしないとはいえ、自分達が映るのは初めてだ。
スタジオにはwater(s)の曲が流れ、音楽に沿って動く。音の鳴らない楽器に、マイクを前に、パフォーマンスを繰り広げていく。
「はーい、次は個別で撮るからねーー」
カメラマンがドラマーの明宏から順に撮影していくと、最後は奏の番になった。
一人だと、ライブよりも緊張する…………
カメラに慣れないのもだけど、視線をレンズに向けるのが……
顔が映らなくても彼女の緊張感は、レンズ越しのカメラマンにも伝わっていた。
「hanaちゃん、リラックスしてーー」
「はい……」
奏は息を大きく吐き出して、メンバーに視線を移した。
ーーーーーーーー大丈夫……歌える…………届けたいって想いは、本物だから……
曲が流れる中、いつもの生の音を想い浮かべながら、歌うフリをする。
あーー、本当に歌いたい。
彼女がそう思うのも無理はない。彼らはライブが好きなのだ。
「OKー! 次はバックから撮影するからセッティングよろしくねーー」
スタッフが指示に従って動く間、椅子に腰掛けて待機だ。
和也の手に握られたギターは、いつものギターに変わっている。僅かな待ち時間の間に、フラストレーションを発散させるべく弾き始めた。
その音に続くように出した声に、止まった手を動かす姿が見受けられる。空気が震え、澄んだ高音が染み込んでいくようだ。
「ずるい、俺も弾く」
そう言った大翔のベースに、圭介のギターと、音が重なっていく。
「じゃあ、akiが手拍子とハモリな!」
和也の無茶振りに、明宏がスムーズに応える。
楽しそうに奏でる姿に、カメラマンは思わずレンズを向けた。シャッターを切りたくなるような表情をしていたのだ。
多彩な音色に、非凡な才能を感じずにはいられない。彼らは噂通りのアーティストであった。
その後は滞りなく撮影を終え、屋形船に乗っていた。water(s)に杉本、佐々木や個別指導をしていた山田や木村等も、お酒を片手に五人が開いた宴会を楽しんでいる。
空には花火が上がり、激しい音と対照的で夜空に様々な花を咲かせていた。
「ーーーー綺麗……」
「本当だな……」
窓辺から空を見上げる奏の隣には和也が座り、背中から抱きしめるれるような体勢だが気にする素振りはない。
「あれ、keiっぽいな」
「ん? クールっぽいってこと?」
「そうそう」
「花火を見ると、夏って感じがするね」
「あぁー……hana、ギター触ってるだろ?」
「うん……何で分かったの?」
「さっき、スムーズに弾けてたから」
「……うん……撮影中だって忘れるくらい楽しかったね」
「そうだな」
花火を人に例えたりしながら、お互いが高校生の頃のように、会えなくなった時間を埋めるように、寄り添ったまま話している。
「……miyaとhanaって、仲良いよな」
「そうですね」
杉本が相槌を打つものの、彼自身も佐々木に何て応えたらいいか分からなかったのだ。圭介はそんな彼の様子に、冷静に会話に入った。
「…………あの二人、付き合ってますよ?」
「えっ! そうなの?!」
「どおりで……距離が近い筈だ」
こうして二人の話題が、ほろ酔い加減の大人達の良いお酒の肴になっていった。
「miya! すごい、カラフル!」
「確かに! 凄いよなー、花火師さん」
「ねぇー、どこから見ても同じ形だもんね……」
そんなお酒の肴になっているとは露知らず、二人は空に上がる花火に想いを馳せる。
「こんな感じのテンポかなー」
「えっ! 本気?」
「本気。hanaのうた、聴きたいから」
和也の手拍子に合わせ、口ずさんでいく。先月発売されたばかりの新曲を。
アカペラで歌う彼女に、彼は時々ハモリながら二人は楽しそうに空を見上げていた。
ーーーーーーーー楽しい…………優しい声が胸に響く。
たまに学校で和也に会えなくて、寂しいって感じる時もあるけど……今は、一緒にいられる。
和也の隣にいつだって、並んでいられる私で在りたい。
いつだって…………
彼らの何気ない歌声に、佐々木は酔いが覚めたような気がした。
いつだって楽しそうに奏でる彼らの音楽は、違う景色を見せる。それは佐々木だけでなく、この場にいた誰もがその歌声に魅せられていたのだ。




