第25話 年の差
「和也!」
振り向けば、バンド仲間であり二つ先輩でもある彼が駆け寄った。
「圭介、お疲れー」
「お疲れさま、どう? 大学の授業は?」
「作曲が進みそうかなー」
二人は構内を並んで歩いているが、学年だけでなく科や専攻が違えば、同じ大学に通えど会う機会は少ない。
「さすがだな。そうだこれ、改めて入学おめでとう!」
そう言って圭介は、ラッピングされた箱を手渡した。
「ーーーーこれ……」
「明宏と大翔、スギさんに勿論、奏も。五人からの入学祝い」
「……ありがとう」
年相応に喜んでいる姿に、圭介は頭を軽く撫でると、その場を後にした。
「じゃあ、また明日な」
「うん、また……」
入学祝いを貰えるとは思ってもみなかった和也は、大学近くにある公園のベンチに腰掛けると、包み紙を開いた。中には最新のヘッドホンが入っている。
説明書を見ずにさっそく携帯電話に繋げれば、深みのある音が聴こえてくる。
「ーーーーやば……」
周囲を遮断するような音質の良さに声を漏らす。
思いついたように洋楽を止めて曲を流せば、彼女の心地よい歌声が響く。
「ーーーーーーーー会いたいな……」
思わず呟いた彼の視線の先には、散りゆく桜並木が広がっている。和也は、彼女が側にいないキャンパスライフを改めて思い知ったのだろう。心に響く歌声に、先月まで同じ制服を着て練習室で奏でていた事が想い浮かぶ。
彼女の歌声を聴きながら、メッセージを送っていた。
『これから、会える?』
和也が駅までの道のりをゆっくりと歩いていると、手に握っていた携帯電話が震える。
彼女からの返答に、急いでいつもの喫茶店に向かう姿があった。
『うん、会いたい。マスターの所でいい?』
今までも四六時中一緒にいられる訳ではなかったが、高校生と大学生の付き合いが始まっていたのだ。
ーーーーーーーー早く会いたいな…………和也も、同じ気持ちだといいな……
「マスター、ピアノ弾いてもいいですか?」
「勿論だよ。リクエストしてもいいかい?」
「はい!」
笑顔で応えた奏は、アップライトピアノに触れる。
いつも調律された音色。
コーヒーの香りと共に想い出すのは、出逢った時のこと。
はじめて人前で歌った日に、はじめて入ったんだよね……地元なのに、こんなに素敵なお店があるなんて知らなかった……
心地よい音色はマスターだけでなく、カウンター席に座っていた年配の男性も虜にしていた。変わらずにピアノと向き合う彼女の音色は、色彩豊かな世界へ誘うようだ。
喫茶店に和也が着くと、今までと変わらない制服姿の彼女が楽しそうに鍵盤へ指を滑らせている。
「マスター、こんにちはー」
「ミヤくん、大学入学おめでとう」
「ありがとうございます」
弾き終えると、いつもの席へ座る和也に笑顔を向けた。
「和也、お疲れさまー」
「うん…お疲れ…………そうだ、ヘッドホンありがとう。今日、圭介から受け取った」
「うん、入学おめでとう」
さっそく使う和也の様子に、嬉しそうに微笑む。
マスターからカフェラテが運ばれてくると、二人はiPadを片手に次回の新曲について話を始めた。
そんな変わらない二人の姿に、マスターはカウンターに戻ると微かに笑みを浮かべながら、コーヒーを淹れた。音楽好きの店主にとって、彼らのような客は大歓迎である。
二人が肩を寄せ合っていると、圭介に明宏、大翔の三人も集まり、いつもの席に五人が揃う。
「和也、さっきぶりだな」
「うん、お疲れー」
和也は圭介と学校で分かれたばかりだったが、お互いに驚いた様子はない。練習や会う約束がなくとも、マスターの喫茶店に集まる事は今までにも度々あったからだ。
五人が集えば、自然と話は音楽限定になっていく。いつものように語り合う彼らは、楽しそうな笑みを浮かべていた。
ーーーーーーーークラスメイトとも、友達とも違う。
みんなといると……今の自分がはっきりと分かって、自己嫌悪したりする日もあるけど…………いつだって手を差し伸べてくれる和也と……みんなと、対等でいられるような私になりたい……
曲を作る度に感じるの。
才能のあるみんなに見合うだけの曲が、本当に作れてるの?
本当に……私の作ったモノでもいいの?
彼女は悩みながらも音を紡ぎ出していた。
「奏、この曲どう?」
隣にいた和也にヘッドホンを手渡され、我に返る。
ヘッドホンをつけると、アンダンテなテンポのメロディーが流れていく。その音に、彼女は今の想いを歌にしたいと感じていた。
戸惑いも、叶わない願いも…………
でも……それでも、歩いていく…………私のうたをすきだと言ってくれる四人の為に、そして……曲を聴いてくれる人に、少しでも届くように……
曲を聴きながら、歌詞用のメモノートに想いを綴っていく。
「ーーーー奏……」
隣にいる彼の声すら聞こえていないのだろう。彼女は作詞に没頭していた。
次々と溢れ出す彼女の言葉数の多さを、彼らはただ見守っていた。今回が初めてではないからだ。特に和也にとっては、曲を作る度に口ずさむ彼女を目の前で見てきた為、日常の事であった。
「ーーーーーーーー相変わらず、凄い集中力だな……」
「あぁー」
「そうだな……」
バンド内で最年少だから、というのは関係ない。彼らは常に対等であり、お互いの音楽性を認めていた。それは、仲間がいなければ今の自分はいないと確信する程だ。
「明日はスタジオ予約してるから、仕上げるだろ?」
「あぁー」
「楽しみだな!」
「勿論!」
その反応に気づき、奏が笑みを溢すと、ようやく気づいた紅一点に笑みが向けられる。
「もう出来たのか?」
「うん…………」
即答も短時間の創作も、今に始まった事ではないが、毎回のように感心させられていた。彼女が思うよりもずっと難しい事を難なく乗り越えていたのだ。
その場ですぐに出来た曲はその後調整を重ね、世に出る事となる。それは、water(s)らしさのあるバラード曲であった。




